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episode58 課題

 


「今まで本当にごめん」



 地上に帰ってきたシャーリーとティアの元に管制室にいた全員で迎えに行き、俺は開口一番に謝罪を口にして頭を下げた。


 今まで皆を守る為と自身に思い込ませていたのは、ただ単に責任の重さから目を背けていただけだった。


 いつか、冗談めかして俺が言った「自身の作った航空機で落ちるところを見たら立ち直れない」と言う言葉は冗談ではなく本心だったのだろう。


 自分の弱さが情けない……



「……ホントよ。良かれと思ってのことだったんでしょうけど、寂しかったんだからね?」


「アーサー様が鍛えてくれたおかげで私達も操縦が上手になりました。これからはテスト飛行はお任せください」


「……ありがとう」



 俺は後ろにいるエリオット達に向き直り、皆にも頭を下げた。



「皆もごめん。心配かけた」


「全くだ。これから少しは周りに頼ることを覚えろ」


「反省してるよ……」



 ええ、それはもうすごく。



「にしてもすごいのね、魔動コンピューターって。極超音速でもあんなに正確に制御できるものなんだ」



 俺がしゅんとしていたら、空気を変えたかったのか、シャーリーがブラックバードの方を見ながらそんなことを口にした。


 確かカレンとシンシアが作った宇宙船用の試作機を載せてるんだっけ。



「いやぁ、正直航空機程度の制御くらいならなんとかなるんだけどね?」


「航空機程度……」



 俺が思っていたよりも技術が先に進んでいる。


 カレンとシンシアの同室コンビ……恐ろしいな。



「航空機の各部にあるセンサーから送られてくる情報の処理ならなんとかなるんです。結構処理能力ギリギリですけど」


「それでもすごい性能でした。あれがなければ今回の目標は達成できなかったと思えるほどに」



 シンシアがコンピューターの性能はギリギリだと言ったが、ティアの言うとおり今回の功績はティアやシャーリーはもちろんのこと、コンピューターを作ったカレンとシンシアにも送られるべきだろう。



「これほどの功績を産んだというのに表情が暗いな。何が不満だ?」


「嬉しいのは嬉しいのですが……問題は月に行く場合でして……」


「ん?」



 エリオットがシンシアに尋ねる。


 すると今抱えている問題をカレンが口にした。



「計算する時、航空機から送られてくる情報くらいならなんとかできる性能のコンピューターはできたんだけど、月って遠いじゃん? 文字通り桁違いなんですよね」


「それはそうだな」



 それを聞いたレイが手をポンと叩く。



「なるほど。そもそもの数字が大き過ぎて処理し切れないということですか?」


「実はそうなんだよ」



 月との距離は約40万km


 その月の軌道の計算には秒を使用し、宇宙船の速度は秒速11km以上……時速に直すと4万km以上。


 それらを考慮し、宇宙船の航路を導き出さなければならないがカレンの言うとおり今までとは桁が違う。


 手計算ではすぐにポンと出てこないものだ。



「今回使用した魔動コンピューターには速度や高度が規定値に達したらバイパスドアを閉じるとかの制御を行うようにしたんです。それだとやっているのは監視であって計算じゃないのでなんとかなったんですよ」


「月に行くにはどうしても計算は必要……人の手じゃ時間のかかる計算をバシッ! って早く計算できるようにしないといけないのに、これが難しくて……」



 俺の次に今度はシンシアとカレンがしゅんとしてしまった。



「でもちゃんと成果出しててすごいよ。私なんてまだロケットエンジンできてないんだよ?」


「えっ? そうなの? エレナ」


「うん」



 エレナの言葉に驚いたのはカレンだった。


 目の前に世界最速を叩き出したエンジンがあるのに? と思っているんだろう。



「水素と酸素を使ったロケットエンジンはほぼ完成してるの。問題はメインエンジンでね……」


「ああ、3400t持ち上げなきゃならない巨大エンジンね」


「そう」



 シャーリーが話した巨大エンジンは俺が以前見せたもののことだ。


 概要図だったが、エレナはそれを独自に書き換えて前世のサターンVメインエンジン「F-1エンジン」の形に近づけている。


 それだけでエレナの凄さがわかる。


 あんなのエンジンを理解してなきゃわからんって。


 っていうか水素使ったロケットエンジン作れた時点で凄い。



「あまりに巨大過ぎて、燃焼実験で何回も爆発させちゃった……」


「うぇ……きついわねそれ」



 これまた俺と同じくしゅんとしたエレナを慰めるように頭を撫でるシャーリー。


 それらを聞いていたエリオットが顎に手を当てて考えを口にした。



「うーむ……皆行き詰まっているようだな。アーサーも空をすぐに飛べなくなったのだ。皆の方に注力しても差し支えないのではないか?」



 エリオットにそう言われて、皆の視線が俺に注がれる。


 が――



「ごめん。今ちょっと反省モード入ってるから返事ちょっと待って」











 ◆










 しゅんと落ち込むこと三日。


 やっと立ち直ってきた俺は空も飛べないので設計と開発の方に注力することにした。


 もちろん落ち込んでいる間に進捗状況や課題に全て目を通している。何もしていなかったわけじゃない。


 で、今後を話し合う為に今は俺の家に全員集まっている状況である。



「あなた落ち込むととことん落ち込むわよね。アルトゥムの時も似た感じだったわ」


「今回は本当にどん底まで落ち込んださ」


「そのようね」



 立ち直るのに三日間かかったことでシャーリーには呆れられている。


 すまないねぇ、こんな頼りない責任者で……


 やば、また落ち込みそう。



「ですが元気になられてよかったです。今後は航空機のテストは私とシャーリー、マティルデを中心に行なっていきますね」


「ご安心くださいませ。アーサー様」


「ありがとう。頼りにしてるよ、三人とも」



 ティアに励まされたことで少し立ち直った。


 あとマティルデの声、久しぶりに聞いた。


 徹頭徹尾、メイドとして控えてるからか必要時以外は全く喋らないんですよ、この方。



「さて、コンピューターもロケットエンジンも問題があるってことなんだけど、俺は手伝えそうにない」


「えっ!? なんでっ!?」



 頼りにしてたのかカレンが身を乗り出して聞いてきた。



「正直、航空機の方に注力し過ぎて肝心のロケットと宇宙船の設計が全く進んでない」


「あぁ……ん? それって自業自得じゃない?」


「そうっすね」


「そうっすねじゃないよっ!? じゃあどうすればいいのよぉ……」



 机に項垂れるカレンの横で、シンシアも困った表情を浮かべていた。



「でも困りました……アーサー様なら高度な計算をするコンピューターをコンパクトにできると思っていましたから」


「……えっ? 二人とも月への軌道を宇宙船に計算させるつもりだったのか?」


「ええ。実際に飛ぶのは宇宙船ですから」


「何か問題あるの?」


「問題あるっていうか……」



 その方法はかなり難しい。


 やっと機能限定のデスクトップパソコンを作れたって時に、そのあとスマホを作ろうとしているようなものだ。


 一部屋使って作るコンピューターを宇宙船に搭載できるほどコンパクトにするというのは今の技術じゃ無理がある。



「かなり難しいよ、今の技術じゃ。月軌道は地上で計算するようにしないと」


「でもそれじゃ宇宙船にどう伝えれば?」


「そうだよ。月へ行くには1°の角度も命取りなの知ってるでしょ?」


「ああ、だから入力するんだよ。宇宙船に計算結果を」


「えっ? ……あっ!?」


「そ、そうかっ!? その手がありました!!」



 二人とも、俺の言いたいことがわかったようだ。


 実は前世のアポロ計画でも、宇宙船に搭載されたコンピューターが軌道計算を行なって姿勢制御をしていたわけじゃない。


 軌道計算は地上のコンピューターで行なっていたのだ。


 その計算結果を宇宙船のコンピューターに入力し、姿勢制御を行う方式を取っていた。


 これなら今の技術で再現可能ではある。


 あるのだが――



「まぁ、それでも搭載型コンピューターはブラックバードに載せたもの以上の処理能力が必要になる。難しいのには変わりないけど――」


「全然! 軌道計算可能なコンピューターを作るよりは遥かに現実的だよ!! ねっ? シンシア!」


「ええっ! それならなんとかできそうです!!」


「そ、そうか」



 光明が見えてテンション爆上がりだな。


 こっちは問題なさそうだな。


 さて次は……ロケットエンジンか。



「ロケットエンジンは30秒ほどで爆発しちゃうんだったな? エレナ」


「うん。熱処理はなんとかできてるんだけど何故か爆発しちゃうの」


「うーん……」



 30秒間は燃焼できるってことは燃料は上手く送れているってことだよな?


 少な過ぎず多過ぎずで。


 そうでないとまず燃えないし、多過ぎると速攻で爆発する。


 第一段のロケットエンジンの燃焼時間は今のところ96秒必要……トラブルに備えてそれ以上の燃焼はできるようにしたい。



「爆発するってことは熱処理能力を上回る熱が発生しているってことだよな……」


「うん。多分燃焼不安定が発生してると思う」


「厄介だな……」



 燃焼不安定とは簡単に言えば燃焼ガスが大きくなったり小さくなったりすることを言う。


 これが発生すると一瞬、急に圧力が高くなる。


 それがエンジンノズルに負荷をかけていると考えるのが妥当だ。


 しかし――



「うーん……金属の耐久度から見て、燃焼開始すぐに燃焼不安定が発生してたら30秒も耐えられないと思うんだよなぁ」


「それは私達も同じ意見だよ。だから燃焼不安定はターボポンプの圧力が高くなってから発生しているんじゃないかって思ってるんだ」


「そうなると……ターボポンプを改良する形になるか? いやそれだと……」



 エレナと一緒に、チラリとエリオットの方を向く。


 するとエリオットは両手を上げて首を横に振った。



「エンジンが爆発する度にかなりの金が飛んでいる。これ以上開発費が嵩むと色々言われるぞ?」


「だよなぁ……」



 ということは既存の設計は変えずに改良していくしかない。


 さて困った。



「みんながアーサーみたいになっちゃった。私、話についていけないもの」


「そうね。専門性が高くて、よくわからないわ。そう思うと、私は作る方よりも扱う方が向いてるみたい」


「それは私も同じね。パイロットでよかったぁ」



 俺とエレナが困っていると横からシャーリーとティアがそんな会話をしていた。


 人の気も知らないで!



「……アーサー君、これは私の方で考えるよ。宇宙船とロケットの設計をお願い」


「大丈夫か?」


「うん。頑張ってみる」



 エレナがエリオットの方を見やる。


 エリオットもエレナの考えていることが伝わったのか、静かに頷いた。


 なるほど、この困難を自力で超えたら二人の仲を認められる可能性が高まるってことか。


 確かに俺が関わったら俺のおかげだろうって思われてしまうかもしれないしな。



「では、各自よろしく頼む。困ったことがあったらなんでも言ってくれ。もちろん、俺も皆を頼るからな」



 各々から返事をもらい、今回の会議は終了した。


 さてと、宇宙船の設計か……色々思い出さなきゃな。











 ◆










「うーん……」



 会議から一週間が経ち、エレナは倉庫内に横たえて保管されているロケットエンジンを目の前にして唸っていた。


 考えているのは燃焼不安定の原因。


 何故燃焼ガスがいきなり大きくなるのか、その原因がわからなくなっていた。



「何度見てもターボポンプの回転数や燃料の流量は一定だし……なんでこうなるんだろ……」



 前回、前々回の燃焼実験の際に取ったデータ……とはいっても数字が並んだ紙ではなく折れ線グラフ書かれたの長い紙を見ながらエレナは呟いた。


 エレナは立ち上がり、身の回りを確認した後、手のひらに魔力を集め始め、それを炎に変換した。


 ひとまず原点である炎を観察しようと考えたのだ。


 ゆらゆらと揺れる炎を見つめて、また思考の海に潜り始める。



「この揺らぎが燃焼室内で起きてる? いやいやそんな……焚き火の炎じゃないんだし」



 しかし、意外と的を射ているかもしれない。


 そもそも何故、焚き火の炎は揺らめくのか?


 以前、アーサーに見せてもらった可燃ガスの炎は揺らぐことはなかった。


 しかし今、目の前で発動した炎魔法は揺らいでいる。


 この炎の違いはなんなのか?


 そこに至ったエレナはあることを思いついた。



「……もしかして――」



 圧力に問題はない……なのに燃焼不安定は起きている。


 炎が大きくなる原因は?


 それは――



「もしかしたら燃焼室内で……燃料が揺らめいてるのかも」



 見るべきだったのは炎の方ではなく送る燃料の方なのでは?


 そう考えたエレナは発動している炎魔法に送る魔力の量を一瞬の狂いもなく送り続ける。


 すると先ほどまで揺らいでいた炎は綺麗な形を保って、赤い光を放っていた。


 魔法を消し、地面へへたり込む。


 狂いなく魔力を送るのはかなりの集中力が必要であるが故に、その疲労度はかなり高いのだ。


 額に汗を浮かべながらも、エレナの顔は希望に満ちていた。



「燃料が燃焼室で揺らいでいる……じゃあ、改良すべきはターボポンプじゃなくて――」



 横たえるように保存されているロケットエンジンのノズル内部を覗きこむ。



「――インジェクタープレート」



 エレナは笑みを浮かべる。


 成功への道が開けた瞬間だった。

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