episode57 世界記録挑戦
「おいっ! これは一体どういうことだっ!!」
俺達が飛行訓練に使っている飛行場。
その一角にある部屋へと踏み込んだ瞬間に俺は叫んだ。
皆が驚きながらこっちを見ている中、一人だけ振り返らずにテレメトリーが表示されているモニターを凝視する人物がいた。
エリオットである。
「どういうこととは?」
こちらを見ることなくそう言うエリオットに、俺は詰め寄った。
「どういうこともなにもっ!? 極超音速域に挑戦するなんて何考えてんだっ!! 危険すぎる!!」
「おまえが倒れたんだ。何かしらの成果を私達でも出せることを示さないとな。このままお前におんぶに抱っこでは計画中止もあり得る」
「だからって――」
「アーサー殿」
レイによって言葉を遮られる。
「お言葉ですが、これはシャーリー殿の……いえ、私達の総意なのです」
「……総意?」
「はい。失礼ですが、アーサー殿は私達をチームメイトとして信頼しておられましたか?」
「そりゃあ……もちろん」
なんだ? 何が言いたいんだ?
それとこれになんの関係があるんだ。
「本当にそうでしょうか?」
まだ詰め寄ってくるレイに少したじろぐ。
でも俺は自信を持って反論した。
「ああ。信頼してなきゃ、エンジンやコンピューター開発を頼んだりしないだろ?」
「そうですね、魔道具開発に至ってはそうでしょう。しかし……パイロット達はいかがでしょうか?」
「パイロット?」
シャーリー達のことか?
それだって飛行させてないわけじゃない。
皆、平等に扱っている。
「信頼してるさ。でないと飛行なんてさせない」
「しかし……機体テストはさせていない」
「……」
そう言われて反論できなかった。
事実、シャーリー達には機体のテストはさせていない。
俺がテストして問題ないことを確認した機体に乗ってもらっているからだ。
でも――
「でも……それは当たり前だろ? 開発した俺がテストしないと――」
「開発者が必ずテストしなければならないなどということはありません。魔道具開発において、テストは大体魔法士が行うことの方が多数です」
「それとこれとは――」
「アーサー殿、単刀直入に言わせて頂きます。責任を取るのが怖いのですか?」
「っ!?」
レイの言葉に息が詰まる。
レイの言っている責任とは失敗などの責任のことではない。
――命を落とさせた責任のことを言っているのだ。
「思えばアルトゥムの時からそうでしたね。頑なに操船を譲らなかった」
「……」
確かに……アルトゥムも一歩間違えたら一瞬で命を落とす。
緊急浮上もできるが、それの判断が遅れれば同じだ。
X-15の時の俺のように……
「アルトゥムのコントロールを他人に預けたのは警告システムが完成してからでした。飛行機でも……同じでしたね?」
「……ああ」
反論できない。
飛行機には最初から警告システムを搭載しているが、その警告が適切か否かはテストしないといけなかった。
それを最適化させた後で、俺はシャーリー達に搭乗許可を出していた。
「危険を冒すことが冒険だ……シャーリー殿達にはそう言っていたようですが……彼女達はまだ危険を冒してはいない」
「……」
確かにその通りだ。
言うなればシャーリー達は、俺が整地した道を歩いてるだけ。
道無き道を……一緒に切り開いてはいない。
つまりそれは――
「それは……仲間と言えるのでしょうか?」
「……」
俺は反論できずに俯いた。
レイの言う通りだ。
逆の立場だったら、俺も同じことを思ったかもしれない。
そしてそのサインは……X-15のテスト前にシャーリーから出されていた。
けど俺は無視した。
良かれと思って、皆を思って行なった行動が……裏目に出ていたってことか?
だから……今シャーリー達は――
「俺と対等になりたいが為に……空を、飛んでるっていうのか?」
「はい」
レイに肯定され目頭が熱くなる。
俺は……ずっとおまえらを認めてた。
そのつもりだった。
危険に晒してはいけないという想いがあったのは本当だ。
しかし、その行動がシャーリー達に俺が皆には機体テストはできないと決めつけられていると捉えられてしまった。
……これは俺が招いた結果だ。
俺が過度に危険から遠ざけてしまったことで、自分が墜落したことで招いた結果がこれだ。
過度に守ったことで疑心を招いた。
俺が落ちたことであいつらを……焦らせた。
あいつらは今、危険を冒している。
極超音速という領域は、断熱圧縮による高温に曝される。
もしかしたら……と嫌な想像が浮かんでしまう。
咄嗟に謝罪の言葉が喉から出かける。
しかし、その前にエリオットがそれを遮った。
「涙と謝罪はまだとっておけ」
少し歪む視界の中、正面のモニターに向いていたエリオットの顔がこちらを向く。
「彼女達はまだ飛んでいる。失敗することを前提に考えるな。今言おうとしたことは彼女らに直接言え」
「っ!?」
そうだ、俺はまた同じことをしてしまうとこだった。
信頼してるなんて言っておきながら失敗することの方を先に想像してしまった。
情けない……
でもこれが……待つ者の辛さというものなんだな。
俺は目尻に溜まった涙を袖で乱暴に拭い、正面モニターを睨んだ。
「必ず成功する……成功させるさ。彼女達はお前が認めたパイロットだろ」
「ああ……ああっ!!」
この先、俺はテスト飛行ができない。
こんな想いをこれからたくさんしていくだろう。
苦しい……けど、これが上に立つものが背負う重さなんだ。
「成功して帰ってこい。シャーリー、ティア」
◆
「高度65000ft突破っ!! 速度マッハ3.7っ!!」
「了解っ!!」
後部座席に座るシャーリーから計器情報がユースティアナに伝えられる。
前世地球のブラックバードの最速記録はマッハ3.3
有人実用ジェット機としては世界最速であり、これは2020年代に入っても破られることはなかった。
この速度はエンジン性能の問題ではなく、どちらかというと機体側が耐えられる最大速度を出した形になる。
というのも、マッハ3という音速の三倍の速度で飛ぶと機体表面の空気が圧縮される。
それは同時に熱も溜め込む形となり、機体が熱を帯び始める。
ほんのりあったかくなる……などというレベルではなく、航空機のフレームに使用されるアルミを歪ませるほどにまで温度が上昇するのだ。
それに耐える為、前世では耐熱性に優れたチタン合金をふんだんに使用して熱対策を行なった。
しかし今世でそれはオリハルコンに置き換わり、冷却の魔法を帯びることで機体耐久度を上げたことで前世とは違い、高速度を実現できている。
故に、シャーリー達は前世では前時代的な設計のSR-71で極超音速に挑むことができるのだ。
「全バイパスドア閉鎖っ! ショックコーン最大前方位置で固定っ! 超音速モードへ移行っ!! 魔動コンピューターが仕事してくれてるっ!!」
「了解っ! さらに増速するわっ!!」
「わかったっ!!」
シャーリーの報告を聞き、ユースティアナは増速を宣言した。
機体は上昇姿勢から垂平姿勢へ。
上昇力を加速力へと変える。
ここからが正念場である。
「マッハ4突破っ! 機体表面温度上昇中っ!!」
「この速度だと冷却魔法も追いつかないのね……」
機体の表面が熱を帯び始める。
機体表面に冷却魔法を施しているがマッハ4という世界では歯が立たないようであった。
これも貴重なデータ……と思ったのも一瞬。
すぐに当初の目標に二人は意識を向ける。
「マッハ4.7っ! くっ! 速度が上がりづらくなってきたっ!!」
「もうスロットルは目一杯倒してるっ! 姿勢制御で速度を上げるしかないわっ!!」
既にスロットルおよびアフターバーナーは全力運転中。
これ以上速度を上げるには推力では力不足となってきた。
ここから先は操縦者……ユースティアナの腕次第である。
「ここならっ!!」
ユースティアナは高度計を確認し、操縦桿を少し、ほんの少し前へと倒す。
緩やかな下降姿勢となった機体は重力に引かれて加速を始めた。
大気が薄くなる高度であることを確認して空気抵抗の影響が少ないことを考慮しての作戦である。
「マッハ4.8っ!」
「あと少しっ!……」
速度計が0.1だけ変わる。
たった0.1……時速に換算すると119kmの加速。
航空機にとって微増であるこの数字が、極超音速への道の険しさを物語る。
そして、もう一つ……難関が彼女らに降りかかる。
「キャノピー耐熱限界っ!? ここで!?」
「断熱圧縮の熱を甘く見積り過ぎたわね……」
キャノピー……窓の熱が限界を迎えようとしていた。
潜水艇アルトゥムで培われた技術であるスライムを利用した窓の制作。
それはこのブラックバードでも利用され、その耐熱性は普通の石英ガラスとは別格であった。
そんなキャノピーも、限界を迎えようとしている。
しかし――
「マッハ4.9っ! あと少しよっ! ティアッ!!」
「言われなくてもっ!!」
機体もエンジンも、限界ギリギリ。
しかしその限界のギリギリのギリギリまで引き出さなければマッハ5は達成できない。
カタログスペックはあくまでも理論上の数字。
出せはするが出せるかどうかはパイロット次第なのだ。
そしてそのカタログスペックを引き出し、証明するのが――
「あと少しっ!」
「頑張れっ!」
――テストパイロットの本分である。
「「行けっ! ブラックバードッ!!」」
二人の声が重なったその瞬間、また速度計の数字が0.1上がる。
表示された数字は――
『マッハ5到達っ! 目標達成っ!!』
『現在高度86,072ft。いずれも新記録です』
興奮気味に目標達成を伝えてくるエリオットとは対照的に、淡々とテレメトリーを伝えてくるマティルデとの温度差に、シャーリーとユースティアナは噴き出した。
「ふふっ、了解。これ以上の増速は危険と判断。速度を落として帰還します」
『了解したっ! 無理せず戻ってこい!』
「はい」
「ねぇティア、外を見て」
「えっ?」
シャーリーから声をかけられたユースティアナが、促されるまま外を見る。
そこに広がっていたのは黒と青の世界。
空と宇宙との境界線がそこにあった。
計器を見過ぎていて、外の景色を見ていなかったが為に、そんな世界が外に広がっていたことに今更気がついたのだった。
「すごい……深海とはまた違う世界だわ……」
「これが……アーサー様があの日見た世界なのね……」
自分達の知る地上とは違う風景。
自分達は一握りの人間しか辿り着けない領域に辿り着いたのだという実感が湧く。
だが――
「でも、私達はこのさらに先の……月に行くのよ」
「……」
「たった86,000ftでこれじゃ話にならない。もっと上にいかないと」
「そうね。高度的にも実力的にもね」
「うまいこと言ったわね」
目標達成による安堵で二人の顔に笑顔が浮かぶ。
そんな中、管制室から通信が入った。
『あー……アーサーだ。その、目標達成おめでとう』
その声の主はアーサーであった。
シャーリーは慌てて通信機の送信ボタンを押して応える。
「アーサー!? もう大丈夫なの?」
『ああ、魔法さまさまだな。痛みもないよ。それで……その……』
歯切れの悪い言葉に、二人は疑問符を浮かべる。
が、次に発せられた言葉はとても力強く発せられた。
『今までごめん。お前らは最高のパイロットだよ』
その言葉を聞き、二人は目頭が熱くなっていく。
世界最高記録を出し、そしてチームの再出発を祝福するかのように、太陽がブラックバードを照らしていた。
長野県にある八ヶ岳自然文化園にアポロ宇宙船の訓練用実機があると聞いたので見てきます。どんな感じなんだろう?




