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episode56 黒き鳥

 


 とある治療院の一室。


 エリオット達が会議室で話し合っているその時、ベッドに横たわる患者とその脇に二人の少女が憔悴しきった表情を浮かべて寄り添っていた。



「私のせいだ……私が直前に交代しようなんて言ったから……アーサーに余計なこと考えさせちゃった」


「関係ないわよ。誰が乗っても同じ結果だったと思う」



 ベッドの傍らに座るシャーリーとユースティアナが、ベッドに横たわるアーサーを見つめる。


 規則正しい寝息をたてる様子から、命に別状は無さそうだという安心感があった。



「マティルデは……さすがだったわね。的確に治療したことで、アーサーは後遺症も残らなかったんだもの。お医者様が絶賛していたわ」


「そうね。マティルデは騎士団所属だもの。あんな状況になった際の訓練を受けていたのね……それを実践できるなんてさすがだわ」


「それに比べて私は……」


「私も……動揺して、何もできなかったわね」



 二人に重い空気がのしかかる。


 しかし、落ち込んでいても仕方がないとシャーリーは首を振った。



「こうなった以上、多分アーサーは今までみたいに気軽に飛べないわ。上から止められると思う」


「そうね、猊下辺りから通達が来るかも」


「最悪、依頼が取り下げられるかもしれないわ。実行できる程の実力なしと見られてね」


「そんなっ!? 世界から依頼されたものなのよ? そう簡単に取り下げるかしら?」


「猊下一人なら続行させるかもだけどね。でもX-15一機にかなりのお金が注ぎ込まれてるし、それ以外にもたくさんお金が使われてる。それらは世界各国から集められたお金なのよ?」


「そうか……その分、意見できる権限を持ってるってことだものね。こういうことが続いたら……って考える国も出てくるかも」



 技術革新に失敗は付きもの。


 それを理解している国はその投資を惜しまないだろうが、そう思わない国もいる。


 そんな考えの国々が月旅行計画から脱退すれば予算削減は避けられず、もしくは計画そのものを白紙にする可能性もある。


 それをシャーリーは懸念していた。



「だから目に見える形で、しかもアーサーなしでも圧倒的な記録を出せることを証明しないと。この計画はアーサーでないと達成できないって思ってる人達にぎゃふんと言わせないと」


「でもどうやって? 宇宙に行くとかができればいいけど、まだアーサー様は宇宙船の設計図を起こしてないわよ?」


「うーん……」



 腕を組んで考えるシャーリー。


 その横でユースティアナはアーサーを見つめて呟く。



「私達は、飛ぶことくらいしかできないものね」


「……ティア、今なんて言った?」


「えっ? 飛ぶことしかできないって言ったけれど?」


「それよっ!」



 アーサーが寝ている横である為、大きな声を上げてはいないが、何かを思いついたシャーリーはユースティアナに嬉々としてその考えを話し始めた。



「宇宙に出ることができればこれ以上ない成果だけど私達じゃそれはできない……だけど空に関して私達でもできることがあるでしょ?」


「それが飛行機を飛ばすことってこと? でもその飛行機の設計も私達には無理よ?」


「そこなんだけど……エレナが技術実証の為に建造したジェットエンジンを積んだ飛行機を開発したじゃない? それを使うわ」


「ああ、確かX-15を大きくしたような機体だったわね。でもそれは既にテスト済みよ? 私達が訓練に使っているF-4以上の高度と速度を出せることはもう実証されているわ」


「そう。でもそれはあくまで()()()()()のパイロットが出した数字でしょ?」



 シャーリーが不敵にそう言うと、ユースティアナはその意図を察して呆れた表情で確認する。



「まさか……カタログスペックを引き出そうってこと?」


「その通りっ! あの機体には可能性があるわ……航空機による世界最高記録を出す可能性が。それこそ、向こう何十年破られない程のね」



 それを聴き終えると、ユースティアナは確かに今できる最大の成果だと考えた。


 そして、それは自分達で実現可能だということも。



「いいわねそれ。乗ったわ」


「そうこなくっちゃ」



 二人の意見が合致し、皆の集まる会議室へと足を向ける。


 こうして、世界記録挑戦の火蓋が切って落とされたのだった。











 ◆










「――それでは、命に別状はないんですね?」


「――はい。今は大怪我を負った後ですので眠っておりますが、回復すれば自然と目を覚ますでしょう」


「――あぁ……よかった……」



 何か、遠くで誰かが会話しているように聞こえる。


 なんだろう……頭にモヤがかかっている感じだ。


 ゆっくりと目を開けると見慣れない天井が見えた。


 ……何処ここ?



「っ!? アーサー様っ!? 先生っ!! アーサー様が!!」



 横にいたシンシアが慌てた様子で誰かを呼んでいる。


 ……先生? ってことはここって病院?


 そういえば俺って何してたんだっけ?


 ――あっ!?



「X-15はっ!?」



 勢いよく上体を起こす。


 ……んっ!? 全く痛みを感じない!?


 いや、寝過ぎた時に感じる体の痛みはあるがそれだけだ。


 俺、盛大に骨を折ったと思うんだけど?



 ――


 ――


 ――



「もう……あなたが空から落ちたって聞いた時は血の気が引いたわよ」


「心配かけました」



 目が覚めた時、ベッドの横で話していたのはエスリン先生だった。


 エリオットが気を利かせて伝えてくれたらしい。



「でも後遺症もないそうで。魔法様様ですね」


「アーサー様……それはマティルデさんが応急処置をしてくれたからなんですよ? 何もしてなかったら日常生活にも支障が出てたかもしれないこと、努々忘れないでくださいね?」


「ごめんなさい」



 シンシアに怒られた。


 にしてもホントにすごいな。普通に話ができてる。


 大体大怪我負った後って気だるさがあるけど、それが一切ない。


 ホント、治癒魔法最高だわ。



「あなた、四日も寝てたからどうなるかと思ってたけど、こうして話ができて安心したわ。もうこんな危ないことしないでって言いたいところだけど……冒険者だものね」


「……すみません」



 もう危ないことはしません。なんて言えない。


 これからもどんどん危ないことをしていくからだ。


 もちろん、そうならないように努力するが今回の件はあるから強く言えない。



「そういえば皆は? もしかして俺が墜落したことが問題になってたりする?」


「……少し」



 シンシアにシャーリー達がどうしてるのかを聞いたら、やはり問題になったらしい。


 とは言うがどちらかと言うと危険だからというものではなく、()()危険が及ぶからというところが問題になったらしい。



「まさかテスト段階の飛行機への搭乗禁止とはな……」


「仕方ないですよ。アーサー様は唯一、宇宙へ人を送り込める可能性のある人物なんですから」


「でも、俺がやらないってなると他の誰かを危険に晒すことになるんだよな……」



 俺がこうなったように、もし他の誰かが落ちたらその人の家族は気が気じゃないだろう。


 しかし――



「それは……この職を選んだ時から覚悟は出来ているのではないですか? 本人も、そのご家族も」


「そうね。だからあなたが気に病む必要はないわ」



 シンシアとエスリン先生からそんな言葉をかけられる。


 ここが俺とこの世界に生きる人達との意識差だ。


 前世地球の記憶を持ち、その感性を引き継いでいる俺は危険に対する意識が強い。


 しかし対してシンシア達は危険に対する意識が薄い……わけではなくて、どちらかというと死を覚悟している。


 国と国……もしかすると街から街へ行くだけでも命懸けの世界で、死が身近にあるからかもしれない。


 しかしそこに冷たさはない。


 その証拠に、こうしてエスリン先生が来てくれているのだから。



「今は皆さん、アーサー様が眠って計画が停滞しないようにと、現在、世界記録樹立に心力を注いでいます」


「……世界記録?」


「はい。航空機による最高高度、そして……最速記録を出す為の、です」











 ◆










 更衣室から格納庫へと続く廊下。


 そこを与圧スーツに身を包んだシャーリーとユースティアナが、多少の緊張感を持ちながらも一歩一歩しっかりとした足取りで歩いていた。



「ねぇシャーリー? ホントに私でよかったの?」


「どうしたの? ここまできて怖気付いた?」



 ユースティアナがシャーリーに問いかける。


 ユースティアナが言っているのはパイロット……即ち操縦桿を握るのは自分でいいのか? と聞いているのだ。



「言ったでしょ? 飛行機の操縦はティアの方が上手なんだから、ティアがパイロットの方がいいって」


「でも……シャーリーが出したかったんじゃない? 世界記録」


「それは……本音をいえばそうね」



 自身がパイロットじゃなくてもいい……なんて言えば嘘になるとシャーリーは言う。



「でも、それで目標達成できなかったら本末転倒だもの。だったら記録を出せる確率の高い人に任せるわ」


「そう……わかったわ、任せて。この一週間で既に()()()の特性は掴んだから」


「さすがね」



 廊下を渡りきり、目の前の扉を開く。


 広い格納庫……そこには一機だけ、駐機されている漆黒の飛行機に、シャーリーは声をかける。



「さぁ行くよ。ブラックバード」



 ――SR-71 ブラックバード


 前世地球で運用されていた高高度偵察機の名称であるが、シャーリー達の目の前にあるそれはエレナ達技術チームが、技術実証の為に開発したジェットエンジンを付ける為にX-15から着想を得て建造した機体である。


 見た目は前世地球のブラックバードそっくりであり、一度見たアーサーはこれを見て「ブラックバードだ……」と言ったことで名前が決定した。



 コクピット近くには数人待機しており、その中にはカレンもいた。


 ブラックバードは高高度を飛行する為、与圧スーツに空気を送り込むケーブルを接続する必要がある。


 故に一人では搭乗できず、数人の補助が必要なのだ。


 ケーブル接続が終わると、後部座席に座るシャーリーの元にカレンが近づいた。



「じゃあ、もうわかってると思うけど改めて説明するね。このSR-71には試作型魔動コンピューターをシャーリーの座席の後ろに設置してるんだけど、その操作は全面のモニターでできるよ」


「エンジンのバイパス扉やターボファン制御は自動制御だったけど、今回はかなり速く飛ぶから何か特殊操作とか必要?」


「特にないよ。だけど訓練でやったと思うけど、コンピューターがエラーを吐いたらシャーリーがそれを肩代わりしないといけないから覚悟はしててね」


「わかってるわ」



 今回目指すのはマッハ5……極超音速と言われる領域に入ることから、データ蓄積と技術実証の為にシンシアとカレンが宇宙船用に開発した魔動コンピューターが搭載された。


 これは極超音速で飛ぶ為のブラックバードのエンジンは通常のジェットエンジンと比べるとかなり特殊であり、パイロットとコパイロットのタスクが非常に多い。


 エンジン制御を少しでもミスすればフレームアウト、即ちエンジン停止の状態に陥ってしまうのだ。


 それを防ぐ為に自動化できないか? とシンシアとカレンに話したところ、試作したコンピューターなら可能だということで搭載し、既に数回の飛行を実施して動作確認を終えている。


 ただし、極超音速時での動作はもちろん、初めてである。



「機体との接続確認完了。シャーリー、そっちは?」


「今できたわ。キャノピークリア」



 与圧スーツの酸素供給ケーブルを機体にちゃんと接続されていることを確認した後、開いていたキャノピーを閉じる。


 既にトーイングトラクターによって誘導路(タクシーウェイ)の手前、駐機場(エプロン)に移動は完了しており、周りに人がいないことを確認後、今回の飛行管制の統括を行なっているエリオットへユースティアナは連絡を取る。



「こちらブラックバード。声は届いてますか?」


『こちら管制室、良好だ。そっちはどうだ?』


「良好です。グランドスタッフ退避後、エンジンスタートに入ります」


『了解した。既に退避完了している』


「了解。第一エンジンスタート」


「フューエルイン」



 シャーリーは左側のエンジンに燃料を供給させ、ユースティアナはそれを確認すると点火スイッチを上げる。


 同じように右側の第二エンジンもスタートさせ、タキシングを開始した。


 そして、滑走路へ進入するとエリオットから通信が入る。



『ブラックバード、全系統準備完了。飛行を許可する!!』


「了解……行くわよ! シャーリー!!」


「ええ!」



 ユースティアナがスロットルレバーを前へ倒す。


 世界最速記録への挑戦が今、始まった。

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