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episode55 墜落

 


 目に見えて早く地上へと向かってくる漆黒の機体。


 着陸予定地点の荒野に建てられた簡易テントの通信所にあるX-15から送られてくるテレメトリーデータを印刷する印刷機から出てくる紙にも、その異常な速度が記載されていた。


「アーサーっ!! 速度を落としてっ!! 速すぎるっ!!」



 通信機に向かってシャーリーが叫ぶ。


 しかし、X-15の挙動に変化がない。


 そのことから、パイロットとして訓練を受けているシャーリー、ユースティアナ、マティルデの三人は一つの結論に至った。



 ――油圧が喪失していると。



 油圧が無くなれば、翼についているエレロンも、尾翼のラダーも機能しない。


 機体のコントロールができなければ、ただの飛翔体。


 迎える結末は地面への激突だった。



(どうしようっ……どうすればっ!?)



 油圧を喪失した機体をどうやって安全に降ろせばいいのか。


 シャーリーはそのことにだけ注目していたが故に、判断が鈍っていた。


 それを察したのか、ユースティアナが咄嗟にシャーリーの手に持つ通信機を強引に奪い、送信ボタンを押して叫んだ。



「アーサー様っ! ベイルアウトして下さいっ!! 早くっ!!」



 緊急脱出をするよう、アーサーに促す。


 しかし――



「ッ!? 遅かったっ!?」



 脱出装置が働いたことを目視で確認するがユースティアナはその高度が足りないことを懸念した。


 その数秒後、X-15は轟音と衝撃波と共に、地上へと帰ってきた。


 そして機体から脱出したアーサーだが、パラシュートが開いてX-15よりは遅くなったとはいえど、その速度はあまりにも速かった。


 X-15の墜落からまた数秒後。


 アーサーの姿がX-15が生み出した砂塵に消える。


 十分な減速ができたとは思えない速度で……である。



「……ッ!? アーサーッ!!」


「シャーリー!?」



 シャーリーは少しの間放心するも、すぐさまアーサーに駆け寄るべく、身体強化魔法を発動し、地面を蹴る。


 ユースティアナもそれに続いていった。



(お願い……無事でいて!)



 人とは思えないほどの速さで地を駆けるシャーリー。


 墜落現場には程なくして到着したが、目の前に広がる光景は到底受け入れられないものだった。



「……嘘――」



 そこに横たわっていたのはうつ伏せに倒れたアーサー。


 しかし、その右足は曲がってはいけない方向へと曲がり、左腕も本来曲がらない箇所から外側へと曲がっていた。



「えっ……えっ?」



 ピクリとも動かないそれが、アーサーだとは信じられず、ただただ唖然とその光景を見ていた。


 しかし、どれだけ見渡しても人の形をしたものはそれしかなかった。



「嘘……そんな……」



 遅れてやってきたユースティアナも、その光景に動揺する。


 二人して動けずにいたその時、遅れてやってきた人物がいた。



 マティルデである。



「貴女方何を呆けているのですかッ!!」



 その光景を見ても動じずに、アーサーへと駆け寄ったマティルデは意識確認を始めた。



「アーサー様っ!! 聞こえていますかっ!? アーサー様っ!!」



 声掛けに、少しだけ眼球が動いた後、アーサーはゆっくりと目を閉じた。


 たった今、意識を手放したことを確認したマティルデは次に折れた腕と足に気をつけながらアーサーを仰向けにするとヘルメットを外した。



「よかった……額を少し切っただけのようですね」



 治癒魔法を発動させ、額の傷を癒すと次に折れた腕と足の治療に取り掛かる。


 しかし、その折れ方から骨が飛び出していることが予想された。


 頑丈なスーツによって隠されてはいるが、本来飛び出ていない箇所に何かが飛び出ていることが伺えた。



(これは私では力不足ですね)



 そう判断したマティルデは後ろにいるユースティアナに大声で呼びかける。



「ユースティアナ様っ!! 貴女の治癒魔法が必要ですっ!! 手伝ってくださいっ!!」


「……えっ!? あっ……」



 呼びかけられたユースティアナだが、明らかに動揺していた。



(あのままではまともな治癒魔法も使えませんね)



 ユースティアナの支援は諦め、自身の治癒魔法で応急処置を行う。


 完治させるほどの治癒魔法をマティルデは持ち合わせていなかった。


 ひと通りの治癒を終えたところで風切り音が辺りに響く。



「……なるほど、通信所にいたエレナさんが呼んでくれたんですね」



 ヘリコプターが頭上にやってくる。


 砂を巻き上げる風の中、シャーリーとユースティアナはただただ呆然としているだけだった。



 ――


 ――


 ――



「……私が方々で場を整えている間に、こんなことになっているとな」



 翌日。


 事故を聞きつけたエリオットが、アーサーの運び込まれた王都の治療院の会議室で口を開いた。


 エリオットは今回の計画に際し、各国との橋渡し役となると息巻いて各国を巡っていた。


 その為、最近は顔を合わせていなかったのだ。


 会議室にはエリオットの側近であるレイと教会関係者であるマティルデの他、現場にいたエレナ、アーサーの怪我を聞きつけたカレンとシンシアが集まっていた。



「何があった?」


「……顛末としては、高度19万6000ftに到達後、エレロンやラダーによる空力制御にて右旋回し、減速を開始する予定でしたが、油圧を喪失しており実施できず、RCSによる強制姿勢制御にて旋回しましたが十分な減速ができず……結果、墜落しました」



 エリオットからの質問を受け、マティルデがことの顛末を話す。



「……そうか。アーサーの容体は?」


「額の切創による出血がありましたがそちらは現地で治療できました。重症だったのは右足、左腕の開放骨折でしたが、こちらの院の治癒術士様のおかげで後遺症も残らず治癒できております。現在は身体が体力回復に努めているのか、眠っておいでです」


「そうか、それは何よりだ」



 マティルデの報告を受けて心底ホッとした声を出すエリオットだが、それを聞いてある疑問をカレンが投げかけた。



「そういえば……シャーリーとティアは?」


「そうだね。どこにいるの?」



 カレンの質問に便乗するシンシア。


 それに関してはエレナが答えた。



「アーサー君の病室。シャーリーとティアさん、今回の飛行実験のことでアーサー君と色々あったらしくてね、責任感じてるみたい」


「というと?」


「シャーリー達の誰かが乗るのでもいいんじゃないか? って、ずっと言ってたみたいです。それで……」


「なるほど、自分達が強引にでも乗っていればアーサーが怪我する必要はなかった……と、そういうわけか」



 コクリと頷き、エリオットの問いにエレナは肯定する。


 それを聞いて、シンシアとカレンが立ち上がった。



「そんなの結果論ですよ!? 仮にシャーリーさんやティアさん、マティルデさんが乗っていたら誰かが怪我してたんですよ!?」


「そうだよ! 誰が乗っても同じじゃん!!」


「いいえ、違います」



 その抗議に対し、マティルデが首を振って否定する。



「何が違うの?」


「誰が乗っても怪我をした……ならば、この場合()()()()()()()が重要なんです」


「? どういうことですか?」



 カレンが問い返し、それにマティルデが答えるが、シンシアは理解できなかった。


 それはカレンも同様のようで首を傾げている。


 それを見て、エリオットが答える為に口を開いた。



「アーサーは本計画の最重要人物だ。その人間が大怪我を負ったなど、計画遂行に支障が出る」


「だから……アーサー様以外が怪我すればよかったって、シャーリー達はそう考えてるってことですか?」


「恐らくは」


「そんな!?」


「今回の件で、各国首脳からアーサーに対して安全が確保されていない飛行機及び宇宙船への搭乗は禁止すると通達があった。事実、アーサー以外にこの計画を進められる人物はいない。それぞれ分担して月に行く為の構成要素に力を入れているとしても、だ」



 エリオットの言う通り、現在コンピューター、第一段ロケットエンジンをそれぞれシンシアとカレン、エレナが担当して開発を進めている。


 しかし、肝心の宇宙船に関しては、アーサーでしか設計ができずにいた。



「私にもっと知識があれば……彼奴の肩代わりを務められたのだが……」



 ぎゅっと拳を握るエリオットの顔には不甲斐なさが滲み出ていた。


 重い空気が漂う中、エレナが今後についてエリオットに聞いた。



「これからどうなるんですか? アーサー君の回復まで計画は凍結でしょうか?」


「そうしたいのは山々だが、この計画は世界からの依頼……ワールドオーダーだ。そう簡単に止めることはできない」


「じゃあ、無理矢理にでも進めるしかない……ってことですか?」


「そうなるな」



 それを聞いてカレンが背もたれに体重を預けて顔を覆った。



「そんなのどうするのぉ……あっ、宇宙に人を送るとか?」


「宇宙船がないじゃない……」


「あっ、そうか」


「X-15の予備機があります。それを使って再チャレンジは?」


「事故直後だぞ? ただでさえアーサー墜落の件を受けて上は慎重になっているのにできる訳がない」


「うーん……エンジンテストができれば、計画は進んでいるってアピールできるだろうけど、残念ながらまだテスト段階にも至っていないんですよね……」



 カレン、シンシア、マティルデ、エリオット、エレナが頭を悩ませていた時だった。


 会議室の扉が開かれ、二人の人影が現れた。



「シャーリー嬢、それにユースティアナ殿」



 エリオットが声をかけると、二人は部屋へと入ってきた。



「さっきの会話、ある程度聞こえてました。計画を凍結させない為の案だけど、一つ、私達でも進められるものがあります」


「私達だけで?」


「そうです」



 エリオットの問いにシャーリーは頷く。


 今度はユースティアナが、エレナに対して問いかけた。



「エレナさん、確か技術実証の為に一機、実験機を建造しましたよね?」


「えっ? ……あぁ、あれですか」



 実はエレナと建造部の皆はこれからエンジン建造に取り掛かる前に、まずは高推力のジェットエンジンから始めてみようということになり、テストで建造したものがあった。


 それのことをユースティアナは言っているのである。


 その機体について、今度はシャーリーがエレナに質問してきた。



「その機体、高高度まで上がれるのよね? どれくらい上がれる?」


「えっと……巡航高度は70,000ftだけど?」


「大体25kmくらいね……速度は?」


「巡航だとマッハ3を想定してるよ。エンジンの推力を考えるともっと出せると思うけど」


「そう……行けるわね」


「そうね」



 シャーリーとユースティアナがニヤリと笑う。


 何を意図して聞いているのかわからなかったエリオットが痺れを切らしてシャーリーに問いかけた。



「さっきからなんだ? その飛行機のスペックを聞いてどうする気だ?」


「今、アーサーは動けない状態……だったら私達で結果を出すしかない。でも宇宙船の設計なんてできないから有人宇宙飛行はできない。だったら私達だけでできる航空機の結果を示すんです」


「それと件の飛行機がどう関係する? あれは既に別チームが飛行テストをして、飛べることを証明したぞ?」



 エリオットの言う通り、そのテスト機はパイロットとなった王国軍人達によって既にテストが終わっていた。


 テスト機を飛ばし、そのテスト結果を報告しようと思っていたのなら、それはもう済んでいることをエリオットは言いたいのだ。


 しかし、シャーリーとユースティアナは全く別のことを考えていた。



「それは重々承知です。それに私達はアーサーの直属のチームです。ただの機体開発じゃあ拍子抜けですよね?」


「……勿体ぶるな。何をする気だ?」



 エリオットがそう聞くと、今度はユースティアナがゆっくりと口を開いた。



「最高記録の更新、です」


「……なに?」


「現在、航空機による最高高度は高度67000ft、速度はマッハ3が最高……いずれもそのテスト機がテスト段階で出した数字です」


「……まさか、それを超える……というのか?」


「はい。具体的には――」



 次に放たれた言葉は、その場にいた全員を驚愕させる。


 その内容は――



「「目標高度85,000ft、目標速度……マッハ5」」



 シャーリーとユースティアナの声が重なる。


 二人の瞳には、一切の揺らぎはなかった。

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