episode54 高高度飛行試験
三週間後。
NB-52の操縦訓練も、X-15の滑空試験も順調に進む中、今日は俺の与圧服の試着を行なっていた。
「へぇ、耐Gスーツとは全然違うのね」
「酸素マスクとかはないんですか?」
「服の中は気密性が高いからな。中に酸素を充填して供給するんだよ」
シャーリーとティアにまじまじと見られながら、与圧服を着ていく。
構造はほぼ……というより宇宙服と全く同じだから、今後の為にも作っておいて損はないだろう。
ただ前世の初期の与圧服とは違って、今世じゃ魔物の革を使ってるから茶色で、なんというか未来感は一切ないが、これが結構すごい。
曲げ伸ばしは自由だし、強度も高い。
魔法素材最高!
「これが宇宙でのスタンダードな服装となるのですね」
「改良していくけど、一応これがベースになるかな」
マティルデと会話しながらヘルメットを着用する。
ヘルメットも首元にある金具でガッチリと固定し、空気を供給する魔道具から伸びるホースを腹部にあるコネクターに取り付ける。
これで着用完了だ。
屈伸したり、腕を回したりしても違和感がない。
すげぇ……前世じゃここまで来るのに新素材開発が必要だったのに、今世じゃ魔物素材で解決ですか。
「うん、空気漏れも無さそうだな。これなら高高度で窒息死はする危険性は無いだろう」
スーツの気密性を確認していると、シャーリー達の表情が曇った。
何事か? と思っていたら、シャーリーが重々しく口を開く。
「その……やっぱりアーサーが最初に飛ばさなくてもいいんじゃない? 私達もマニュアルは熟読してるわよ?」
「今更何言ってんだよ?」
三日後にはX-15でロケットエンジンを使用した飛行が計画されている。
直前になってパイロット変更はまずしない。
それを知っていて尚、シャーリーは言ってきているんだろう。
「でもやっぱりアーサー様が飛ばす必要はないと思います。私達以外にも飛行士はいるんですよ?」
しかし、それを重々承知しているはずのティアも、シャーリーに便乗した。
ティアの言う通り、実はここにいる俺を含めた四人以外にも訓練を積んでいる飛行士はいる。
理由は単純に人手が欲しかったからだ。
選出された人達は殆どが魔法学院か騎士学院を卒業した人達ばかりだが、皆優秀で助かっている。
確かにティアの言う通りではあるが――
「新型を飛ばすのに彼らは力不足だ。ここはやっぱり俺が飛ばすのが一番いいだろ? 大丈夫だって。万が一に備えて脱出装置も付けてるし」
「でも! 今回はロケットモーター搭載の航空機なんだよ!? 点火と同時に爆発四散したら――」
「シャーリー、いい加減にしてくれ」
食い下がってくるシャーリーに有無を言わせないように声を出す。
何を言われても俺の考えは変わることはない。
「今日は解散。三日後、よろしく頼むな」
「「……」」
与圧服を脱ぐ為に部屋を後にする。
うーん……あの二人にNB-52の操縦を頼む予定だったけど、外した方が良さそうだな。
あんな精神状態で操縦したら事故が起きそうだ。
それにもし、シャーリーが乗ったとして万が一が起きたら――
「俺は嫌だぞ……あいつが倒れてるところを見るの」
――
――
――
と言うわけで、三日後。
既にX-15に乗り込み、現在4万5000ft……約13km上空に俺はいる。
三日前にシャーリー達から抗議を受け、NB-52の操縦は難しいと判断した俺は、別チームのパイロットに操縦をしてもらうことにした。
シャーリー達は着陸地点に設置してある指令室に入り、俺のサポート係になっている。
指令室にはエレナも同席しており、理由が自分達の作った機体を帰ってきた際に見たいから、だそうだ。
『そろそろ切り離しポイントよ。……準備はいい?』
「了解。いつでも行けるぞ」
準備はいいか聞く前に間があったな。
まだ不服なのか。
だがここまで来ればもう行くしかない。
『切り離し用意……3……2……1……パージ!』
NB-52の航空機関士からX-15切り離しの通信が入る。
X-15を懸架していたパイロンから外され、浮遊感が体に伝わる。
切り離し直後、即座にロケットモーターの点火スイッチに手を伸ばし、それをONの方向へと倒した。
瞬間、体がシートに押し付けられる。
機首を上に上げる為に操縦桿を手前に倒し、加速度を増しながら、X-15は上昇していく。
「ッ!? 来た!!」
自分の足元が赤く光り出す。
加速によって生じた断熱圧縮で機体が高温になっているのだ。
「頼むぞっ! 空中分解だけはしてくれるなっ!!」
空中分解なんてされたら助かるものも助からない。
現在高度16万7000ft、50kmに到達した。
爆発四散じゃなければなんとかなるか?
いや、失敗のイメージを出すな。現実になるぞ、アーサー。
「落ち着け……」
機体の赤熱と超音速による軋みの音で焦りが出ている。
知識はあれど、こういうところは経験の差が出るな。
前世の熟練のテストパイロットならこうはならないだろう。
チラリと燃料計を見やると、あと少しでタンクが空になることを示していた。
「3……2……1……カットオフ」
メインエンジン停止と同時にガクンと体が前のめる。
先ほどまで鳴り響いていたエンジン音と機体の軋む音が無くなり、聞こえるのは自分の呼吸音だけ。
それ以外は静寂に包まれていた。
窓の外に目を向ける。
するとそこには――
「……すげぇ」
下は青、上は黒という不思議な光景が広がっていた。
空と宇宙の境界線だ。
深海調査じゃ境界なんて見えず、ただただ暗闇に突っ込んでいくような感じだったが、こうして目に見える形で境界線があると実感する。
ああ、俺は宇宙に来たんだなと。
「……そうだっ! 高度はっ!?」
景色に見惚れて、肝心の高度を見ていなかった。
高度100km。そこに到達しているのか。
高度計を見ると、示されたのは――
『高度19万6000ft到達を確認。おめでとう、アーサー。新記録よ』
通信機からシャーリーの声が聞こえる。
19万6000ftは約59km……つまりは宇宙に到達できていない。
前世アメリカ空軍基準の宇宙の境界線である80kmにすら届いていない。
くそっ!! 宇宙に来れてないっ!!
機首上げが不十分だったか? それともそもそも燃料が足りなかった?
色々考え込んでいたら、鉛筆がくるくると回りながら目の前を通った。
高度100kmに届いていないが、自由落下状態だから無重力を感じられる。
外を見ても落ちている感じはないんだけどな。
ひとまず、胸元からメモ帳を取り出し、浮いている鉛筆を手に取り到達高度をメモした後、操縦桿に手を伸ばした。
高度50kmであれば空力制御が効く。
翼に付いているエレロンと尾翼のラダーで姿勢制御は可能だ。
『アーサー、右旋回して減速を開始して』
「了解」
シャーリーの通信を受けて右旋回をする為に操縦桿を右に倒す。
しかし――
「……?」
目の前にある姿勢を示す姿勢指示器が一切動かない。
再び操縦桿を中央へ戻してから再度右に倒しても同じだった。
フットペダルを踏み込みラダーを制御してみるがそれも同じで、何も変わらなかった。
いや……そもそもだ。
操縦桿もフットペダルも重さを一切感じない。
「まさか……」
油圧が……喪失している!?
だとしたら空力制御は一切効かないことになる。
それにこの高高度……このままいたら――
『アーサー? 右旋回じゃなくて上昇してるわよ? 何かあったの?』
「くそっ!!」
アナログ表示の高度計がカシャカシャと数字を上げていく。
機首が自然に下を向いたことで加速し、翼に揚力が発生して高度が上がっているのだ。
要するにだ――
『アーサーっ!! 急いで右旋回してっ!! 大気に弾かれてるっ!!』
石で水切りするように、俺は大気に弾かれているということだ。
なんとかしようと操縦桿やペダルをガチャガチャと動かすが姿勢指示器はピクリとも動かない。
くそっ! どうするっ!?
このまま高度が上がったら着陸地点が大幅にズレる。
何処に降りるのか全くわからない状態になる。
それだけは避けないと!!
なんとかしようと思考を巡らせているその時、一つのスイッチが目に入った。
RCSと書かれたそれを目にした瞬間、即スイッチをオンに入れ、左手にあるレバーを倒す。
すると左翼面から白い煙が噴出し、機体が右に傾いた。
「よしっ!!」
RCS……姿勢制御システムは宇宙船に搭載されている小型ロケットモーターだ。
宇宙を題材にした映画やアニメで宇宙船の側面からパシュパシュと出しているアレである。
これでようやく機体が傾き揚力を得ない形に持っていけた。
しかも曲がるからその時に速度も落ちる。
トラブルがあったがこれでなんとか地上に戻れるだろう。
右に傾けていた機体を再度RCSで正位置に戻し、滑空状態にする。
計器を見るとそろそろ着陸予定地点の荒野が見えてくるはずだが……
「おっ、見えた」
俺の予想通り、着陸地点が見えた。
これで一安心……全く、トラブル発生でRCSの存在を忘れていたなんて恥ずかしい。
色々経験不足で粗が出たな。
ちゃんと訓練していたのに……
なんて考えていたのが不味かった。
無事地上に降りられる算段がついたことで安堵し過ぎた。
俺は、肝心な計器の数字を見るのを失念してしまっていた。
『アーサーっ!! 速度を落としてっ!! 速すぎるっ!!』
「っ!?」
通信でシャーリーに言われてから気がついた。
速度が340kt……時速629kmもあった。
着陸時の速度は大体時速260km
約2.5倍も速い。
もう高度が3000m切ってる。
なんとか減速させようとするが、操縦桿もフットペダルも操作しても機体がいうことを聞かない。
多少は挙動をしてくれるから完全に制御が死んでいるわけでは無さそうだが、減速させるには高度が足りなすぎる。
くそっ!! もっと早く気づけてたら!!
後悔と焦りで判断が鈍る。
何か速度を落とす方法はないか? その一点にのみ意識を向けすぎていた。
そんな時――
『アーサー様っ! ベイルアウトして下さいっ!! 早くっ!!』
「っ!? そうかっ!!」
ティアの声でようやく別の方法に意識が向いた。
ベイルアウト……緊急脱出を示す用語だ。
それに気が付くと、即座にレバーを引く。
キャノピーが吹き飛び、シートに付いている射出装置で機体から勢いよく飛び出した。
その後パラシュートが開き、減速して安全に地上に降りられる……はずだった。
「くっ! 高度が足りなかったかっ!!」
高度が足りず、パラシュートによる減速が十分じゃなかった。
かなりの速度で地面が近づいてくる。
俺は咄嗟に身体強化魔法を発動させ、着地を試みた。
しかし、着地と同時に何かが折れる音がはっきりと聞こえた。
右足の踏ん張りを失ってバランスを崩し、今度は左肩から地面に激突し、二転三転と地面を転がる。
パラシュートも相まって止まらず、止まろうと思っても踏ん張りが効かない……いや、踏ん張れなかった。
何回も転がり、ようやく止まる。
バイザーも破損してその破片の影響か、頭から何かが流れている感覚がある。
多分、切ったな。これ。
それになんか体が怠い……でもなぜか体の痛みは感じない。
「――ッ!! ――ッ!? ――ッ!!」
誰かが話しかけているみたいだけど、声が聞き取れない。
とりあえず、このまま孤独に死んでいくわけじゃなさそうだ。
そう思うとなんだか安心した。
安心したら眠くなってきたな……
俺はその眠気に抗うことなく、身を委ね、意識を手放した。




