episode53 X-15
アーサーと荒野にて爆破実験を終えた翌日。
エレナは早速水素エンジンの開発……ではなく、ロケットのメインエンジンの開発に着手することにした。
メインエンジンは開発したRF-1やNF-1より大型化する為、何が起きるのかがわからないので先に開発することになった。
「まずはメインエンジンを開発するにあたって、推測できる不安材料ってなんですか?」
「まぁ、問題は兎にも角にも熱だわな。これだけの大きさのエンジンだ、どうやって熱に耐えるのか考えねぇと」
「そうですよね……」
ロケットエンジン開発に携わる職人から声が上がる。
エンジンから噴き出る熱量は3000℃以上。
それほどの熱に耐えられる金属はこの世界でも存在しない。
RF-1などは燃料をノズルスカートへと流して循環させ、熱循環を行い熱に耐えていた。
(やっぱり……この熱循環させる方法が一番だと思う。もう……知れば知るほどアーサー君のすごさをひしひしと感じるなぁ)
燃料を冷却に使うというアイデアを思い浮かんだアーサーに対して感嘆するエレナだが、アーサーが聞くと恐らく恐縮するだろう。
なにせ自身が考えついた機構ではないのだから。
しかしその熱循環機構でも、メインエンジンの熱量からエンジンそのものを守ることはできないとエレナ含めたフォスター重工の職人達は思っているのだ。
何かないか? そう思いながらエレナが設計図を見つめる。
――さてどうする?
――どう対応する?
思考がぐるぐると回り始めた時、エレナはある場所に目が入った。
「すみません、ここの排気ガスってタービンを回した後排気されるんですよね?」
「えっ? ああ、排気ガスだからな」
何を当たり前のことを? と職人が首を傾げた。
それを聞き、エレナはニヤリと口角を上げた。
「燃焼室から吹き出す燃焼ガスは約3200℃です。排気ガスも十分高温ですけど、排気ガスは燃焼ガスに比べたら低温ですから――」
「――っ!? そうか! それをノズルスカートの中に排気すりゃあいいのか!!」
エレナがコクリと頷くと会議室にいた者達から感嘆の声が漏れる。
「ノズルスカートを上下二分割して上部は従来の熱循環をさせて、下部は排気ガスでスカートを守る……この方法なら熱に十分耐えられると思うんです」
「そりゃあいいや! 早速取り掛かろうぜ!!」
「「「「「おう!!」」」」」
「お願いします!!」
意気揚々と会議室を出ていく職人達。
大型エンジンの開発の第一歩が、今踏み出された。
◆
先日、エレナから大型エンジンの開発に進展があったと言われて内容を確認したらなんとノズルスカートを上下二分割して排気ガスで熱から守ろうというアイデアを思いついたらしい。
それで職人さんが描いた設計図をもらったが、見た目がサターンVのロケットエンジンにそっくり。
とはいうものの、俺はロケットに関してはあまり詳しくないから「あ〜、それっぽい!」って感じなんだけどいい線いってるんじゃない?
エンジン開発は順調そうだ。
コンピューターに関しても、カレンとシンシアが作った例の魔石板を使った記憶装置と演算装置を大量に使って処理能力を強化する方向に進んでいて、今は設計図を起こす作業に入っている。
すぐに組みたいのは山々だったが、これには理由があった。
それは――
「おぉ〜! ここが大型ロケット発射場になるのね!」
シャーリーが目の前に広がる大草原を見渡して驚嘆の声を上げる。
ここはヘラスロク王国にある半島の東側。
今使っているロケット発射場では110mもあるサターンVを打ち上げられないから、ここに新しい宇宙施設を建設することになった。
今、コンピューターをルインザブに作るとここに持って来なければならず、それは手間になるからということで組立は一旦おあずけとなった。
今作ってるコンピューター、前世地球の最初期のコンピューターみたいに一部屋丸々使うからな。
で、ここは放牧地らしいんだけど、領主様は快く土地を渡してくれた。
まぁ、領主様曰く「月へ行くという大冒険に手を貸せるのならば喜んで協力するが、全世界の首脳と教皇猊下からの依頼書には肝を冷やした」と言っていた。でしょうね。
俺も一緒に草原を眺めていたら、同行していたティアが俺に話しかけてきた。
「でも、ここってルインザブから距離がありますよね? 通うのは少し厳しいんじゃ?」
「そうだな……だから引っ越すしかないと思うんだけど、あの家にも愛着あったしな。寂しいよ」
せっかく買ったマイホーム、それを手放すのはなぁ。
最初はいらねぇと思ってたし、なんなら買った後もしばらく使わなかったけれども、今となっては愛着がある。
皆でワイワイといろんなことをやったしな……
でも、こればかりは仕方がない。
あの家は売却してまた新しい家を買おう。
「この辺りでまた物件探しだなぁ」
「あっ、じゃあ私、リクエストしていい?」
「私もいくつかあるのですが……いいですか?」
「私も。特に台所についてなのですがよろしいですか?」
「なんで一緒に住む前提なん?」
なんか一緒に物件探ししようとしてるんだが? この娘達。
というかマティルデの声久しぶりに聞いたわ。
――
――
――
さて、俺達パイロット志望組は高G環境への適応訓練……と言っても四人とも身体強化魔法が優れていたから「こんなものか」っていうのを数回確認しただけなんだけど、それを終えて次のステップへ進むことになった。
次のステップ……それは――
「いよいよ宇宙へ行きます!!」
「「「わぁ!!」」」
俺の言葉を聞いた三人が湧き、拍手が起きる。
マティルデも一緒になって喜んでいるから相当だな。
「ところでアーサー様。宇宙とは空のどこから先が宇宙なのですか?」
「あっ、それ思った。深海は水深200mから下だよね? それと同じように宇宙にも境界線があるの?」
「世界最高峰のカシミドス山より上……とかですか?」
マティルデからの質問を皮切りに、シャーリーとティアからも質問を受ける。
「高度100kmから先が宇宙だな」
「なぜ高度100kmなのですか? 大気が無くなるからとかでしょうか?」
「う〜ん……半分正解って感じかな? 正確に言うと航空機で飛ぶのに十分な揚力を得ることが出来る限界高度が100kmなんだよ」
揚力とは空気の流れの速度差で発生する。
翼の上部分は空気の流れの速度が速く、下部分は速度が遅い。
こうすると翼の上の方は圧力が低くなり、下部分は高くなる。
すると圧力っていうのは高いところから低いところへ行こうとするから上へ行こうとする力が生まれる。
これが揚力ってやつだ。
で、それが発生する限界が高度100kmであり、これを前世ではカーマンラインと呼んでいた。
既に皆は揚力に関する知識を有しているから、詳しく言わなくても理解されるだろう。
「なるほどね。じゃあ大気が無くなるわけじゃないんだ?」
「薄くは残ってるな。大気が存在しない所から宇宙って決めると高度1万kmくらいになっちゃうな」
「えっ? そ、そんなに高いの?」
「ああ、この前打ち上げた探査機でわかった」
技術蓄積と今世の宇宙空間の星間物質を知る為に打ち上げた探査機からのデータで大体地球と同じような環境だと言うことがわかった。
「まぁ、その探査機のデータから宇宙に魔力はないってこともわかって少しショックだったけどな」
魔力に関してだが、これは宇宙空間には存在しなかった。
あったら使えてたのになぁ。残念。
閑話休題。話を元に戻そう。
「とにかく、俺達は今まで無理矢理魔法の力で超音速と高Gに耐えていたが、それが高度100kmから先も発揮できるのか全く未知数。当たり前だ、誰も行ったことないんだから」
「それはそうね」
「じゃあ行くしかないじゃないってんで、こんなものを作りました」
案内したのはとある格納庫。
そこには一機の小さな黒い飛行機と、それとは対照的に細い胴体に大きな翼と無数のエンジンを懸架した巨大な銀色の飛行機が格納されていた。
「NB-52とX-15。この黒い飛行機で宇宙に行く。って言っても高度100kmをちょい超えるくらいのところまでしかいけないんだけどな」
X-15。ロケットエンジン搭載型の航空機。
一人乗り用で、大型航空機であるNB-52に懸架される形で4万ft……約10km上空で切り離され、そこから更に高度を上げていく。
ジェットエンジンは搭載していないから最後はグライダーで地上に降りる形になる。
まぁ、要するに――
「着陸復行不能、一発勝負のランディングになる。しかも速度は皆が経験しているものとは比べ物にならない……一歩間違うと墜落する」
皆が息を呑む。
これまで安全を重視して飛行計画を立てていたが、それはいわば「空に慣れる」為のもの。
ここからは危険を冒していく。
「まぁ一発目は俺が乗るんだけどな」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
「……」
シャーリー、ティアは驚き、マティルデからは呆れた表情をされた。
「あなた自分の立場わかってる!? 今の計画の最重要人物なのよ!?」
「わかってる」
「いーえわかってないわ!! 今あなたこのX-15はどういう航空機か話したでしょ?! 一歩間違えたら落ちるのよ!?」
「承知している。だからこそ俺が行くんだよ。対処方法は俺が一番わかっているからな」
「あなたがマニュアル作ってるんだから当たり前じゃない! そういうことを言いたいんじゃなくて――」
「シャーリー」
言葉を遮り、シャーリーの名前を呼ぶ。
俺のいつもより低い声音から何かを察したのか、シャーリーは黙った。
「これは俺の冒険だ。一番に経験してお前達に行き方を伝える為にも経験しないといけないんだよ。経験に基づいた言葉ほど説得力のあるものはないからな」
シャーリーの肩を叩き、格納庫を出る為に出口へと向かう。
俺だって死ぬつもりはない。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、それを押して余りある程の情熱が、俺の心の中で燃えたぎっている。
それに……万が一の時は俺一人だけでいい。
一人だけの方がいい。
「飛行は一ヶ月後。まずはNB-52の操縦に慣れてもらうぞ」
「「「……」」」
X-15に乗るから、俺はNB-52の操縦はできないから三人に操縦してもらわなきゃいけない。
重い空気が流れているが、切り替えてもらわないと。
……その空気にした俺が言えた義理じゃないけど。
「――これは、私達の冒険じゃなかったの?」
シャーリーの声がする。
しかし、俺はそれに応えることなく格納庫を後にした。




