episode52 それぞれの開発畑
アーサーとシャーリー、ユースティアナとマティルデがF-15Eでの訓練をしている頃。
フォスター重工の一室……アーサーが潜水艇アルトゥムや掘削調査船アルカイムの設計に籠っていた部屋でロケットエンジンの開発リーダーとなったエレナは虚空を眺めて考え事をしていた。
「エンジン……燃焼かぁ……」
ぺらりと一枚の紙を捲り、眺める。
そこにはアーサーが現在設計しているロケットの総重量と第二段、第三段の重量などが書かれている。
「第一段で目標高度60km、第二段で170km、第三段で月へ……か。第一段の燃料はケロシンでいいとして、問題は第三段のエンジンだよね」
第三段はロケットの最上段……即ち宇宙船を月まで運ぶ部分である。
アーサーから事前に飛行計画の概要を聞いていたエレナは一つのワードが引っかかっていた。
「アルカイム周回軌道は高度180kmで行う……第三段で10km分上がらなきゃいけないってことだから、月に行く為にはもう一度エンジンに火を点けなきゃいけないんだよね……」
それは再点火を必要とすることであった。
飛行手順では、一度アルカイムの周回軌道に乗った後、ロケットを月軌道に向ける為にタイミングを合わせて噴射する必要がある。
「もう一度火を点けるんだから、燃えやすい燃料でないといけないよね? あとは推力が高いほどいい……」
そう呟くとエレナはもう一枚の紙を手に取った。
それは元素周期表。
この世界に存在する物質を軽い物とカテゴリ順で並べたものである。
全部で118個並んだその表はアーサーの手で作成され、シャーリーから「なんで最小単位である元素の種類を全部知っているのよ?」という質問に対してアーサーは「調べ……たんだよ……」と目を逸らし歯切れの悪い返答をしていたことをエレナは思い返していた。
「そういえば、アーサー君は水素は燃えやすいって言ってたよね……」
そして水素は水に電気を流せば採れるとも言っていたことを思い出したエレナは、早速水素の燃えやすさを知る為に行動を開始した。
◆
一方その頃――
「なんとか半加算器は作れたけど……」
「これを何百と繋げるのはかなりキツイよ……」
シンシアとカレンはアーサー宅の研究室で項垂れていた。
コンピューターの開発を任されたのはいいが、目の前にある半加算器をたくさん繋げて高度な計算を可能にする道具を作る。
魔道具界の革命とも言えるものをこれから作らなければならないというのはあまりに不安であった。
しかし、やり遂げなければ月へは行けない。
それが彼女らを踏みとどまらせていた。
「しかも今度はこれで計算した数字を覚えさせる物が必要なんだよねぇ……どうやって覚えさせるだろ。魔道具に」
「ん〜……以前アーサー様から聞いたメモリっていうのがあるにはあるけど……」
「あー……あれね」
メモリ……主記憶装置はコンピューターでは必須の部品。
彼女らの開発した半加算器はいわば「考える装置」であり、その結果を記憶させるのがこのメモリの役割である。
それがなければ高度な計算ができない。
しかし――
「小さな穴の開いた金属片を一個一個金属線に規則正しく何千万個も並べるなんて無理だよぉ!」
カレンは頭を抱えて叫ぶ。
アーサーがシンシアに話したのは磁気コアメモリやコアプローブメモリと呼ばれるものである。
穴の開いた金属片に導線を交差するように通し、その縦横の線に電気を流したら金属片に磁気が生まれる。
その磁気が書き込まれることで情報を記憶させていくのだが、これを実用化させようとしたらカレンの言ったように何千万と縫い合わせていかなければならないのだ。
前世地球では半導体が使用されていたが、今世では発見されていない今、開発可能なメモリはその二つであった。
「金属片を作るにも人手がいるし……コンピューターを設置する部屋もいるよね」
「ただの魔道具に部屋丸々一つ使うとか考えたことないよ……普通、魔道具って携帯可能だもん」
元々魔道具は戦闘用が主流だった為に携帯することが普通である。
それがここ最近、アルカイムやアルトゥムなどに搭載された巨大な魔道具を見慣れすぎていて、常識から離れていたことにカレンとシンシアは今さら気がついた。
「なんか色々大きい魔道具見過ぎて感覚麻痺してたね」
「そうだよぉ。アルカイムなんて自分で位置確認して自分で動く為の魔道具積んでるしさ。……あっ」
カレンが何かを思い出したような声を上げた。
「どうしたの? カレン?」
「そういえば……アルトゥムって映像を記憶する魔道具積んでた……」
QUELLEでの航海の際、何回も海底の映像を見ていたことをカレンは思い出していた。
記憶させる魔道具は既に存在していたのだ。
「で、でも映像と数字は別じゃない? コンピューターには使えないよ?」
「でも記憶できる魔道具が作れることはわかったよ! なんとかできるかもしれない!!」
早速、映像記録魔道具を観察する為、フォスター重工のアルトゥムの整備棟へ向かう二人なのであった。
◆
――ドカーンッ!!
本日何回目かの爆轟が響く。
俺は今、エレナに誘われて王国軍が演習で使っているという荒野へと足を運んでいた。
ここは魔法戦闘も繰り広げられるほど広く、戦闘訓練の影響なのか、植生があまりない。
その場所で響いた今の爆轟は、王国軍が訓練しているから……ではない。
その原因というのが――
「じゃあもう一回いくよ……ハァ!!」
エレナが腕を目一杯伸ばして、炎を全面に噴き出す。
その炎は火炎放射器のそれとは比べ物にならないほどの速度で前方へと噴き出していた。
……君、以前取り柄がないって泣いたよね?
こんなの見せられたら、才能ない人間が見たらそのセリフただの嫌味だぞ。
「……これってもしかして水素爆発か?」
「そう! この水素を利用すれば比推力を高められると思うの!」
「へぇ……」
確かにエレナの言う通り、水素を燃料とすれば比推力を高めることができる。
事実、前世では水素を利用したロケットエンジンが主流だった。
そこに自力で辿り着いたのか……
俺みたいに答えを知っているわけでもないのに、今まで全く触れていなかった分野の最適解をすぐに見つけた。
さすがは高等魔法学院の成績上位生、すごいな。
「なるほどな。それで? これをメインエンジンの燃料にするのか?」
「ううん。そうしたいのは山々なんだけど、第一段は巨大でしょ? -252℃の液体を入れられる大きなタンクは難しいかなって職人さんたちが言うから、第二段からにするよ」
「妥当だな」
工場の人達に意見を仰いだのか。
コミュニケーションも取れているようでなによりだ。
水素の融点は-252.87℃
極低温の液体を入れて、且つ液体状態を保持するには相当の技術が必要になる。
第一段には約630tの燃料が必要だから相当デカい。
それを作るのは確かに難しいだろう。
ちなみに前世日本のH2Aロケットの第一段のタンクは液体酸素と液体水素の二つのタンクの容量が合計101tである。
俺達が作ろうとしているサターンVは燃料だけで630tあるからとんでもない量だ。
「じゃあ、第一段の燃料はケロシンでいくんだな?」
「うん。あと、巨大なエンジンになるだろうからと思って……これを見てほしいんだけど、どう思う?」
置いていた荷物の中からエレナが一枚の紙を取り出して、俺に差し出した。
そこには燃焼室の他に一つだけ大きな部品が取り付けられたロケットエンジンの設計図が描かれていた。
「これは……ターボポンプ?」
「そう」
その部品はターボポンプであることが伺えた。
だから聞いてみたんだけど合ってたみたいだな。
ほぉ……すごいな。
「俺が設計したRF-1とは違う設計だな」
GPSを打ち上げたロケットのメインエンジンRF-1のターボポンプは酸化剤用と燃料用の二つを設置していた。
それとは大きく異なる構造だ。
「うん。メインエンジンは巨大だし、送り出す燃料や酸化剤の量もRF-1とは比べ物にならないくらい多いから、流量にムラができるかもって思ったの。だから職人さん達に聞いたんだ。ターボポンプを一本化できないかって」
「なるほどな」
ポンプが別々にあると中のタービンの回転数に違いが生じるとその分送り出される燃料や酸化剤の流量が変わるのは想像に難くない。
RF-1ならばポンプ二つで起きる流量の違いは許容範囲内だったから問題はなかったが、今回のメインエンジンでは致命的だ。
燃焼不安定が起きるとその分エンジンに負荷がかかってしまう。
「ポンプを一本化すれば流量のムラはできないし、高推力も可能かなと思って。職人さん達もできるって言ってくれたよ」
「そうか……」
ホントすごいな。
知識ゼロでよくここまで……しかも俺の描いたうろ覚えの設計図からここまで解像度を上げられるなんてな。
「最高じゃないか。やってみよう」
「ッ! うん!! ありがとう!!」
「こっちこそ、ありがとう。ここまで詰めてくれて」
功績作りってことで任せたけど、案外適材適所だったんじゃないか?
これは期待できそうだ。
――
――
――
荒野でのエレナとの実験と意見交換を終えて家に帰ってきたらカレンとシンシアに呼ばれた。
急かす二人に押されて研究室に入ると、机の上に何やら虹色に輝く石板が置かれていた。
「これって……魔石か? でもこんな風に反射してたかな?」
その石板は魔石の板であることはすぐにわかったが、光り方が普通の魔石と違っていた。
普通の魔石は薄い青色の透明な石なのだが、目の前の板は虹色に光を分解している。
まるでCDやDVD、BDの裏面のような輝き方だ。
「ふふーん! それはね……記憶装置だよ!!」
「……は?」
記憶装置?
えっ? 本気で仰ってる?
「……これが記憶装置?」
「はい」
「なんでシンシアに聞くのさ」
俺が石板を指差しシンシアに聞くと、頷き肯定した。
カレンは膨れっ面になっているが信じられない。
嘘だろ……これが?
「アーサー様が開発したアルトゥムに搭載している映像記憶装置のことを思い出しまして……それなら数字も記憶させられるんじゃないかと思ったんです」
「そ、そうなのか……」
あの映像記憶装置、実は結構力技だったんだよな。
なんせ前世のフィルムをイメージして文字書いただけで動いちゃったから、まぁいっかってなってたんだよ。
で、実はコンピューターもそんな感じでいけるかな? と思って作ろうとした時があったが、やはり複雑すぎて文字に起こすには難しく、大量の文字を書いたのに全然動いてくれなかったから、匙を投げた。
回路記号使って作れなくはないけど、一文字一文字大きいからそんなのを書ききれる素材がなかったし、なんなら書いていくうちに素材に記号が染み込んでどこまで書いたかわかんなくなるしで俺は諦めたんだけど……
「これ……本当に記憶できんの?」
「疑ってるなぁ? 実はもうこれを使った簡単なものは作ったんだよね。ほらこれ」
そう言ってカレンが机に置いたのは前世でいうところのタイプライターサイズの魔道具だった。
それには0から9の数字が書かれたボタンの他、プラスやマイナスなどの四則演算の記号のボタンとイコールのボタンがある。
紛れもなく、それは電卓だった。
「……これって?」
「今までのは足し算しかできなかったじゃない? でもこれは記憶装置ができたから加減乗除全部できるんだよ! すごいでしょ!!」
「回路図組んだのシンシアだろ? 頑張ったな」
「はい、頑張りました!」
「私も頑張ったんだけどぉ!?」
多分回路図から実際に組んだのはカレンなんだろうけど、なんかイラってしたから無視してやった。
まぁ、でも頑張ったのは事実だろうしなぁ。
「カレンもおつかれ。よくやったなぁ、これ」
「おっ? そう? えへへ……」
急に褒められたからなのか、カレンははにかんだ。
「これ、いくらまで計算できんの?」
「今のところ256までですね。試作なんで本当にサクッと作っちゃいました」
「……へぇ」
8bitをサクッとっすか。




