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episode46 深海から宇宙へ

 


「行けるなら行ってみたくないか? 月」



 掘削調査船アルカイムのヘリポートで月を背に、不敵な笑みを浮かべて私達に語る彼。


 その時の彼は淡い月の光に照らされて、口にされた内容も相まってすごく幻想的に見えた。


 無茶無謀、誰もが諦める事柄に対し、常に挑み続けてその全てに結果を出してきた彼が言うと実現できるんじゃないかとさえ思ってしまう。


 そんな彼に、私は憧れた。


 冒険譚に憧れて、一度は冒険者になりたいと思いながらも、前人未到の場所は海の中だけ。


 そんなところにどうやっていくのか全く見当もつかず、早々に諦めてしまった私。


 でも、彼はそこへ行く算段を立てていた。


 荒唐無稽……だけど現実的な方法を提示した彼に可能性を見た私は是が非でも商会に招きたかった。


 パパに頼み込んで入れてくれたけど、最初は渋々だったのに今では手のひらを返して頼みの綱にしている。


 ずっと目で追っていた。


 次は何をするのかな? 次は何を作るのかな?


 ワクワクとドキドキの両方を感じながら彼の動向を見ていたけれど、出てくる魔道具は予想を遥かに超えた代物ばかりだった。


 驚きの連続の最中、潜水艇が完成した時もホントに作っちゃったと驚いたけれど、その時、重量トラブルが起こり、一人悩む彼の背を押した。


 あの時、名前で呼ぶように言って、実際に呼んでくれた時は嬉しかった。


 彼に近づけたような気がして――



(あぁ、そっか……)



 今、目の前にいる彼がキラキラして見えるのは、何も月の光が当たっているからじゃない。


 シンシアが彼の家に行って親しくしているのを見た時、ティアが彼に好意を向けて頰を染める姿を見た時に抱いたあの感情は、ただ単に彼を取られたくなかったのだ。


 そう、私は――



 彼のことが……好きだったんだ。











 ◆










 謁見が終わり、今日はここに一泊することになったんだけど、その際に国王陛下から客室を使うように取り計らってくれた。


 お言葉に甘えて、その客室に向かうべく、謁見の間を出ると、ドアの前には腕を組み、壁にもたれかかるエリオットと、その側でピンと背を伸ばして立つレイの姿があった。



「ん? エリオット、ずっと待ってたのか?」


「あ、ああ。父上、今回の謁見は一体……」



 エリオットは出てきた俺の姿を見るのと同時に、体を強張らせた。


 そりゃ、後ろに教皇猊下と各国国王が並んでたらビビりもするか。


 エリオットでこれだったら、他の皆だったら声も上げられないかも。


 当事者じゃなかったら俺なら卒倒するね。



「ああ、彼に依頼をしたくてな。承諾してくれて助かった」


「依頼? 一体何を?」


「月に行ってもらうよう頼んだのだよ。その為に、世界各国から支援もすることを約束してね」


「契約書やらなんやらはこれから作成して、正式な契約はまだだけどな」



 俺がそう言うとエリオットは口をポカンと開けて固まった。


 レイも目を見開き驚いている。


 首を振って落ち着きを取り戻すと、エリオットが口を開いた。



「アルカイムの上では、今は無理だと言ってなかったか?」


「ああ。足りないものが多すぎるからな」


「……それでも、行くのか?」


「覚悟しろよ、エリオット。ここからは――」



 エリオットに近づき、肩を叩く。



「――技術革新が加速するぞ。着いてこい」



 ――


 ――


 ――



 と言うわけで、月に行くことになったということを自宅にいるシャーリー達に通信機を使って連絡して、詳細は明日、帰宅してから話すことになった。


 で、今帰宅したんだけど――



「月に行くってどういうこと!?」


「この前はできないって言ってたよね!?」


「い、行けるんですか!? 月へ!?」



 カレン、エレナ、シンシアに帰宅早々詰め寄られた。


 と、とりあえず荷物とかを置きたいんだけど……



「ほら、そういうことはテーブルについて話しましょうよ」



 困っていたらシャーリーが助け舟を出してくれた。



「あっ! すみません!! 今すぐ片付けます!」



 使用人であるシンシアが自身の仕事を思い出してくれて、荷物を俺の部屋へと運んでくれた。


 そしてリビングにてお茶を淹れてくれて、落ち着いた後、話をすることになった。


 一応、謁見の間で言われたことは話していいってことで、事の発端から話すと――



「ぜ、全世界からの依頼……」


「とんでもないね……」


「来るところまで来ましたね……アーサー様……」



 話を聞いたカレン達三人が身震いする。


 そりゃ壮大な話だもんな。


 俺だって震えたもん。いろんな意味で。



「それで、これからはアルカイムはどうなるの? アルトゥムと同じように誰かに引き継ぐの?」


「そうなるかな。同伴してくれていた皆さんも設備に慣れてくれたし、使いこなしてくれるだろ」



 シャーリーが今後のアルカイムのことについて聞いてきた。


 研究者の人たちも最初はアルカイムの設備に驚いてたけど、最近じゃ地上に戻ってきた時との落差がありすぎて愕然としてるって話だし、喜んでくれると思う。



「引き継ぎとかその辺りはルイさんに任せることになるかな。人選は俺に聞いてくるかもだけど」


「まぁそうよね。全世界からの依頼なんて受けちゃったらね……ん? そうなるとこれって国家事業になるんじゃない?」



 それを聞いて俺もハッとした。


 ホントだ。今まではラザフォード商会からフォスター造船所に建造を依頼したりティッシェンドルフ社に発注したりしてたけど、金出すの国じゃん。


 もしいつも通り頼んだら企業同士の取引じゃなくなって国との癒着や賄賂を疑われてしまう。


 ど、どうしよう……フォスター造船所やティッシェンドルフ社の人達の方が話し合いやすいのに……



「まぁそうだとしてもフォスター造船所がロケット建造を請け負う形になるでしょ」


「そうなるだろうね」


「ですよね」



 俺が悩んでいたらカレン達がそう言った。



「ん? なんで?」



 国家事業なんだからコンペとかして自分の会社も参加しようと思うのが普通じゃないの?



「だって、ロケットなんて作れるのフォスター造船所しかないし」


「他の企業じゃ太刀打ちできないんじゃないかな?」


「そもそも話に着いてきてこれるかどうか……」



 そりゃあそうなるか。


 でも――



「でも、今回はリチャードさんのとこだけじゃ回らないと思う」


「えっ? そうなの?」


「そういえば色々足りないって言ってたよね? 何が足りないの?」



 エレナから質問が来たがそれを今話すわけにはいかない。


 なぜなら――



「それは来週話すよ。ここに全員集まってから話した方がいいと思うから」


「全員? 他の人がここに来るの?」


「ああ、エリオットとレイがな。あと何故か……ユースティアナさんとマティルデさんが来る」



 俺がそういうとカレンが頭の後ろで腕を組んで――



「なぁんだ。いつものメンバーか」



 ――と言った。


 ユースティアナさんやマティルデさんも「いつもの」に入るのか?



 ――


 ――



「お、お邪魔します。アーサー様」


「これから世話になる」


「……らっしゃぁせー」



 ラーメン屋のぶきっちょな主人みたいな出迎えをしてしまった。


 シャーリー達に月に行くことを伝えた一週間後、予定通りエリオットとユースティアナさん、そしてそれぞれの付き人としてマティルデさんとレイがやって来た。


 ……大荷物と共に。


 うん、なんかそんな気はしてたんだよ。


 話し合いするだけなら王城とかに召喚すりゃいいだけなのに、俺ん家集合とか絶対暮らすじゃんって。


 屋敷だから部屋は有り余ってるし、そうなるんじゃねぇかなと思ってシャーリー達と俺で掃除したさ。


 予想は当たったけど、一言あってもいいんじゃないかな。



「ここで生活するなら一言言えよ」



 ということで言ってみる。



「えっ? エリオット様からお話されたんじゃ?」


「そうなんですか?」


「ええ、アーサー様と面識のあるエリオット様の方が話しやすいだろうとのことでメッセンジャー役になったとお聞きしてますが……」



 困った表情でそう言うユースティアナさん。


 ってことで、俺はエリオットを睨みつけた。



「サプライズは大事だろ?」


「お前の部屋だけ埃まみれだから自分で掃除しろよ」



 まぁ、冗談ですけど。



 ――


 ――



「……で……今後の予定なのだが……どういう……工程になるのだ?」



 エリオットがさっき大慌てで俺があてがった部屋を見に行って帰ってきたから息切らしてる。


 ざまぁ。ちゃんと掃除してますぅ。



「まず最初に言っておく。正直言って、今まで俺が計画してきた潜水艇や掘削調査船とはわけが違う……かなり難しいことになると思う」


「アーサーがそう言うと身構えちゃうわね……具体的には?」



 シャーリーが顔を引き攣らせて聞いてくる。


 他の皆も緊張の面持ちだ。



「まず、今までは造船技術の応用が効いたから、アルトゥムもアルカイムも建造できた。けど、ロケットは違う」


「まぁ、空を飛ぶものだもんね。でも、一度GPSを作って打ち上げたでしょ? あれの応用じゃダメなの?」



 エレナの疑問ももっともだ。


 一度ロケットを作ったのだからノウハウはあると言いたいのだろう。


 しかし――



「エレナさん。ロケットはそう単純なものじゃないんです」


「えっ? そうなの?」



 シンシアが代わりに答えてくれた。



「船は頑丈に作ればいいので重量を気にしなくていいんです。まぁ予算削減の為の重量減はあるかもですが」


「ロケットは重量を気にしなきゃいけないの?」


「はい。そもそも空を飛びますから、軽い方がいいというのは当然だと思うのですが――」


「まぁそうだよね」


「――その軽さが問題なんです」



 シンシアは立ち上がって、一枚の大判用紙を黒板に貼り付けた。


 それはGPSを打ち上げたロケットの三面図だった。



「ロケットは軽い方がより遠くに飛べます。けれど、軽くするには強度を犠牲にしなければいけない部分は多分にあります」


「そうね。アルトゥムではそれを強化しすぎて150kgもオーバーしちゃったんだし」


「やめろシャーリー、俺の汚点をほじくり返すな」



 あれは俺の失態だった。


 上手くできたと思ってたのにあの時はすんごく戸惑ったわ。



「ですが強度を犠牲にしても空を飛ぶのですから問題ないのでは? 海の中ではございませんし、水の抵抗のようなものもございませんでしょう?」



 キーキー言い合う俺とシャーリーを横目にユースティアナさんがシンシアに質問を投げる。



「低速ではそれでいいんですが……ロケットは最低でも秒速7.9kmまで加速しなければならず、そこまで速度を上げると空気は壁のようになってロケットにぶつかります。それに加えて空気を圧縮する関係で高熱も加わりますので、先端には熱に強い素材を据えなければなりません」


「空気の壁に熱……ってことはそれなりに強度が必要ってことですか?」


「はい」


「強度を犠牲にしなければ軽くできない……けれど空気の壁や熱に耐える為には強度が必要……そんなものを一体どうやって?」


「計算で導き出すんです。つまりロケットは――」



 シンシアがもう一枚の紙を取り出す。


 それを貼り付けた瞬間――



「「「「「えぇ……」」」」」



 ――皆から戸惑いの声が漏れた。


 ロケットの三面図と同じくらいの大判用紙いっぱいに書かれた計算式。


 それをシンシアは貼り付けたのだ。



「ロケットは荷物を目標地点に飛ばす為に、重量と強度のギリギリを攻めて建造される最高峰の技術力で挑まなければならないものなんです」



 と、シンシアは締めると俺の方を向いた。



「い、いかがでしょうか? この説明でよかったですか?」


「最高のプレゼンだった」



 不安そうにするシンシアに拍手を送る。


 それを見て、皆も拍手をし始めた。



「あ、ありがとうございます。えへへ……」



 俺は立ち上がって照れくさそうに拍手を受けるシンシアの横へ移動する。


 今度は俺が説明する番だ。



「さて、ロケットっていうのはそれだけ作るのが難しい。高度2万km飛ばすのにこれだからな」



 シンシアの貼ってくれた用紙をコンコンと叩いて言う。



「じゃあ……月に行こうと思ったら……」


「これ以上……ってことだよね?」


「38万km彼方の……しかもあの魔石の光が指す一点に向かうのよ? 難しくない?」


「難しいの一言で済ませていいの?」


「ユースティアナ様、それはダメでしょう……あの計算式から単純に19倍ですよ?」


「本当に荒唐無稽な話ですね……ロケットというものがそれほど高度な技術で作られていることを知ると尚更です」


「レイの言う通りだ。それを成したフォスター造船所も異常だがな……それで? まずはどれから手をつける? アーサー」



 カレン、エレナ、シャーリー、ユースティアナさん、マティルデさん、レイとそれぞれ自身の思いを口にする。


 最後にエリオットから聞かれたことに答えていく為、俺は口を開いた。



「正直、ここから先も今まで通り俺が主導で設計していき開発建造をしてもらう……っていうのは厳しすぎる。だから皆の力を貸してほしい」



 俺の話に着いてこれるのってここにいるシャーリー達だけだからな。


 ユースティアナさんやマティルデさんはまだ数学とかは厳しいみたいだけど、俺達の活動の内容を多少は理解してくれているからまだ真っ新な人達よりはましだ。


 ってことで皆にやって欲しいことは――



「まず、ロケット本体は俺が担当するとして、他に必要なのは人が乗る宇宙船、月に降りる為の船である月着陸船、そしてその二つをアルカイム低軌道まで送る為の強力なロケットエンジン、そして何より重要なものがある」


「なによ? なんか全部出切った気がするけど?」



 確かに全部出た気がする。


 けれどこれはシャーリーも皆も予想できないものだろう。


 それは――



「自動計算機……コンピューターだ」



 いよいよ、手を出すことになったぞ。コンピューターに!

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