episode20 トップドライブ
「考え直した方がいい」
「なんでですかぁ!?」
シンシアさんの自由時間を待って、外の休憩スペースにあるテーブルについて話し合いを始める。
シンシアさんと俺以外にはエレナが同じ席に着席してくれている。
シャーリーとカレンはエレナとシンシアさんと交代でクラスのお店にいる。
「俺の勘違いでOKしたものを今更反故にするのは俺だって嫌ですけど、同年代の男女が同じ屋根の下で暮らすのはあまり良くはないと思う」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
シンシアさんが頬を赤らめて少し俯く。
ほらぁ! 君だって恥ずかしいって思ってるんだろぉ!?
「いくら知識を得たいと言ってもあまりにも身を削り過ぎてますよ」
「で、でも! もう実家には帰れませんし……」
「……うん?」
実家に帰れない?
なぜ?
「……アーサー君。今シンシアさんの家はね、売却されて無くなってるの」
「……」
……重い!!
なんも言えなくなった!!
「……ご両親は今はどうしてるんです?」
「安い借家でなんとか暮らしてるみたいです。その日暮らしみたいですけど」
「……ご兄弟は?」
「私一人っ子なので……」
クソォ……だんだん空気が重くなってくる!!
そんな状態のご両親の元へ行っても、彼女は気を使うだろう。
両親は問題ないと言ったとしてもだ。
親なんだ。一人娘が帰ってきたら見栄だって張るだろう。
たとえどんなに苦しくても。
だがそんなものはシンシアさん自身も重々わかっているだろう。
もしここで俺が拒否したら彼女はどうなるのか……
もしかしたら身を売る可能性もある……か。
「……そういう事情なら仕方ないですね。前言を撤回します」
「じゃ、じゃあ!」
「はい。来月からよろしくお願いします」
「や、やったぁ!! ありがとうございます!!」
シンシアさんは隣に座るエレナと両手でタッチを交わせて喜びを示した。
うーん……別に襲うつもりとかは一切ないが、彼女の精神衛生上問題ないのかが気がかりだ。
そこは俺が気を使わなければな。
シンシアさんが働きやすい環境を作らなければ。
にしてもシンシアさんの実家がそんなことになっているとは。
この国には自己破産とかの破産法はあるんだろうか?
それがなければ地獄だろうな……元は鉱山業をしていたんだから技術は持っているだろうからどこかで雇ってもらえるかもだけ……ど……?
「あぁ!?」
「えっ!? 何っ!? どうしたの!?」
突然叫んだ俺にエレナが驚いた。
そうだ! 鉱山業してたんだったら――
「シンシアさん……もしかしたら親御さんや働いていた従業員達……救えるかも」
「えっ……ええっ!?」
――
――
――
「今開発中の船にアンカースさんの従業員達を雇って乗せたい?」
「はい」
学院祭で開かれている喫茶店でお茶をしていたルイさんに話をする。
先ほどルイさんが言った通り、シンシアさんの家で働いていた人達を全員雇って現在建造中の船に乗ってもらおうというのが俺の計画だ。
「シンシアさんの実家は鉱山業をしていました。ということは、ご両親も従業員の皆さんも土掘りの知識や知恵、ノウハウは十分にあるはずです。経験者を大量に雇えるチャンスですよ!」
「そうだな……」
顎に手を添えて考え込むルイさん。
俺はその様子を固唾を飲んで見守る。
その横で、俺達の会話を聞いていたシンシアさんとエレナが会話をしていた。
「ね、ねぇ、エレナさん。なんで鉱山夫が船に必要なの?」
「あぁ、今ね、アーサー君海の底を掘ろうとしているんだよ」
「えぇ!?」
その後、エレナが色々シンシアさんに話をしていたが、俺はそれに耳を傾けず、ルイさんの言葉を待った。
「……確かに、当初はグリント社から派遣してもらおうと思っていたが、それだとグリント社に負担がかかりすぎると思っていた。あのドリルの取り扱いを任せる人材も育てたいと思っていたところだから、ちょうど良いね」
「で、では!?」
「ああ、元アンカース社の従業員を雇おう」
「はい!」
ルイさんの言葉を受けて、俺はシンシアさんの方を向いた。
「やったねシンシアさん」
「は、はい! ありがとうございます!!」
シンシアさんがルイさんに頭を下げた。
「いいんだよ。こちらとしても願ったり叶ったりだからね。また改めて君のご両親に話をしたいと思うのだが、今お住まいの住所を教えて頂けるかな?」
「はい! えぇっと……」
シンシアさんが近くにあった紙に地図を描いてルイさんに渡した。
「ふむ、近々伺うとしよう。確かグリント社からは掘削機試験の承諾をもらったんだったね?」
「はい。父もラザフォード商会と仕事ができるということで喜んでいました」
「それはよかった。父君によろしく頼むとお伝えしてくれ」
「わかりました」
実はエレナの実家での掘削試験も承諾をもらっていた。
地盤を固めることはできた形だが、肝心のトップドライブがまだできていない。
……ここからは俺がどれだけ早く完成させられるかにかかってるんだな。
なんか自分で自分の首絞めた感じだな。
「あっ、そうだシンシアさん。これで職にも困らなくなったわけだけど、侍女として働くって件は――」
「働かせてください」
「――わかった」
最後まで言い切る前に食い気味で言われた。
◆
――二週間後。
高等魔法学院を退学したシンシアはアーサーの屋敷のあるルインザブへとやって来ていた。
「えぇっと……確かこのあたりだよね……」
旅行カバンと地図を片手に屋敷を目指す。
そして数分歩いたところで、目的の場所へと到着した。
「ここだ……」
大きすぎず、かといって小さすぎず。
立派な邸宅がそこにあった。
門をくぐり、ドアノッカーを叩く。
すると中で物音がしてしばらくするとドアが開いた。
「いらっしゃい、シンシアさん」
「はい、お世話になります」
「どうぞ中へ。もう既に荷物は届いてますよ。部屋へ案内します」
「ありがとうございます」
「荷物持ちますよ」
「いえいえ! これからお世話になるご主人様に荷物をお持ちいただくわけには!!」
そんなやりとりを数回交わしながら、部屋へと向かう。
そしてすぐに部屋へと到着した。
「私は中庭で作業してますので、着替えたら来てください」
「はい、わかりました」
パタリとドアが閉まったのを確認し、シンシアは手に持っていたカバンを床に下ろした。
「……立派なお部屋」
到底、使用人が使う部屋ではないことはシンシアでもわかるほど、部屋は広かった。
とりあえず、シンシアは使用人用のエプロンに着替え、アーサーがいる中庭に向かった。
(そういえば……アーサーさんのことどう呼べばいいんだろう? ご主人様? アーサー様? さん付けは良くないよね?)
中庭に続くドアの前でシンシアは呼び方を考える。
とりあえずアーサー様と呼ぶことにして、作業をしているというアーサーのお世話と手伝いを頑張ろうと、胸の前で小さく拳を握った。
「よしっ!」
アーサーと行動を共にしたシャーリー、エレナ、カレンからは「驚かないように」と口を揃えて言われていた。
目の前のドアの先で何が行われていようとも、平常心を保とうと気合いを入れ、ドアを開いた。
「アーサー様。支度ができ……まし……た?」
ドアを開けた先の光景を見てシンシアの言葉がゆっくりとなる。
まず最初に飛び込んできたのはスパナを持つアーサーと高さ15mはあろう鉄塔。
そしてなにより、その鉄塔に設置されていたのが――
――鋼鉄のパイプ一本を繋げた、巨大な機械だった。
「なんですかそれぇ!?」
シンシアの気合いが無惨に散った瞬間だった。
◆
「なんですかそれぇ!?」
「おっ、来ましたね」
完成したトップドライブの試験の為に庭に設置してみたけどでかいなこれ。
高トルクモーターの開発に成功したが、カタログスペック通りに動いてくれるだろうか?
「こ、これで海底を掘るんですか?」
「そうですよ。まぁ、まだまだ付け加えますけど」
「これでまだ未完成なんですか!?」
驚くシンシアさんはトップドライブを見上げて惚けている。
が、そろそろ試験をしたいから、近くの小屋へと移動を促す。
「試験を開始するので小屋に移動しましょう。ここにいたら危険ですから」
「は、はいぃ……」
惚けてるシンシアさんの手を引いて小屋に入る。
中には事前に取り付けたコントローラー類が並ぶ。
「さて……どうなるかな」
起動のボタンを押し、トップドライブの回転が始まる。
取り付けたドリルパイプは長さ9.5mのものだ。
とはいってもパイプの最後まで地面に差し込まないから実質掘るのは大体8mくらいだけど。
パイプの先端に付けるドリルビットはラザフォード商会のお抱え鍛冶屋に頼んで作ってもらった特注品だ。
図面を渡した時にあまりにも凶悪な見た目をしてたからか、職人さんに「これでどんな魔物を殺すんだ?」って顔を真っ青にして聞かれた。殺さねぇよ。
「すごい……もうあっという間にパイプが半分埋まってる……」
「順調に掘れてるみたいですね」
よかったよかった。
「何か液体が穴から出てますけど、大丈夫でしょうか?」
「ああ、あれはパイプの中に水を流してるんですよ。それが穴から吹き上がってるだけです」
「み、水ですか?」
ドリルビットは掘っていく中で岩石との摩擦が生じる。
よって熱が発生するのだが、これがかなり高温になってしまう。
高温になるとビットの寿命が短くなるから、それを防ぐ為に水を流しているというわけだ。
他にも、掘って砕かれた土などを地表へ押し返してビットやパイプが埋まらないようにしているというのもある。
「より深いところを掘る場合はケーシングって言って穴が崩れないよう保護するパイプを埋めたりもしますよ」
「それも海底で行うんですか?」
「そうです」
そんなこんなで規定の深さまで掘れたところで、トップドライブの動作を止める。
そしてそのままトップドライブを上に引き上げるように動かして、ドリルパイプを地面から引き抜いた。
普通ならドリルパイプを取り外すのに重機の力が必要だが、ここは魔法がある世界。
身体強化魔法を発動すれば、重いドリルパイプも持ち上げることができるのだ。
まぁ、連結させたらさすがに無理だけど。
とはいうものの、俺一人でパイプを取り外して横に倒すのは危ないからシンシアさんに手伝ってもらった。
さすが高等魔法学院にいた人だ。身体強化魔法もお手のものである。
「さてと、中身はどうかな?」
「中身?」
ビットを取り外し、トップドライブ側の方から、ビット側へ中身を押し出す。
すると中から綺麗な円柱状の土がずるりと出てきた。
「わぁ! すごい!! 綺麗に層になってます!!」
「なるほど、ここの地面はこうなってたんだね」
深く行けば行くほど、土の密度は増していく。
そして少しだが、キラキラと透明な欠片が幾つか見受けられた。
「岩塩が幾つか見えますね。沿岸部ならではかな」
「この小さな透明の粒が岩塩ですか!? 大きなものしか見たことないから、こんなに小さいのは初めて見ました」
まじまじと見つめるシンシアさんの目は、新しいものに触れた喜びからかキラキラと輝いている。
その目はシャーリーが深海に行った時と同じものだった。
「縦に半分に割れば中も見れる。早速小屋に持ち込みましょう。手伝ってくれますか? シンシアさん」
「……あのぉ、さっきから敬語とさん付けで呼んでますが、私は雇われている側なので、敬語を使われるとちょっと……」
「……それもそうですね」
自分が主人なんて、そんな感覚一切なかったから普通に接してしまった。
「じゃあ、シンシアと呼ばせてもらうよ。改めて、よろしくね。シンシア」
「はい! 一生懸命頑張ります!!」
俺の差し出した手を、シンシアは両手で握り返してきた。
……ちなみにドリルパイプを片付ける時にシンシアさんは一人で難なくパイプを持ち上げてた。俺じゃちょっと厳しいのに。
身体強化魔法一つとっても、元学院生とではこんなに差があるんだなぁ。




