おさえよ 飯を
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふっふふ〜ん、多少は気が早くとも新年の準備をするのは、うきうきするなあ。
特に年始に焼くお餅を見ると、新年を迎えた〜って気持ちがして、いいね。もうコンロに張る網とか、用意し始めちゃうよ。
魚とかを焼くこと、あまり家じゃやらないからね。この網も、正月限りの出番なんだ。「キワモノ」というんだっけ、こういうの?
そういえば、お餅というと「餅は乞食に焼かせろ」ということわざがあったよね。
せわしなく表と裏をひっくり返すことで、餅を焦がすことなく、いいあんばいに仕上げることができる。
これは何かと神経質になりがちな乞食、身分の低い人に担当させるのがいい。つまり物事には適材適所がある、ということを言いたいわけだよね。貧乏暇なし、みたいな感じで。
調理に適したスタイルは、いろいろあるもんだ。
僕の昔の話なんだけど、聞いてみないかい?
当時の僕は、いまよりぽっちゃり系な体型だった。
原因はだいたい察するところで、食べすぎだねえ。三食をしっかり食べたはずなのに、数十分もするとお腹が減ってきてしまう。そして間食に走ってしまうんだ。
当初は「ちゃんとご飯を食べなさい」と親に注意を受けていたよ。お菓子食べたさに、ろくにご飯を食べていないように取られたんだろう。
悪気なく、全力で臨んでいる側からすれば、この手の疑いをかけられるのは面白くない。
カチンときた僕は、自分の分のみならず、家族全員の分に加えて、おかわりの分まで平らげにかかってやった。
途中から制止の声がかかったが、気にも留めない。
人に疑いをかけておいて、いざその人の言い分が現実になるときになって「やめろ」など、虫がいいにもほどがある。
自分がとった態度の重さを、思い知れ。
僕はペースを落とすことなく、それらを空っぽにしてやり、部屋に引っ込んだ。
さすがに消化に時間はかかったが、数時間もすればまたも胃が、仕事を求めて動き出してしまう。
僕はストックのお菓子を求めて、家をさまよい歩き出してしまったんだ。
これがやせの大食いなら、また事情は変わってきたかもしれないが、ぽっちゃりだといささか都合が悪かったらしい。
僕には食事制限がついてしまったんだ。
食事は今まで通りでいいが、間食は一日にバナナ一本。それ以上のものへ勝手に手を付けた場合には厳罰に処する……とね。
僕の、気に入らないものへの徹底ぶりは、やはり親からの遺伝だったのだと思う。
今あるタッパーに、パッケージに、すべて名前が振られた。内容量にさえ、目盛りがつけられた。これらは親が消費することでのみ、あらためられる。
ここから、わずかでも減ったなら僕のせいとみなす……というわけだ。
きちんと言いつけを守るなら、半月に一度、自由にものを食べていい日を用意してやる、という条件もついた。
一度、試してやって、すきあらば出し抜いてやろうと、つまみ食いをしたこともある。
すぐにばれた。親は目盛り以外にも、その時々の容器の中身の入れ方を映像に収めていたんだよ。そこにはっきりとした差異が見られたために、僕の仕業と分かってしまったんだ。
その月は、完全に間食を禁じられてしまう。しかも、僕が怪しい素振りを見せた時点で、それがたとえ夜中であろうが親が感づき、起き出して気配をにおわしてくる、という徹底ぶりだった。
家族に怖さを覚えたのは、このときが初めてだったかもしれない。
それこそ、僕自身を四六時中観察している、ストーカーみたいなものだと思えたから。
家の中は緊張の空間へ変わってしまったんだ。
外から帰ってきても、そこは安らぎの提供場所じゃない。監視場所になりつつあった。
次第に僕は、家に帰る時間が遅くなっていく。あそこへいても、楽しいことのほうが少ないと思ったら、そこを避けたいと考えるのはおかしくないだろう。
この年齢にしては、遅い時間までぶらついても、家族は怒りも心配もしなかった。
つまみ食いには人が変わったかのように反応するのに、僕自身には全然だ。
――やっぱり、あの食べまくったときがいけなかったのか?
あのときから、明らかに家の雰囲気が変わった。
僕にとっては、疑いをかけられたのがどうしても許せなかったゆえの行動。
あのとき、僕はこの身にかえても、命にかえても、見せつけてやらなきゃ、死にきれないとさえ思っていた。
でも、それは抑えるべきことだったのだろうか。
こうも家の空気を一変させるくらいなら、おとなしく受け入れていたほうが良かったのだろうか。
その日も蝿帳のなかに、僕のご飯だけが残されている。
自分で食べろ、という意思表示。ここしばらく、ずっとこうだ。
家族の気配はない。外から見たこの家も、ほとんど明かりを消していて、玄関の鍵だけは開いている。
完全な無視じゃない。ただ、居ることだけを認めてもらっている状態。
ハレモノ扱い、とはこうしたものだろうか。
食器を片付けて、僕は部屋に引き上げる。
この間、僕は家にある他の食べ物にも手をつけていない。そうすればまたきっと家族は起き出し、僕をとがめてくるだろうからだ。
もう、今日は……いや今日「も」さっさと寝てしまおう。
歯磨きだけして、すぐさま寝間着に着替える僕だけど、そのタイミングでお腹の虫が「ぐう〜」とうずいた。
――食べたい……けれど。
とまどう僕の、着替えるズボンのポケット。そこからこぼれ落ちるものがある。
出かけたときに、駄菓子屋で買ったラムネ菓子の一袋。
外にいる間の小腹を満たすために買ったヤツだ。適当に買ってはポケットに突っ込んでいたから、個数は把握していない。
その偶然に食べ残していた一部を目にしたとたん、とっさに僕は手を伸ばしていた。
そこからはあっという間だった。
お菓子を口に入れるのと、廊下から足音がして、親が部屋に飛び込んでくるのはほぼ同時。
親はすさまじい剣幕で、僕ののどへ掴みかかってきた。その叫びは猛っているのこそ分かったけれど、僕の知る言葉とはほど遠い。
檄しているにしても、ここまで言葉が乱れるものか。しかものどにかかる握力は、窒息狙いなどさえ生ぬるく、のどを完全に潰そうとして来ているかと思う強さだった。
詰まった息が、鼻から、目から漏れ出るかと想像してしまうほどの、顔面の張りを覚えて苦しみながらも、僕は感じる。
これ、飲み込ませまいとしているんじゃないか。おそらく、口に入れたものを、胃に落とさせまい、と。
紙一重ではあるが、お菓子は親の締める首よりわずかに下へあったらしい。
ごくり、と死に物狂いで嚥下すると、のどへ個体が落ち行く気配とともに、崩れていく。
目の前がだ。部屋も家も、親の姿も。
炎天下にさらされたアイスのように、どろどろと溶けて輪郭を失っていく……。
気づいたとき、僕は布団の中で目覚めていた。先ほどまで寝間着に着替え途中でこそあれ、布団に入った覚えもないのに。
時刻も朝。日付も、あの家族分を平らげた日の翌日だった。
母親はというと、食事制限を課すどころか、こちらに対して謝ってくるという始末。朝ごはんはまた、いつもに増しててんこ盛りされたけど、あのタッパーたちへの目盛りなどは何もない。
いつも通りに戻った日を送りながら、ふと考える。
あの制限をかけられた時より、僕は何者かの手中、網の上に乗せられて、あぶられていたんじゃないかとね。
おそらくは、僕をいずれ食べるための準備。そのため、できる限り気取られないよう泳がせながら、調理していたんだろう。
あのお菓子は、調理中にたまたま入り込んだほこりや髪の毛のようなもの。あれでもって台無しになっていなかったら、どうなっていたことやら。