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前時代的事件勃発 10月25日 午後8時

 完全に寝てしまった坂本龍子弁護士を母家にある客間に村長の家に住み込みで働いているお手伝いの女性と運び、お手伝いの女性が敷いてくれた布団にそのまま寝かせた。女性は着替えさせようとしたが、俺が止めた。次の日に起きて、龍子さんに大騒ぎされても嫌なので、そのままにしてもらった。俺はお手伝いさんに後を任せて、村長が待っている部屋に戻った。

「おやおや、杉下先生も一緒にお休みかと思いましたよ」

 ニヤニヤしながら、俺を見る村長に、

「冗談じゃありません。俺は妻子持ちですよ。そんな事をする訳がないでしょう?」

 少し強めに言い返した。村長はそれでもニヤニヤしたままで、

「まあ、そういう事にしておきましょうか」

 いつの間にか、また日本酒をコップで飲み始めていた。

「それで、一体何があったんですか、二十五年前に?」

 俺は勧められた日本酒を断わり、胡座あぐらを掻くと、先を促した。村長は俺用に出したコップをしかたなさそうにテーブルに置くと、

「その当時、村がおこなっていた移住者募集に応募してきた若い夫婦が村にある空き家を改装して住み始めました」

 グイッと自分のコップを空けた。俺はそれをじっと見ながら、

「なるほど。それで?」

 更に先を促す。村長はトンとコップをテーブルに置き、

上村松雄うえむらまつおと京子という東京から引っ越してきた二十代の夫婦だったんですが、生まれたばかりの女の子もいました。京子は美人で、村の人達とも積極的に交流して、評判もいい女でした」

 村長はまた一升瓶から並々とコップに日本酒を注いだ。

「だが、それがよくなかった。京子がべっぴん過ぎたせいで、まずい事が起こったんです」

 村長はまた水を飲むようにコップをあおって空けてしまった。そのペースも心配だったが、それ以上に京子という女性がどうなったのか知りたくなった俺は、

「まずい事って何ですか?」

 村長はコップをさっきより強めにテーブルに置いて、

「京子に気がある男共が、上村が嬬恋村まで仕事に行っている時を狙って、京子を強引に連れ出して、強姦したんです」

「ええ?」

 俺は目を見開いた。二十五年前とはいえ、時は平成だ。そんな許されざる事をした連中がこの村にいたのか?

「そいつらは今、どうしているんですか? もちろん、警察に捕まって、刑務所に入れられたんですよね?」

 俺はまさかとは思いつつ、尋ねた。村長は憤然とした顔で、

「いえ。警察は動いていません。誰もそいつらが京子を連れ出すところも、襲った現場も見ておらず、京子はその日のうちに山神神社の裏手にあるけやきの木で首を吊って死んでしまいましたから。その上、乳飲み子も行方不明になって、上村は気が狂ったように村の人間に訊いて回りましたが、誰も知らず、何もわからず仕舞いでした」

 開いた口が塞がらないとはこういう時の状況を言うのだろう。

「では何故、村長さんはその事をご存知なんですか? まさか……?」

 俺は疑いの目を村長に向けた。すると村長は、

「とんでもない。その当時、私はすでに五十に手が届く歳でしたからね。そんな元気はないし、そこまで非道な人間でもありません。事件の事が明るみになったのは、何年か後に京子を襲った奴らの一人が、酒の席で口を滑らせたからなんですよ」

 俺は胡座を掻き直して、

「事件は発覚しないまでも、京子さんは自殺していて、子供は行方不明なのに、警察は動かなかったんですか?」

 やや非難めいた口調で訊いた。村長は頭を掻きながら、

「警察は動きましたが、上村達がよそ者なので、村の連中はすっかり口を閉ざしてしまった上、事件に関わった連中の中に警察の上の人間に縁故がある奴がいて、うやむやにさせたらしいです。私もその辺はよくわかりません」

「まさか……。大昔ならともかく、平成の時代にそんな事があるんですか?」

 俺はますます口調を強めた。

「あるんですよ。こんな山奥だからこそ、あるんです。田舎の恐ろしいところです」

 村長は一升瓶に持っていきかけた手を止めて俺を見た。

「上村は自分が疑われるような事を言われ、完全に警察不信に陥り、事件から一週間程して、村から姿を消してしまいました。警察は上村を娘の行方不明と妻の自殺のせいで何かをしでかすかも知れないと考えて、指名手配のような形で追っていたそうですが、全く消息は掴めず、そのうちに捜査も打ち切られ、京子の自殺は村に馴染めずに死を選んだと判断され、娘は上村が連れて行ったと推定されて幕引きになりました」

 村長の説明に俺はまた言葉を失った。

「山神神社の鳥居が折られたのも、平本がこの村に来たのも、その二十五年前に始まった闇のせいではないかと思うんです。隣の嬬恋村はキャベツで潤っているのに、同じようにキャベツの生産をしている山神村が全く潤わないのは、死んだ京子とこの村を恨んで姿を消した上村のせいではないかと考えてしまうんです」

 村長の話は俄に信じられないものだったが、俺はどうしても知りたい事があったので、

「村長さん、その事件を起こした連中は、今でも村にいるんですか?」

 村長は一旦目を伏せてから俺を見て、

「いますよ。全部で五人いたんですが、そのうちの一人は村から逃げ出しました。そして、二人は事故死しています。まだこの村にいるのは、二人です」

 俺は身を乗り出して、

「その二人の名前は?」

 村長は言いにくそうに目を背けたが、

「村長さん!」

 俺はテーブルを乗り越えて、村長の右手を掴んだ。

「小野芳夫と田辺時頼です」

 その名にギョッとして、村長から手を放した。

「田辺? もしかして……?」

 村長は俺の視線を眩しそうに見て、

「そうです。あの晴美ちゃんの父親です」

 俺は頭をガンと殴られたような気がした。

「警察の上の者に縁故があるっていうのが、小野芳夫の父親です。そして、当時村長だったのが、田辺時頼の父親でした」

 村長の言葉に、俺は怒りを覚えた。村長が自分の息子のしでかした事をもみ消したのか? そして、警察上層部とつながりがある者が、それに加担していたのか? 信じられない。

「その二人は、今はどうしているのですか?」

 俺は更に尋ねた。村長は一升瓶を見つめていたが、

「どっちも大きな農家ですから、今の時期は家にいます。どうするつもりですか?」

 俺を見た。

「明日、会いに行ってみたいと思っています」

 その言葉に村長は驚いたようだった。

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