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山神村の闇 10月25日 午後6時30分

 結局、村長に煙に巻かれた感じで、平本幹次の話は終わった。いずれにしても、過去に犯歴があるだけで無闇に疑うのはよくないという結論に至った。

「杉下先生、一席ご用意しましたので、是非」

 就業時間を終えた七釜戸さんが言いに来た。俺はあの裏寂しい会議室という名の物置部屋にいた。一席と言われ、ほんの少し期待してしまったが、昼食の時の惨状を思い出し、

「はあ」

 苦笑いをして応じた。そして、

「先生はやめてください。下の名前でお願いします」

 すぐに言い添えた。

「そうでしたか。申し訳ありません」

 七釜戸さんは取ってつけたような営業スマイルで応じた。言ったはずなんだけどな。あれ? 村長と晴美さんに言っただけか。

「あ、ここにいたんですか」

 そこへめんどくさい人が来た。坂本龍子弁護士だ。何故か彼女は帰らずに役場に居続けた。

「悪いお知らせです、左京さん」

 龍子さんは俺の手を引いて七釜戸さんから離れた。七釜戸さんは訝しそうに俺達を見ている。

「悪い知らせ? 何ですか?」

 俺は小声で尋ねた。龍子さんは顔を近づけて、

「この村には、宿泊施設がありません。どうしますか?」

「はあ?」

 泊まるつもりなのか? 俺は何も不都合はないんだが。

「俺は村長の家の離れに泊まる事になっています。ご心配なく」

 俺は敢えてそう言った。すると龍子さんは涙ぐみ、

「そんなあ……。私にだけ、野宿しろっていうんですか?」

「あ、いや、そんなつもりはないですよ。先生は東京にお帰りになったら如何ですか?」

 俺は顔を引きつらせて提案した。

「酷い! 左京さんて、冷たい人なんですね!」

 龍子さんはハンカチで涙を拭ってから俺を睨んできた。

「もうやめてしまったのですが、ウチは元旅館なんです。ですから、客間がありますので、よろしかったら、どうですか?」

 そこへ一番出て来て欲しくない晴美さんが笑顔で現れた。龍子さんはどういう経緯いきさつなのか、晴美さんに敵意を持っているようなので、タイミングが悪過ぎる。

「結構です。私は、左京さんと一緒に村長さんの家にお世話になりますので」

 案の定、龍子さんは晴美さんを射殺さんばかりの目で見ると、俺に縋りついてきた。

「ええ?」

 俺と七釜戸さんがほぼ同時に声を発した。誤解される事を言わないでくれ!

「ああ、そうなんですか。なるほど、なるほど」

 皆まで言うなという顔で七釜戸さんは大きく頷き、

「村長の家の離れは広いですから、お二人で寝起きしても差し支えないですよ」

 ニコニコして俺と龍子さんを交互に見た。完全に勘違いしているな。

「まあ、そうなんですか。それなら、大丈夫ですね」

 晴美さんは俺を汚いものを見るような目で一瞥すると、さっさと庁舎を出て行ってしまった。別に晴美さんに妙な気がある訳ではないが、何となく悲しい気持ちになった。

「それでは、私も失礼します」

 七釜戸さんは俺達を見ないように身を屈めると、そそくさと庁舎を出て行った。

「お待たせしました。では、参りましょうか、先生」

 更に村長が奥からやって来た。

「お、これはこれは、坂本先生。杉下先生とご一緒ですか?」

 村長は何の他意もないのだろうが、俺には嫌味にしか聞こえない。

「よろしいのですか?」

 龍子さんも負けず劣らず策士だ。ちゃっかり、村長の誘いに乗っている。結局、俺は龍子さんと共に村長の厄介になる事になってしまった。

「先生も隅に置けませんな。奥さんも一回り以上お若いそうなのに、弁護士先生と不倫ですか?」

 村長はニヤニヤしながら耳元で言った。

「違いますよ!」

 俺は顔が熱くなるのを感じながら、否定した。

「私は構いませんけど」

 龍子さんがボソリと言ったのを聞きつけ、ゾッとしてしまった。


 村長の車で村長の家に着いたのは、午後6時30分頃だった。あまり期待していなかったのだが、夕食はお昼のおにぎり二個からは想像もつかない程の豪勢なものだった。山奥の村なのに、新鮮な魚介の刺身の盛り合わせ、上州牛のステーキ、地元のブランド豚の生姜焼きなど、食べきれないくらいの量が大広間に出て来た。龍子さんは細身なのに俺より食べた。

「左京さん、私が大飯食らいに見えますから、もっと食べてください」

 龍子さんは顔を赤らめて言った。顔が赤いのは、酒も入っているからだろう。以前は酒乱気味だったのに、村長達の目があるからか、悪酔いはしなかったのでホッとした。

「いやあ、弁護士先生はなかなかの飲みっぷりと食べっぷりで、気持ちがいいですな」 

 村長は目がとろんとして来ている。あまり酒は強くないようだ。村の職員の話や、家の中の様子を見ると、村長は奥さんに先立たれて、一人暮らしらしい。子供達は皆、村を出てそれぞれ家庭を持っているそうだ。給仕の女性達が後片付けを終えて下がると、

「平本が村に来たのは、もしかするとあの一件に惹かれたのではないかと思うんですよね」

 村長は虚な目のままで話し始めた。

「え? とういう事ですか?」

 俺は船を漕ぎ始めている龍子さんを座布団を枕にして横にしてから、村長を見た。

「今から二十五年前、この村でとんでもない事件が起こったんですよ。まさに山神村始まって以来の大事件でした」

 村長の目がスッキリしている。俺は居住まいを正した。

「もう、それを覚えている者も、この村にはほとんどいなくなりました。それにしても、二十一世紀になろうというのに、まるで明治の頃のような恐ろしい事件があったんです」

 何故そんな事を急に話し始めたのかはわからないが、興味を惹かれたので、訊くのは野暮だと思い、

「どんな事件なんですか?」

 先を促した。村長はふうっと大きな溜息を吐いて、

「杉下先生なら、解決できるのではないかと思いましてな。まあ、酔い覚ましだと思って、聞いてください」

 その勿体ぶった言い回しに俺は焦れそうになったが、

「お聞かせください」

 身を乗り出した。

「山神村が隣の嬬恋村と決定的に違う道を歩く事になったのは、まさにその事件がきっかけでした。山神村の闇が始まった時だったんです」

 村長はどんとテーブルを叩いた。

「うん?」

 その音と衝撃で、眠っていた龍子さんが目を開けてむくりと起き上がったが、

「お休みなさい……」

 すぐにまた横になり、すやすやと寝息を立てた。

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