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真犯人 11月7日 午前10時

 群馬県吾妻郡山神村で起きた未曾有の連続殺人事件は、終わりを告げた。主犯の水崎駐在(そう言えば、名前を知らないな)と共犯の白巻陽子(本名不詳)は長野原警察署に連行された。武上先生は、白巻陽子の素性を知らなかったらしく、鶴崎管理官に質問攻めにあったらしい。先生はひどく困惑しており、白巻陽子の犯行を暴いた俺を睨みつけて、捜査本部を去って行った。逆恨みだ。彼女は罪を犯したのだから、償わなければならない。それを俺が悪いみたいに睨みつけてくるなんて、もしかして、武上先生、陽子に惚れていたのだろうか?

「犯人、陽子さんと水崎さんだったんですね。驚きました」

 七釜戸さんが悲しそうに言った。

「そうですね。私も驚きました」

 俺は意外な犯人に面食らったふりをした。

「それにつけても、一番可哀想なのは晴美ちゃんです。ご両親とお兄さんを殺されたのですから」

 七釜戸さんはボソリと言った。

「そうですね」

 俺はもっと気になっている事があったので、上の空で応じた。

「左京さん、こんなところにいたんですか。もう帰るのですよね?」

 龍子さんが現れた。おっと、モンスターみたいに言ってしまった。

「そうですね。そうしたいところですが、まだ用事があるんですよ」

 俺は作り笑顔で応じると、村長室へと向かった。

「ああ、報酬の件ですね? それなら、交渉は私に任せてください」

 龍子さんがついて来た。追い払おうかと思ったが、いてもいいかと思い、

「そうですね、お願いします」

 また作り笑顔で応じた。


 村長室へ行くと、晴美さんもいた。

「先生、早速報酬の話ですか?」

 村長は相変わらずヘラヘラしていた。晴美さんは会釈をして、退室しようとしたので、

「ああ、晴美さんもいらしてください」

 呼び止めた。途端に龍子さんの戦闘力が急上昇するのがわかった。

「え? いいんですか?」

 晴美さんは龍子さんの闘気に気づいているのか、ビクッとした。

「もちろんです」

 俺は微笑んで告げた。龍子さんは面白くないらしいが、村長もいるので悪態がつけないようだ。

「調べていただく事件の内容が変わってしまいましたが、最初のお約束通り、百万円でよろしいですか?」

 村長が言った。俺はソファに座りながら、

「ええ、それで構いませんよ」

 すると龍子さんは、

「冗談じゃありません! 事件の内容だけではなく、調査期間も大幅に長くなっているんですから、二倍いただかないと割に合いません!」

 俺と村長の間に立った。

「二倍!?」

 村長と俺は龍子さんを見て叫んだ。

「どうして、左京さんまで驚くんですか? 私は当たり前の事を言っているだけですよ!」

 龍子さんは村長に詰め寄った。

「待ってください、坂本先生。報酬は議会の了承を得て予算として決裁されるものです。そんな簡単に金額を変える事はできません」

 晴美さんが龍子さんに近づいて口を挟んだ。

「ならば、損害賠償請求訴訟を起こします。それなら、予算は関係ないでしょう?」

 龍子さんは強気を崩さず、晴美さんを睨みつけた。

「訴訟?」

 晴美さんは村長を見た。村長はまだヘラヘラしながら、

「坂本先生、こんな小さな村相手にそこまでせんでください。議会に掛け合って、なるべく報酬を多くするようにしますから」

「ダメです。二倍の二百万円。ビタ一文負けません!」

 龍子さんはまた村長に詰め寄った。参ったな。報酬の事で揉めている場合じゃないんだが。仕方がない。

「龍子さん、貴方を解任します。代理人を辞めてください」

 俺は強硬手段に出た。

「え?」

 龍子さんはまさか後ろから味方に撃たれるとは思っていなかったので、目を見開いて俺を見た。

退がっていてください。ここから先は、私が話します」

 俺はソファから立ち上がり、龍子さんを押し退けた。

「左京さん、ひどい」

 龍子さんは涙を流して、村長室を飛び出してしまった。気まずい空気が漂ったが、余計な事で時間を費やしたくはない。

「左京さん、坂本先生が可哀想です。そこまでなさらなくても……」

 晴美さんが抗議して来た。だが、俺はそれを無視して、

「さて、今回の事件の真相の解明といきましょうか」

 晴美さんと村長を見た。

「え? どういう事です、先生?」

 この期に及んで、村長はまだ「先生攻撃」を繰り出して来た。

「事件は犯人の二人が逮捕されて終わったのではないのですか?」

 晴美さんが訝しそうな目で俺を見た。俺は晴美さんを見て、

「いえ、終わっていませんよ。事件の黒幕がまた捕まっていませんから」

「事件の黒幕? それは誰の事ですか、先生?」

 村長はヘラヘラしたままで尋ねて来た。

「晴美さんの事ですよ」

 俺は村長を見たままで告げた。

「何を言っているんですか? 私が事件の黒幕? いい加減な事を言わないでください」

 晴美さんの目が鋭くなった。俺を射殺さんばかりだ。

「いい加減な事なんか言っていませんよ。貴方以外にこの事件を起こせる、そして起こす理由がある人はいないんですよ」

 俺は晴美さんの鋭い目に対抗するように彼女を睨み返した。

「先生、やめましょう。もう、いいじゃないですか。殺人犯は捕まったのですから」

 村長が真顔になった。もしかすると、初めて見たかも知れない。しかし、俺はそれを聞こえなかったふりをして、

「最初に、貴女に山神神社へ送ってもらった時の事です。山神神社への道は酷くでこぼこしていて、私は危うく嘔吐してしまいそうな程でした」

「ええ、そうでしたね。それが何か?」

 晴美さんは微笑んでいた。余裕があるのだろう。俺には何もないと思っているのかも知れない。

「ところが、その後、自分の車で行っても、役場の軽トラで行っても、そんな状態にはなりませんでした。おかしいですよね?」

 俺はずっと引っかかっていた事を言った。晴美さんはそれでも微笑んでいた。

「貴女は恐らく、私が自分の車で行くのを躊躇うように、道の状態が悪い事を印象付けようとした。だから、貴女のオフロード車で行った時、あれ程揺れたんです。多分、わざとそうなるようにハンドルを操作したのでしょう」

 晴美さんは何も言わずに微笑んでいる。村長は真顔のまま、俺を見ていた。

「貴女こそ、上村松雄と京子の間に生まれた女の子だ。田辺敏美さんが俺に伝えようとしたのは、その事だった」

 俺の指摘に村長は晴美さんを見た。晴美さんはそれでも微笑んでいた。

「第一の事件は、水崎駐在が起こした。第二の事件は白巻陽子が起こした。第三の事件は、イレギュラーだったが、水崎駐在と白巻陽子がお互いのアリバイを作りながら、起こした」

 俺は晴美さんを見たままで話を続けた。晴美さんは微動だにせず、俺を見て微笑んでいる。

「白巻陽子は、自分の素性を上村の娘だと供述しているそうです。でも、何の確証もない。何しろ、京子も松雄も、すでにこの世にはいませんから」

 俺は晴美さんに顔を近づけた。

「だったら、私がその人達の娘だという証拠もありませんよね?」

 晴美さんがようやく口を開いた。

「確かにね。今の時点ではね」

 俺は含みのある言い方をした。晴美さんは微笑むのをやめ、俺を見た。

「何ですか、その持って回った言い方は?」

 晴美さんがイラつくのがわかった。

「まさしく言った通りですよ。もうすぐ、判明します」

 俺は微笑んで告げた。晴美さんはムッとしたようだったが、すぐに笑顔になり、

「続けてください」

 俺の話を促した。俺は頷いて、

「そして、第四の事件。発見は田辺敏美さんの方が早かったですが、先に殺されたのは、山村キネでした」

 村長が思わず生唾を呑み込む音が聞こえた。

「これも、水崎駐在の犯行です。キネを殺した後、天井裏に隠し、最初の捜査では見つからなかったふりをしたのです」

 俺は晴美さんと村長を交互に見てから、

「そして、敏美さんの事件。これは管理官にも言いましたが、私のミスでした。敏美さんが約束の時間にこなかったのに、そのままにしてしまった私に責任があります。しかし、敏美さんが鋭利な刃物で殺された状況こそ、真犯人を炙り出してくれました」

 晴美さんを見た。

「敏美さんが殺害された時刻、武上先生と白巻陽子は嬬恋村近くの肥料屋へ往診していました。二人にはアリバイがありました。そして、水崎駐在は県警の捜査員とずっと一緒にいたので、犯行は不可能でした。真犯人の致命的なミスです」

 晴美さんは動揺しているのを隠そうと俯いた。俺は敢えて何も指摘せず、

「敏美さんが私に何かを伝えようとしているのを知った貴女は、急遽敏美さんを殺す事にした。本当はもっと確認した上で実行するつもりだったのでしょうが、時間がなく、水崎駐在にも白巻陽子にも伝えようがなかった。今まで、ずっと直接手を下さなかった貴女は、初めて自分の手で殺人を犯した」

「敏美は私の母ですよ? 何故殺さなければならないのですか?」

 晴美さんは微笑んだままで訊いて来た。

「さっきも言いましたが、貴女は田辺家の娘ではありません。上村夫妻の娘だからです」

「証拠はないですよね?」

 晴美さんはまたイラついていた。俺は余裕の笑みを浮かべて、

「ええ。今のところはね」

 晴美さんはとうとうイライラを隠し切れなくなっていた。あの可憐な美貌がなりをひそめ、凶悪犯の顔になりつつあった。

「じゃあ、本当の晴美ちゃんはどうなったんですか?」

 村長が唐突に言った。俺は微笑むのをやめて、

「恐らく、二十五年前の事件の時、亡くなっていたのだと思います。今となっては確かめる術がありませんが、敏美さんが上村の家に行って連れ去り、上村の娘を代わりに晴美さんとして育てたのだと思います。だからこそ、敏美さんは時頼さん達の事を責められらなかったのです」

「時頼はそれを知らなかったんですか?」

 村長が更に訊いて来た。

「恐らく。だからこそ、白巻陽子の言葉を信じ、土下座をしたのだと思います」

 村長は呆気に取られていた。晴美さんは俺を鬼の形相で睨んでいる。

「そして、時生君の事件。あれこそ、貴女にしかできない犯行です。時生君は消えた訳ではなかった。貴女が出かける以前に、貴女の単独、あるいは水崎駐在の協力を得て殺害した。そして、車のトランクに隠し、何食わぬ顔で出勤した。すごい度胸ですよ。だから、捜査員が見張っていても、わからなかったのです。殺害の動機は、貴女の正体に気づき、貴女を強姦しようとしたからでしょう。妹ではないとはっきりとわかったので、とうとう本性を表したというところでしょうね。貴女が怪我をしていたのは、そのせいで、暴行を否認したのは、時生君と引き離されたくなかったため。殺害のチャンスを逃す事になりますから」

 俺は晴美さんを睨み返した。しかし、晴美さんは怖気づく事なく、俺を睨んだままだ。

「続いて、平本幹次の事件ですが、これは、水崎駐在の自供どおり、彼の犯行でしょう。何しろ、水崎駐在と白巻陽子の真の狙いは、平本幹次の殺害だったのですから」

 俺は晴美さんを見たままで言った。

「え? どういう事ですか?」

 村長が口を挟んだ。俺は村長を見て、

「二人は平本幹次に殺された子の関係者だからです。これもまだ調査中ですが、水崎駐在は殺害された子の両親のどちらかと義兄弟だったのですが、離婚していたので、書類上の調査ではわかりませんでした。しかも、水崎駐在は婿養子だったので、名字が変わっていたんです」

「そうでしたか……」

 平本の大叔父にあたる村長は複雑な心境だろう。その時、俺のスマホが鳴った。

「はい、左京です」

 相手は璃里さんだ。遂に晴美さんと上村京子の親子鑑定の結果が出たのだ。

「ありがとうございます」

 俺はスマホを革ジャンのポケットに入れると、

「今、連絡がありました。貴女のDNAと上村松雄のDNAが親子の関係にあると判明したそうです」

 晴美さんの鬼の形相が崩れた。彼女は膝から崩れ落ち、床に突っ伏して大声で泣き出した。

「晴美ちゃん……」

 村長は呟き、晴美さんを見た。俺は雄叫びにも似た泣き声に只言葉もなく晴美さんを見ていた。

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