左京、犯人を追い詰める 11月6日 午後2時
俺は犯人の一人である水崎駐在を追い詰めていた。最初はタカを括っていたようだったが、次第に焦りの色を見せ始めている。この推理は我が妻の樹里が考えたものだ。聞いた時は、俺も戸惑ったのだが、全貌がわかるにつれてこれこそ真実だと確信した。
「石井恭次が殺された理由がわかりませんでした。しかし、石井が陽子さんをストーキングしているという事を聞き、殺害理由がわかりました」
俺は鶴崎さんを見てから、水崎駐在を見た。
「ストーカーを逆に殺した、という事ですか?」
鶴崎さんが言った。
「違います。陽子さんは石井に尾けられているのに気づき、田辺時頼さんを殺すのを見られたと思ったんです。しかし、石井は殺人の瞬間は見ていなかった。そのため、石井の目的は変わった。陽子さんへの好意ではなく、陽子さんが義兄である時頼さんを殺した確たる証拠を見つけるために陽子さんを尾け回した。陽子さんは石井が自分を脅迫してくるのではないかと考え、水崎さんに相談して、殺害する事にした。そして、先程話したトリックを使ってアリバイ工作をした上で、呼び出した石井を殺したのです」
水崎さんは俺を睨んではいるが、何も言おうとしない。
「では、時頼さんは何故陽子さんに殺されたのか? そして、土下座をしているところを撲殺されたのはどうしてなのか?」
俺はまた鶴崎さんを見た。
「そうです。何故、白巻陽子は田辺時頼を殺害したのですか?」
鶴崎さんは眉間にしわを寄せて俺を見ている。俺は水崎さんを見て、
「それは、陽子さんが二十五年前に山神神社で自殺をした上村京子の娘だからです」
「何ですって!?」
鶴崎さんは大声を出した。水崎さんは心なしかホッとした顔になった。やはり、そうか。
「水崎さんは、上村京子の母方の兄弟の息子。すなわち、上村京子の従兄なんです」
さあ、どうだ。この話にはどんな反応をする? 俺は水崎駐在をジッと見た。だが、水崎さんは俯き、肩を震わせるだけで何も言わない。俺は溜息を吐いて鶴崎さんを見た。
「陽子さんは田辺を問い詰めた。私は事件の全容を知っている。謝罪しなさいと」
俺は水崎さんをチラッと見てから、
「時頼さんが土下座をした時、陽子さんは鉄アレイのようなものを入れたハンドバッグを振り上げ、時頼さんの後頭部に振り下ろして殺害した。その時、顔を地面に叩きつけられて、鼻の骨を折った」
「ああ、それなら、女性でも撲殺できる」
鶴崎さんは頷きながら呟いた。
「そして、姿を消した山村キネの方が、田辺敏美より先に殺されていた可能性が出て来ました。キネは小野芳夫殺しの現場を踏み荒らした事から、犯人と繋がりがあるとも考えられました。そして、現にそうだったため、口封じをされてしまいました」
俺は鶴崎さんを見たままで、水崎駐在の動きも見逃していない。水崎駐在は笑いを堪えているようだ。恐らくだが、俺の推理が見当外れだと思っているのだろう。それでいい。今は水崎駐在が俺を馬鹿にしているくらいでちょうどいいのだ。
「山村キネは、やはり口封じで殺されたのですか?」
鶴崎さんが訊いて来た。
「はい。キネは殺害現場をうろちょろして、証拠隠滅を図っています。犯人に協力の姿勢を見せていたのでしょうが、欲を出したのでしょう。確か、キネの遺体が自宅の天井裏にあるのを発見したのは、水崎さんのペアですよね? キネを殺害したのは、貴方ですね、水崎さん」
俺は水崎駐在を見た。水崎駐在は都合が悪いのか、俯いた。鶴崎さんが何かを言いたそうだったが、俺はそれを手で制して、
「そして、田辺敏美の事件が起こりました。これは、本当に私のミスでした。『二十五年前の事件で、まだ表沙汰になっていない事があるんです』と敏美は私に言い、話をしに来る途中で犯人に殺されてしまった。犯行は突発的だったので、殺害方法は雑で、今までとは毛色が違うようにも見えました」
「田辺敏美は、貴方に何を教えようとしていたのでしょう?」
鶴崎さんは俺のミスを責めるつもりはないらしい。これも璃里さん効果かな?
「事件の根幹に関わる事でしょう。多分、上村京子の娘の事ではないかと思われます」
俺は鶴崎さんを見据えて告げた。
「上村京子の娘? それは白巻陽子なのではないですか?」
鶴崎さんは首を傾げた。
「ええ、そうです。敏美はその事を私が気づいていないので、教えたかったのかも知れません」
俺はもう一度水崎駐在を見た。水崎駐在は俺を見上げてほくそ笑んだような気がした。
「でも、確か、白巻陽子は犯行時刻、武上医師と共に嬬恋村近くの肥料屋の奥さんが倒れたとかで、診察に行っていて、アリバイがあるはずですが?」
鶴崎さんが鋭い指摘をした。その通りだ。陽子さんには、鉄壁のアリバイがあるのだ。
「それも、詳しく調べれば、何かのトリックがあるはずです」
俺は笑って誤魔化した。今はまだその時ではないからだ。機は熟していない。
「はあ……」
鶴崎さんは呆気の取られたみたいな顔をした。まあ、仕方ないな。だが、我慢の時だ。
「更に犯人は時頼と敏美の長男である時生まで手にかけました。敏美が私に電話をかけているのを時生が見ていましたから、もしかすると彼は敏美の後を尾けて、犯人を見たのかも知れません」
これは樹里の推理だ。水崎駐在を試すものではない。
「しかし、犯人はいつ田辺家に入って、時生を連れ出し、殺害して彼の車のトランクに入れたのでしょう? 捜査員は死角なく見張っていたはずですが」
鶴崎さんは悔しそうな顔で俺を見た。
「犯人の罠ですよ。捜査員の皆さんは、犯人が堂々と行動しているのに気づかなかったのです」
私はチラチラと水崎駐在を見ながら、鶴崎さんに説明した。
「私です。私が時生を殺しました。見張っていた捜査員に訊いてもらえばわかります。私が殺しました」
突然、水崎駐在が犯行を自供した。そう来たか。それも想定内だ。
「平本幹次も私が自殺に見せかけて殺しました。白巻陽子は私が脅かして犯行を手伝わせたんです。全部私が考えてやりました。さあ、逮捕してください」
水崎駐在は両手を合わせて鶴崎さんに向かって突き出した。
「間違いないんだな? 水崎巡査部長、お前が主犯なんだな?」
鶴崎さんは水崎駐在の両肩を掴んで問い質した。
「間違いありません」
水崎駐在は鶴崎さんを見て言った。まさか、こんな展開になるとは。
「鶴崎さん、すぐに白巻陽子の身柄を確保させてください。自傷行為に及ぶといけません」
俺は鶴崎さんに進言した。
「そうですね」
鶴崎さんは力なくしゃがみ込んだ水崎駐在から離れると、スマホを取り出して、捜査本部へ連絡した。
しばらくして、捜査本部から、白巻陽子を確保したとの連絡が入った。
「さあ、行こうか」
鶴崎さんは手錠を持っていないので、水崎駐在が持っていた手錠を使って水崎駐在を逮捕した。二人は俺の車の狭っ苦しい後部座席に並んで乗り込んだ。
「出ますよ」
俺は車をスタートさせた。
道中、水崎が動機を語り始めた。彼は平本に殺された子の母親の遠戚の人間だという事だ。血縁関係は全くない程の遠い親戚なので、璃里さんの優秀な僕(失礼)にもわからなかったのだ。水崎は平本に復讐するために策を考えていた。そんな時、上村京子の娘である白巻陽子と出会った。そして、互いに憎むべき者を殺害するために犯行を計画したという。白巻陽子を脅かして従わせたというのは、水崎の咄嗟に出た嘘だったとの事。白巻陽子は事件の後まもなく誰かの手で施設に送られ、そこで過ごしたらしい。上村京子をレイプした犯人の誰かが、陽子を連れ出し、施設に送ったのかもしれないと水崎は言った。
「他に手はなかったのか?」
鶴崎さんがボソリと言った。
「あったら、やっていません」
水崎がボソリと言い返した。俺は何も言わずにハンドルを操作した。