左京、犯人と対峙する 11月6日 午後1時
俺は、平本殺害現場の検証が終わるのを待ち、鶴崎さんと二人で犯人のところへ向かった。
「何故、他の捜査員は同行させないんですか?」
俺の愛車の助手席に窮屈そうに座っている鶴崎さんが言った。俺は前を向いたままで、
「大勢で押しかけたら、犯人を刺激して、自傷行為に及ぶ可能性があります」
俺は犯人に自殺という逃げを打たせたくなかった。そんな事は許したくない。推理ドラマではないのだから、見逃す事もしたくない。だから、鶴崎さんだけを連れて行くのだ。
「なるほど。私はまた、貴方に自信がないのだと思いましたよ」
鶴崎さんは全然笑えない冗談を言った。俺はそれを無視して、車を走らせた。
「着きましたよ」
俺は車を停めて、鶴崎さんを見た。鶴崎さんは目を見開いて、
「ああ、いや、ここですか、犯人がいるのは?」
車が停まった建物を見上げた。
「そうです。但し、犯人はここに一人いるだけですけどね」
俺はエンジンを止め、運転席から降りた。
「え? 犯人は一人ではないのですか?」
鶴崎さんは慌てて助手席から降り、先を行く俺について来た。
「そうですよ」
俺は犯人がいる建物の扉を開いた。
「こんにちは。探偵の杉下左京です」
俺は玄関で大声で呼びかけた。鶴崎さんは未だに信じられないという顔で俺の後ろに立っていた。
「そんな大きな声を出さなくても、聞こえるから。何の用だね、探偵さん?」
奥から現れたのは、眠そうな顔をした水崎駐在だった。
「貴方にお話があって来ました。小野芳夫さん殺害の件で」
俺はチラッと後ろにいる鶴崎さんを見てから、もう一度水崎駐在を見た。
「え? どういう事かね? 管理官もいらしているとは……」
水崎駐在は鶴崎さんに気づくと、顔色を変えた。俺がふざけているのではないと理解したようだ。
「貴方ですよね、小野さんを殺したのは?」
俺は眉間に皺を寄せ、水崎駐在を睨んだ。
「何を言うのかね、探偵さん、いや若造が。仮にも私はこの村の駐在だよ。言っていい事と悪い事があるぞ!」
水崎駐在は、俺と初めて会った時のような凄みのある顔になった。
「小野さんが殺害されて発見された当時、小野さんが山神神社へ行くのを知っていたのは、田辺時頼さんだけだとされていました。でも、そうではないですよね?」
俺だって、警視庁で捜査一課の刑事をしていたんだよ。あんたの凄んだ顔なんて、元同僚の加藤真澄に比べれば、全然怖くねえんだよ。
「どういう事ですか?」
鶴崎さんが会話に割り込んで来た。俺は鶴崎さんを見てから水崎駐在を見て、
「私と坂本先生と貴方とで、村長の家まで歩いている時、小野さんと会いましたよね?」
「そんな事もあったかな」
水崎駐在はまだ凄みを効かせている。だが、俺には効かない。
「その後、小野さんは行方不明になりました。私達は小野さんがどちらへ向かったのか、見ていませんでした」
俺は話を進めた。
「それがどうかしたのか?」
水崎駐在は完全に俺を敵と見做していた。それで構わない。この人は許すべからざる殺人犯なのだから。
「だが、貴方は小野さんがどちらへ行ったのか見ていたんですよ」
俺は水崎駐在に詰め寄った。水崎駐在は一歩も引かずに、
「はあ? 何を言っているんだ、お前は? これ以上侮辱すると、許さんぞ」
鶴崎さんは警察官僚なので、武闘派ではない。だから、俺と水崎駐在の間に入る程の勇気はないようだ。只、オロオロしている。まだ、龍子さんの方が頼もしいかも知れない。
「貴方はスクーターを押していた。そのスクーターのミラーに山神神社へ通じる道へ曲がって行く小野さんがはっきり写っていたんですよ」
俺はそこまで言うと、水崎駐在の顔が一瞬だけ引きつった。
「そんなの、証拠がないだろう? 仮に見ていたからといって、私が犯人と決めつけるとは、ヘボ探偵だな」
水崎駐在は強がりを言ったが、俺の指摘に動揺が隠し切れず、声が震えている。
「まあ、いいでしょう。確かに第一の殺人では、貴方を犯人と特定するだけの証拠がありません。私は一介の私立探偵で、捜査権もないし、証拠を集めて積み重ねる事もできません。ですが、第三の殺人である石井恭次殺しで、貴方は致命的なミスを犯しています」
俺が言うと、鶴崎さんが、
「あの、第二の殺人はどうなったんですか?」
小声で訊いて来た。俺は鶴崎さんを見て、
「それはこの人の犯行ではありませんから、説明を飛ばします」
鶴崎さんは呆気に取られていたが、水崎駐在は俺の言葉にギョッとしたようだ。
「貴方はあの時、俺が尾けているのを気にせずに、スクーターを走らせた。そして、白巻陽子さんの家に立ち寄った。それが致命的なミスなんですよ」
水崎駐在は笑い出して、
「何を言っているんだ。どうして、陽子ちゃんの家に立ち寄ったのが致命的なミスなんだ? 意味がわからんぞ」
「俺は一度、陽子さんを家まで送って、陽子さんの家の仕組みを見せてもらっているんですよ。意思疎通ができていなかったようですね」
俺はどうだと言わんばかりに水崎駐在を見た。水崎駐在はポカンと口を開いたままで、俺を見ている。
「あの時、リヴィングルームの灯りが点き、続いて玄関の灯りが点いた。貴方はそこにはいない陽子さんと会話をしているふりをして、陽子さんの家を離れた。すると、玄関の灯りが消えた。そのトリックも、私は知っているんですよ。スマホで操作したのですよね?」
俺は更に水崎駐在を追い詰めた。水崎駐在は顔を背けた。
「え? そこにはいない陽子さんと会話って、どういう事ですか?」
鶴崎さんが言った。俺は鶴崎さんを見て、
「水崎さんは自分のアリバイを作ると同時に、白巻陽子さんのアリバイも作っていたんです」
「ええっ!?」
鶴崎さんはもう一人の犯人の登場に大声で叫んだ。俺は水崎駐在の表情を盗み見た。汗まみれになっている。
「つまり、石井恭次は白巻陽子さんに殺されたんですよ」
俺はもう一度鶴崎さんを見た。
「では、石井の事件の聴取で、医師の武上先生のアリバイが曖昧だったのも、もしかして……」
鶴崎さんは俺をジッと見た。俺は頷いて、
「そういう事なのであれば、陽子さんと水崎さんが仕組んだのでしょうね。喉を切られていたので、メスを扱う医師が疑われる事を見越して。まあ、私は捜査員ではありませんから、その辺の事情はわかりませんが」
水崎駐在は何も反論しなくなった。さすが、樹里だ。ぐうの音も出ない程の推理という事だ。
「という事は、第二の殺人事件の犯人は、白巻陽子という事ですか?」
考え込んでいた鶴崎さんが顔を上げて俺を見た。
「そうです。第二の殺人事件の犯人も、白巻陽子さんです」
俺は鶴崎さんを見ずに水崎駐在を見て言った。水崎駐在は顔を背けたままで、歯軋りしていた。
「動機は何ですか?」
鶴崎さんが俺に詰め寄って来た。そうなんだよ。それがこの事件の最大の難所だったんだ。でも、樹里はあっさりと解いてみせた。
「動機は最後にお教えします。いや、最後まで事件を解いてからでないと、動機が見えて来ないんです」
俺は顔が近過ぎる鶴崎さんを押し退けた。
「はあ? どういう事ですか?」
鶴崎さんは首を傾げた。まあ、無理もないよな。俺だって、混乱しそうなんだから。
「何故なら、この事件は、連続殺人に見せかけた不連続殺人であり、交換殺人でもあったのですから」
「は? え? 何ですって? ますますわかりません。きちんと説明してください」
鶴崎さんはその特徴的な吊り目を更に吊り上げるようにして言った。
「もちろん、そのつもりです。順序立てて説明しますよ」
俺は鶴崎さんの顔を見て笑いそうになったが、何とか堪えた。