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左京、ダメ出しされて落ち込む 11月6日 午前11時

「はあ……」

 かけなきゃよかった。つくづくそう思った。俺は愛妻の樹里に電話をして、今回の一連の殺人事件の犯人と動機を告げたのだが、

「そうなんですか」

 樹里は口癖を言ってから、次々に俺の推理のアラを指摘して来た。第一の殺人については、小野が山神神社へ行った事を知っていたのが、田辺時頼のみだという点を汲み、俺は犯人を推理したのだが、

「詰めが甘いです。小野さんが山神神社へ行ったのを知っていたのは、田辺さんだけではありません。もう一人いたのです」

 樹里にあっさり否定されてしまった。そして、俺が全く想定していなかった犯人を指摘された。

「そ、そんな……」

 俺の推理は最初から的外れで、情けない程の勘違いをしていた。

「田辺さんが何故土下座をしていたのかを考えれば、犯人の姿は見えて来るはずです」

 樹里は田辺時頼殺害の犯人も、俺とは違う人物を指摘した。まさか? そんな事があるのか……。

 次に石井恭次が殺された事件では、二人の人物が共謀した事を前提に犯人を推理したのだが、

「それは間違いです」

 またしても簡単に否定された。

「その事件は共謀した者がいるのは間違いありませんが、共謀者の一人が違います」

 樹里が言った。

「え? そうなの?」

 俺は樹里の推理を聞き、あっと思った。そうだったのか。俺は見落としだらけだ。村長の意図してなのか、天然なのかわからない証言で、惑わされたのだ。という事にしておきたい。

「左京さんは犯人がまさにトリックを仕掛けていた時にその場にいたのですよ」

 樹里の指摘に、俺はぐうの音も出なかった。そうだ。俺は見ていたのに気づいていなかったのだ。ダメだ。このままでは、探偵としての俺の矜持が崩壊してしまう。事務所を畳む頃合いなのか?

「敏美さんの殺害は、左京さんがしっかりしていれば、防げました」

 樹里に厳しい事を言われた。確かに、時間になっても現れなかった敏美の事を妙に思って俺が動いていれば、救えたかも知れないのだ。それについてはどれ程悔やんでも悔やみ切れない。

「敏美さんの殺害は想定外だったのでしょう。だから、殺害方法が荒く、犯人はすぐにその場を立ち去っています。痕跡を消す余裕もなかったはずです」

 樹里の意外な指摘に俺は驚いた。

「想定外? どういう事だ?」

 俺は樹里の言っている意味がわからず、訊いた。

「それでも、犯人につながるものが出なかったのは、もう一人の犯人がそれを消したからでしょう」

「それが、あの人なのか?」

 俺は未だに信じられない。

「でも、敏美さんを殺害した事で、時生さんに気づかれてしまったのです。だから、犯人は急いだ。心理トリックを用いて、時生さんを殺害し、警察の目をくらませる事に成功したんです」

 時生は煙の如く家から消え、いつの間にか絞殺された状態で自分の車のトランクに入れられていた。

「左京さん、最初に山神神社に行った時の事を思い出してください。その後、左京さんはなにかしらの違和感を覚えたはずです」

 樹里に言われて、俺はその事を思い出した。そうだ。あれは何だったのか? その後、山神神社へ行った時との違い。何だったのだろうか?

「左京さん、それです。それこそが、事件の核心なんです」

 樹里の言葉に俺は驚愕した。まさか? あの時感じた違和感。あれこそが真実に近づくものだったのか?

「だったら、急がないと。犯人の計画はまだ終わっていない」

 俺は樹里への礼もそこそこに、

「一体どういう事なんですか?」

 問いかけて来る龍子さんを置き去りにして、愛車へと走った。犯人はそんな事を考えていたのか。思いもよらなかった。樹里に訊かなければ、俺は間違った人を犯人にしてしまうところだった。冤罪の怖さを知っている俺は、背筋に冷たいものを感じつつ、愛車に乗せてもらえない事で怒り心頭に発して叫んでいる龍子さんの声も耳に入らない程、焦っていた。


 俺が向かったのは、山神神社だった。犯人が強いこだわりを見せた場所。境内の前に車を駐めると、俺は急いで拝殿の裏手へと走った。

「ああ……」

 だが、遅かった。小野が吊り下げられていた欅の木の枝には、頑丈なロープで別の人物が吊る下がっていた。

「平本、幹次……」

 平本はすでに息がないのがわかる程、目を見開き、手足は力なくだらんとしていて、足元には脚立が倒れていた。

「くそ……」

 俺は地面に膝から崩れ落ち、何度も右の拳で土を叩いた。止められなかった。犯人はやり遂げてしまったんだ。

「む?」

 ふと見ると、脚立のそばに紙が落ちていた。俺はそれに近づいた。書かれている内容がわかった。平本の犯行を自供するものだった。

『昔、封印したはずの悪魔がまた表に出てしまい、幾人もの人を殺害してしまいました。その責めを負い、自ら命を絶ちます。申し訳ありませんでした。  平本幹次』

 それだけ書かれていた。俺はスマホを取り出して役場へかけ、鶴崎管理官に取り次いでもらった。

「杉下左京です。山神神社で、平本幹次の遺体を発見しました。はい、そうです。死んでいます。すぐに来てください」

 俺は通話を切ると、スマホを革ジャンのポケットにねじ込んだ。平本は犯人じゃない。それだけは樹里の推理と一緒だった。奴には上村京子の事件を知る事はできない。仮にできたとしても、平本はもう昔のサイコパス殺人犯ではないのだ。口は悪いが、人を殺すような人間ではなくなっていたのだ。犯人は平本の過去を利用した。まさに血も涙もない所業だ。許せない。どんな事情があろうと、許す訳にはいかない。俺は怒りに震えながら、拝殿の階段に座り、鶴崎管理官達が来るのを待った。


 どれ程待っただろうか? 鶴崎管理官が捜査員を引き連れて、大型の警察車両で現れた。

「杉下さん、平本の遺体は?」

 鶴崎さんが声をかけて来た。俺は階段から立ち上がって、

「裏の欅の木です。小野さんが吊り下げられていたのと同じ枝です」

 鶴崎さんは長野原署の刑事達を呼び、案内させた。

「ちょっと来てください」

 富澤刑事が呼びに来た。

「はい」

 俺は拝殿を離れて、裏へ行った。鑑識の係員がカメラで平本の遺体を撮影していた。別の係員は脚立や平本の「遺書」らしきものを調べている。

「平本がやったと自供しているようですね」

 鶴崎さんは俺を見て言った。

「いや、平本は犯人ではありませんよ。犯人は最初から平本を犯人に仕立て上げる計画だったんです」

 俺は鶴崎さんに近づきながら言った。

「もちろん、私も平本が犯人だと断定した訳ではありません。警察は感情で動いてはいけない。貴方も警視庁の刑事だったのですから、それくらいはおわかりですよね?」

 鶴崎さんは半目で俺を見ている。

「当然です。私は別に感情的になって、平本が犯人ではないと言っている訳ではありませんよ」

 俺は鶴崎管理官を睨んだ。鶴崎さんはそれ以上不毛な会話をしたくないらしく、

「貴方は遺体にも遺書にも脚立にも触れていませんね?」

 枝から降ろされる平本の遺体を見上げて訊いて来た。

「もちろんです。近くまでは行ってしまったので、足跡は付いていると思います」

 俺は最初の事件で出会った鑑識の係員を見つけて、会釈をした。

「その人のゲソ痕は採取済みです」

 係員が鶴崎さんに言ってくれた。

「なるほど」

 鶴崎さんは苦笑いをして俺を見た。

「なぜここへいらしたんですか?」

 鶴崎さんは鑑識の作業を見たままで尋ねて来た。

「犯人が山神神社へ強い拘りを持っているからです」

 俺も鑑識作業を見たままで応じた。

「そうですか」

 鶴崎さんは担架に載せられて運ばれて行く平本の遺体を見ながら言った。

「何もかも手遅れになってしまいましたが、犯人はわかりましたよ」

 俺は樹里が示してくれた推理を元に言った。鶴崎さんは目を見開いて俺を見た。

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