左京、モヤモヤする 11月6日 午前9時
結局、何も訊けないまま、俺は龍子さんと共に村長の家に帰った。村長は夕食の時も何も語ってくれず、お手伝いさんも沈黙したままだった。この村で起こった前代未聞の連続殺人。小野芳夫、田辺時頼、石井恭次、田辺敏美、山村キネ、田辺時生。六人もの人間が殺され、未だに犯人はわからないままだ。
俺は悶々として布団に入ったが、いつ寝たのかわからないくらい寝返りを打っていた。
「左京さん、まだ寝ていますか?」
離れのドアの向こうから龍子さんが呼びかけて来た。俺はその声にハッとし、スマホの時刻を確認した。九時だった。
「すぐに支度をします。龍子さんは朝ご飯を済ませたんですか?」
俺は髪を手櫛で整え、スウェットを脱いでジーパンとTシャツを着ると、部屋を飛び出した。
「きゃっ!」
龍子さんがドアの前にいるとは思わず、危うく抱きついてしまうところだった。
「すみません、大丈夫ですか?」
俺は転びそうになった龍子さんを抱き止めた。
「はい、大丈夫です」
龍子さんは上目遣いに俺を見た。
「そうですか」
俺は龍子さんから離れ、渡り廊下を歩いた。
「ああ、待ってくださいよ、左京さん! 私もまだ朝食をすませていませんから!」
龍子さんが小走りで追いかけて来た。
素早く朝食をすませると、龍子さんを乗せて、愛車で役場へ向かった。
「時生は何故殺されたのでしょうか?」
助手席の龍子さんが前を向いたままで言った。
「さあ。何か気づいたのかも知れませんね」
俺はそれしか言えなかった。
「でも、どうして犯人は左京さんを狙わないのでしょう?」
龍子さんがとんでもない事を言い出した。
「え?」
ほんの少しだけだが、ギクッとした。確かに犯人にしてみれば、俺みたいな奴がウロウロしているのは邪魔かも知れない。ちょっと待て。狙われないという事は、俺は全然間違った推理をしているのか? だから、放っておいても大丈夫だと犯人に思われているのか? それはそれでつらいな。
「犯人がサイコパスではないという事でしょう。誰彼構わず殺しているのではないという事です」
取り敢えず、もっともらしい事を言ってみた。
「なるほど。では、左京さんは平本犯人説は否定するのですね?」
龍子さんは寂しそうだ。まだ平本犯人説を推しているのか? 奴には上村京子の事件を知る術がないんだよ。しかし、それは思い込みなのか? 平本は上村京子の事件を知っていた可能性は皆無ではないのか?
「否定はし切れないですね。誰かから聞いた可能性は排除できませんから」
俺はチラッと龍子さんを見て言った。
「そうですよね。村長さんが教えたかも知れないですから」
龍子さんは何気なく言ったのだが、俺はその言葉に衝撃を受けた。
「それだ!」
思わず叫んでいた。
「何ですか、一体?」
龍子さんは目を見開いて俺を見ていた。俺は安全運転のために前を向いて、
「あのタヌキ親父が黒幕だとしたら、全て辻褄が合うんですよ!」
「ええ? 村長さんが一連の事件の首謀者だというのですか?」
龍子さんは俺に詰め寄って来た。
「運転中ですから、離れてください」
俺は龍子さんを押し退けた。
「すみません」
龍子さんは助手席に座り直した。
「村長に話を聞きましょう。そうすれば、事件の全貌が見えてくるはずです」
俺はその時、樹里に事件の全容を話して、真相を突き止めてもらうという案を完全に忘れていた。
「ええ? 私が黒幕ですか?」
村長室へ入り、村長に詰め寄った時、タヌキ親父は相変わらずヘラヘラしていた。秘書の晴美さんは、兄の時生が殺害されたため、急遽田辺家で様々な準備を進めているらしい。
「そうですよ。貴方が全てを仕組み、駒を使って殺人を犯させた」
俺は大真面目な顔で言った。しかし、村長はそれでもヘラヘラしながら、
「何のためにです?」
俺を見上げて来た。
「え?」
それだ。村長は確かに黒幕の雰囲気があるが、動機がない。むしろこれほどの人数の村民を殺害すれば、村は税収が減る。村長にとっていい事はない。いや、それはあくまで村長にとってだ。村尾洋次郎個人には、何かしら動機があるかも知れない。
「平本幹次が駒と考えているようですが、私は彼とはほとんど顔を合わせていません。ましてや、上村京子の事件の話など、する時間はなかったですよ。晴美ちゃんが事細かにスケジュールをメモしていますから、それを見せてもらえばわかります」
村長は余裕の笑顔だ。俺はぐうの音も出なくなった。
「そもそも、この一連の事件は、本当に同一犯の仕業なんですかね? 私は到底不可能だと思いますが」
村長は俺を見上げたままで言った。それは俺も思っていた。ある事件を起こした可能性がある人物を犯人とすると、別の事件は不可能なのがわかっている。つまり、犯人は一人ではない。そして、動機も同一ではない。小野の事件をきっかけにして、次々に殺人事件があたかも連続して起こったように見えているだけ。その仮説は考えた。だが、それは連続殺人だと考える以上に奇想天外な気がしているのだ。
「何を隠しているんですか?」
俺は村長にカマをかけてみた。
「はあ?」
村長はキョトンとしている。
「もしかして、貴方は犯人を知っているんですか?」
俺は更にカマをかけた。龍子さんまでキョトンとしていたのも気にせず。
「知りませんよ。知っていたら、捜査本部に出向いて、教えていますよ」
村長は破顔一笑して言った。
「本当ですか?」
俺はまだ諦めなかった。このタヌキ、絶対何か知っているのに隠している事があるはずだ。
「私は、犯人複合説を考えています。互いに見知らぬ者同士が入れ替わり立ち替わりで事件を起こしているのではなく、ある動機を持った者達が、協力して事件を起こした。これならば、辻褄が合うんですよ」
俺は今思いついた事を言った。出まかせもいいところだ。すると何故か村長の顔が引きつるのがわかった。
「何か引っかかったようですね?」
龍子さんも村長の顔つきの変化を見逃さなかった。
「ああ、いけない、吊り橋の工事に立ち会わないと」
いきなり村長は席を立つと、俺が止める間もなく、村長室を飛び出して行った。
「追いかけなくていいんですか?」
龍子さんが鼻息を荒くして訊いて来た。
「無駄ですよ。とぼけ始めたら、まず真相は聞き出せません。あのタヌキ親父がさっきの話のどこに引っかかったのか、考えてみるしかないです」
俺は肩をすくめた。そして、出まかせで言った仮説を思い返し、更にある推測を思いついた。そうなのだ。犯人は一人ではない。そして、動機も一つではない。俺はそこまで考えると、今までつながらなかった点と点が線でつながるのを感じた。わかった。犯人も、動機も。
「どうしたんですか、左京さん?」
動かなくなった俺を心配したのか、龍子さんが顔を覗き込んで来た。関係者を集めてくださいなんて事はできない。俺はまず、犯人の一人のところへ行く事にした。あの人を落とせれば、次も落とせる。そう確信していた。
「出かけます。一緒に行きますか?」
俺は龍子さんを見た。
「もちろんです! 置いて行ったりしたら、許しませんから!」
龍子さんは微笑んで応じてくれた。
「じゃあ、行きましょう」
俺は正面玄関へと走り出した。龍子さんが追いかけて来た。
「あれ、先生、電話はかけなくていいんですか?」
七釜戸さんが声をかけて来た。あ、忘れてた。樹里に電話するつもりだったんだ。だけど、もう犯人も動機もわかったんだから、かけなくていいだろう。でも、樹里に俺の推理を聞いてもらうのもいい。そして、ダメなところを指摘してもらい、より完成度の高い推理にするのだ。
「そうでした」
俺は七釜戸さんについて行った。後ろからついて来る龍子さんの視線の冷たさを感じながら。