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左京、平本幹次と話す 11月5日 午後5時

「迷探偵さん、お困りのようですね」

 元助役室を出たところで、奥から歩いて来た平本幹次に遭遇した。

「ひっ!」

 龍子さんはまだ平本が怖いらしく、俺の背後に隠れた。平本はそんな龍子さんを鼻で笑って、

「どうやら、そのご婦人は私の事を怖がっているようですね。まあ、それが一般的な反応ですかね」

 そのまま通り過ぎようとしたので、

「貴方はこの村で起こっている事に何か関わっているんですか?」

 俺は呼び止めるために声をかけた。龍子さんが背後でビクッとしたのがわかった。平本は振り返りもせずにそこまま歩いて行きながら、

「さあ。どうなんでしょうね。関わっていると言えば関わっているかも知れないし、そうでないかも知れないし」

 くるっと振り返ると、

「貴方は私に関わっていて欲しいのですか、迷探偵さん?」

 ニヤリとして俺を見た。龍子さんが背中にしがみついて来た。俺はなるべく感情を顔に出さないようにしたつもりだったが、

「関わって欲しいみたいですね。でも、私は一連の殺人事件に一切関係はないと申し上げておきますよ」

 相変わらず、俺を小バカにした笑みを浮かべて、歩き去ろうとした。

「待ってください。少し、話をしませんか?」

 俺は平本を再度呼び止めた。平本は立ち止まって振り向いた。

「私は毎朝早くので、手短にお願いしますよ」

 まさか応じてくれるとは思わなかったので、俺は確実に顔を引きつらせていたと思う。


 最初は元助役室に戻ろうと思ったのだが、

「密室であの男と話すのはリスクが大き過ぎます!」

 涙目で訴えてくる龍子さんに押され、廊下にある長椅子に座って話す事にした。別に貴女は同席しなくていいですよとは言えなかった。

「貴方は何故この村に来たんですか?」 

 俺は敢えて尋ねてみた。村長との関係を俺が知っているのを承知しているのかわからないからだ。あのタヌキ親父の事だから、それとなく伝えている気はするのだが、平本本人の反応を見てみたかった。

「気まぐれですよ。ここなら、私の過去をあれこれ詮索されずにすむと思ったのかも知れないですね」

 平本は俺の想像と違った反応を示した。村長は何も言っていないのか? いや、まだわからない。

「でも、そうでもなかった。貴方のような迷探偵が来るとは夢にも思いませんでしたよ」

 「迷探偵」のイントネーションに引っかかるが、それは取り敢えず無視した。

「村長が貴方の大叔父だったからではないのですね?」

 俺は一か八かで仕掛けてみた。俺を間に置いて座っている龍子さんの両手が俺の右腕をギュッと掴んで来た。かなり痛かったが、我慢した。

「ほう、そんな事もご存じとは、さすが迷探偵ですね。驚きました」

 この期に及んで、まだとぼけるのか? こいつ、予想以上にしたたかかも知れない。

「でも、それは関係ありません。私はこの村に来て、村長に会ってから、その事実を知ったのですから」

 平本は涼しげな顔で言って来た。村長の主張と符合するので、真実味が増した気もするが、口裏を合わせる時間はあったと考えられるので、まだ気を許せない。

「事件の被害者の誰かと、面識はありますか?」

 俺は質問を変えてみた。平本はフッと笑って、

「私はゴミの回収をしているので、村中を回っていますが、どなたとも面識はありませんね。いて言えば、山村キネさんは車の中から見かけた事はあります」

「なるほど」

 問答集を準備していたのかというくらい、隙のない回答だ。頭が切れるのか、それとも真実何も知らないのか? 判断しかねる。

「そろそろ終業時間なので、これで失礼します」

 平本は俺が何か言いかけたのを無視して、サッサと行ってしまった。

「怪しいですね」

 龍子さんが言った。どこがだよ? そう言いたかったが、グッと言葉を呑み込んで、

「そうですね」

 当たり障りのない反応をした。璃里さんからの情報では、平本に殺された被害者の家族はもう誰もいない。親戚も生きている人はこの村に来られる状態ではない。平本を恨む者が、平本を犯人に仕立てるために猟奇的な殺人をしているのかと思ったのだが、それも的外れな気がして来た。また五里霧中になった。

「やっぱり、あいつが犯人なんですよ。あの余裕は、絶対に自分が逮捕されないと思っているからです。サイコパスは恐ろしいんです」

 龍子さんは俺が同意したと思ったのか、持論を展開していた。だが、平本が犯人だというのは、どうにも納得がいかない。そもそも、平本は上村京子の事件を知る事ができない。あの事件は、小野と田辺時頼が父親の力を借りて表沙汰にならないようにしたのだから。あれ? だとすると、誰が知り得たんだ? まさか、タヌキ村長が真犯人? いや、村長には無理だ。アリバイがある事件があるし、小野の遺体を欅の木に吊り下げる事ができない。あの作業は思った以上に力がいる。アル中気味の村長には不可能だ。村長が犯人ではないとすると、誰が犯人たり得る? いない? 上村京子の事件を知っていたのは、小野と時頼。その二人が死んでしまい、他の共謀者もいないとなると、誰が可能なんだ? あまりにも突飛な発想だが、村長が平本に依頼したという方法は考えられはするが、それは机上の空論だ。あり得ない。

「平本は上村京子の事件を知り得ないんですよ。あいつには犯行は不可能です」

 俺はなおも持論を捲し立てる龍子さんを黙らせるために言った。

「え?」

 龍子さんはそれを聞いて動きを止めた。やはり、考えたくはないが、樹里に相談してみよう。樹里なら、まさしく快刀乱麻を断つ如く、事件を解決してくれるに違いない。ここまで来てそうするのなら、もっと早く段階で樹里に伝えるべきだったとも思うが、今となっては仕方がない。俺は決断して、スマホを革ジャンのポケットから取り出した。

「どなたにかけるのですか?」

 龍子さんが興味津々の顔で言った。

「教える義務はないですよね?」

 鬱陶しかったので、ついきつい言い方になってしまった。

「そうですよね……」

 龍子さんは某ボクシング漫画の最後のシーンみたいになって項垂れた。俺は長椅子から立ち上がると、龍子さんから離れてスマホを操作し、樹里にかけた。この際、探偵の矜持なんていくらだって捨ててやる。

「あれ?」

 スマホはつながらなかった。圏外になっている。

「あの、携帯の電波、どうなったんですか?」

 俺は近くを通りかかった役場の女性職員に尋ねた。

「村で唯一のアンテナが故障したらしくて、しばらく使えないそうです」

 女性職員は申し訳なさそうに言うと、立ち去ってしまった。何て事だ。このままでは、犯人がまた犯行を重ねてしまう。固定電話でかけるか? 俺は村長室へ向かい、ドアをノックした。しかし、返事がない。

「村長はもう帰りましたよ」

 七釜戸さんが通りかかって教えてくれた。

「ああ、そうですか。すみません、電話をお借りできますか?」

 俺は七釜戸さんにすがるようにして言った。

「明日でもいいですか? 職員がみんな帰ってしまったので」

 七釜戸さんは逃げるように走り去った。何だよ、あんたはいるじゃないか!?

「うん?」

 俺はその時、捜査本部の人達が殺気立っているのを感じた。

「どうしたんですか?」

 俺は富澤刑事を見つけて声をかけた。

「時生が見つかったんです」

 その割には富澤刑事は暗い表情だった。

「あの?」

 何かを察して、俺は富澤刑事を促した。富澤刑事は本部に駆け込みながら、

「自分の車のトランクにいたんです。絞殺された状態で」

 俺は目を見開いた。時生が殺された? しかも、自分の車のトランクの中で発見? 眩暈めまいがしそうだった。

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