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奇怪な人々 10月25日 午後2時30分

 俺は何とか坂本龍子弁護士をなだめすかして、役場の会議室で待たせる事に成功した。そして、晴美さんと山神神社へ向かった。

「しっかり掴まっていてくださいね」

 晴美さんの愛車はオフロード仕様の四駆車で、爆音を轟かせると、役場を後にした。可愛い顔して、荒っぽい運転するとは驚いた。樹里も運転は荒くはないが、意外なテクニックを持っているし、バスの運転手もしていたと言ってたな。

「着きましたよ」

 振り落とされないように必死にしがみついているうちに、車は山神神社の前に着いていた。

「ああ、どうも」

 酸っぱいものが込み上げそうになるのをこらえ、俺は助手席から転がり出すように降りた。

「これです」

 晴美さんは倒れた鳥居を指し示した。鳥居は木造で、根元から折れていた。うん? これは……。

「随分腐食していますね。やから共が倒さなくても、そのうち倒れていたのではないですか?」

 俺は鳥居の断面を見て言った。中はボロボロで、虫に食われ放題だ。しかも、表は剥き出しのままだ。これでは倒れるのも当たり前だ。

「そうですね。由来は古い神社ですが、神主がいなくなって長い年月が経っているので、荒れ放題でした。ウチの父が氏子の総代になったのも、誰もなり手がいなくて、村長に懇願されて仕方なくなったのです。村も予算がないので、鳥居を建て直す事はしないと思います」

 晴美さんの言葉に、俺は報酬百万円は絶望的だと確信した。

「あ、でも、左京さんの報酬と実費支給はご心配なく。議会を通していますから、大丈夫です」

 晴美さんにそう言われて、俺はそんな顔をしていたのかと恥ずかしくなった。

「タバコの吸い殻が落ちてますね」

 俺は革ジャンのポケットからビニール袋を取り出して、吸い殻に直接触れないように掴み、袋を裏返してポケットに突っ込んだ。

「証拠になりそうですか?」

 晴美さんが神妙そうな顔で尋ねてきた。俺は苦笑いをして、

「DNAが残っていれば、個人の特定につながるかも知れません。しかし、現場を見ている者がいないと、そいつらが倒したと立証はできないですね」

「そうですか」

 晴美さんは悲しそうに俯いた。何だか、胸が締め付けられる。

「そこで何をしている!?」

 いきなり怒鳴り声が聞こえた。声の主の方を見ると、小柄で白髪を肩の辺りまで伸ばした白装束姿の老婆が仁王立ちで俺達を睨みつけていた。

「いや、その……」

 俺は瞬時に面倒な人に出会ったと思って取り繕おうとしたが、

「おばあちゃん、ごめんね。すぐ行くから」

 晴美さんが先に老婆に頭を下げて、俺をオフロード車へ押して歩き出した。

「ここは山神様の神聖なる場所ぞ! よこしまな男女がうろちょろする場ではない! 早々に立ち去れい!」

 老婆は今にも掴みかからんばかりの形相で俺達を追い立てた。

「はいはい、もう退散するわよ。ごめんね」

 晴美さんは俺を助手席に押し込めると、運転席へ回り込み、エンジンをかけるとバックで老婆から離れ、方向転換をすると、勢いよく走り去った。

「何ですか、あのおばあさんは?」

 俺はリアウィンドウの向こうでまだ何か騒ぎ立てている老婆を見て訊いた。

「山村キネという、一人暮らしのおばあちゃんです。十年前に息子さんを交通事故でくして以来、ずっとあんな感じなんです」

 晴美さんは溜息混じりに話してくれた。

「そうなんですか」

 つい樹里の口癖で応じてしまった。

「そのせいで、車を見かけると、突っかかってくるんです」

 晴美さんはハンドルを切りながら言った。

「なるほど」

 俺はその時、妙な感覚に囚われた。以前樹里達と行った同じ吾妻郡にある邪馬神村にも、山村キネという似た感じの老婆がいたのを思い出したのだ。しかも、その老婆は殺害されてしまったので、同一人物とは思えない。何かつながりがあるのだろうか? それとも全くの偶然だろうか?

 晴美さんの運転に慣れたのか、キネという老婆が気になったせいか、帰りは酸っぱいものは込み上げなかった。

「ありがとうございました」

 俺は晴美さんに礼を言って車を降りた。

「いえ。私も、左京さんとドライブができて嬉しかったです」

 晴美さんは微笑んで言うと、爆音を轟かせて役場の裏手へ走り去った。晴美さんの言葉に喜びを感じてしまった俺は、

(樹里、すまん。許してくれ)

 心の中で愛妻に詫びた。

「貴方が迷探偵の杉下左京先生ですか?」

 不意に背後から男に声をかけられた。しかも、「メイ」の響きにバカにされたようなものを感じたので、

「私立探偵の杉下左京です」

 振り返って睨みつけた。そこには黒地に白の三本線入りのジャージ上下を着た三十代くらいの男が立っていた。髪は天然パーマなのか、モジャモジャで、襟元まである。顔は不敵な笑みとでもいうのか、こちらが不愉快になる表情をしている。

「嬬恋村を挟んで反対側にある邪馬神村で起こった連続殺人事件をたまたま解決した探偵さんに出会えるとは、光栄です」

 そいつは更に嫌味を言ってきた。

「それはどうも。で、貴方はどなたですか?」

 俺はムッとして訊いた。名無しの権兵衛とか言うなよと思いながら。

「申し遅れました。私は平本幹次ひらもとかんじと言います。お見知り置きを」

 平本幹次と名乗ったその不遜な態度の男は、ニヤリとして会釈をすると、役場へ入って行った。

「左京さん!」

 そこへ龍子さんが現れた。そして、

「今の人、知っていますよね?」

 平本の背中を見た。

「え? 知りませんけど。一体誰なんですか?」

 俺は真顔で尋ねた。すると龍子さんは目を見開いて、

「ええ? ホントですか? あの男、二十年前に連続殺人事件を引き起こしたんですよ」

 俺はポカンと口を開けてしまった。

「それってまさか?」

 人の顔を忘れる名人五段の俺も、流石に思い出せた。

「そうです。少年Aとして、全国的に知られた所謂いわゆるサイコパス殺人犯です」

 龍子さんは身震いして俺に寄り添った。俺も龍子さんを押し返す余裕はなく、唖然として平本を見送っていた。

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