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山村キネの行方 11月4日 午後12時

 山村キネは山狩りまでしたのだが、どこにもいなかった。久しぶりに運動をした俺は、午後になるとヘロヘロになり、夕方には腰が痛くてリタイアした。

「先生は、身体が弱かったんですね」

 憐れむような目で七釜戸さんに言われた。

「面目ない……」

 俺は項垂れてそう言う事しかできなかった。年なのかな? でも、山狩りに参加していた中には、俺より年上の捜査員もいた。非常に情けなくなった。

 山村キネの行方はようとして知れず、翌日も捜索が行われたが、全く見つからなかった。

「左京さん、湿布をもらって来ましたから、貼りましょう」

 炊き出しから帰って来た龍子さんが、保健課からもらったというたくさんの湿布薬を持って元助役室でソファにうつ伏せになっている俺に告げた。

「すみません、お願いします」

 二日経っても身体が思うようにならない俺は、龍子さんに肩を借りて役場まで通っていた。来る必要があるのかとも思ったが、村長の家にずっといるのはやはり気が引けたのだ。敏美の事件にも後ろめたい気がするし、キネの捜索を途中リタイアしたのも、負い目に感じていた。

「え?」

 龍子さんは革ジャンの下に着ている長袖のTシャツを捲り上げただけで終わらず、ジーパンも下げて来た。おいおい、その下はトランクスだけだぞ!

「保健師さんの話だと、腿の裏にも貼った方がいいとの事だったので、失礼します」

 龍子さんは遠慮会釈なく、ジーパンをずり下げ、トランクスを剥き出しにした。恥ずかしい……。樹里にもそんな格好を見せた事はない。ああ、いや、以前、立てこもり犯に刺されて意識不明の重傷を負った時、下の世話をされた事があったか。

「更に失礼します」

 龍子さんはトランクスまで捲り上げ、まさに腿の付け根に向かって湿布を貼ってくれた。

「それから」

 今度はトランクスをずり下げ、半ケツ状態にされ、そこに二枚湿布を貼られた。

「はい、終わりましたよ」

 龍子さんが言った。

「ありがとうございました」

 俺は顔が火照るのを感じた。

「いいえ、どう致しまして」

 俺は顔を上げて龍子さんを見た。龍子さんも顔を赤らめていた。

「左京さんのお尻は二度目ですけど、可愛いお尻ですね」

 龍子さんは照れ隠しなのか、そんな事を言った。ああ、そう言えば、ある事件に巻き込まれた時、彼女の部屋で全裸で寝てしまった事があったっけ。嫌な事を思い出してしまった。

「失礼しました」

 俺も照れ隠しにそう応じた。


 捜査本部は、あまりにもキネが見つからないので、人員を減らした。敏美の事件に捜査員を多く割り当て、役場の職員や村民のボランティアの人達を多めにして、キネを捜す事にした。三日目になっても、キネの行方はわからなかった。

「犯人に殺されて、どこかに埋められているのではないか?」

 そんな事を言い出す捜査員もいたらしい。確かに、いくらキネが健脚だとしても、これほどまでに見つからないのは妙だ。殺されている可能性も考えるべきだろう。キネは犯人の協力者かも知れないが、いつ捜査本部に余計な事を言うかわからないのだ。


「捜査本部が騒がしくなりました」

 昼食を取りに行ってくれた龍子さんが言った。

「そうですか」

 午後になってソファに座れるようになった俺は、引きつり笑いをして応じた。役立たずが昼食を食べるのは平気だろうか? そこまで後ろ向きな考えに陥っていた。

「何かあったんでしょうか?」

 龍子さんは気になったのか、それとも俺の顔を見てそう思ったのか、元助役室を出て、様子を見に行った。あれ? 全然戻って来ないぞ。何があったんだ? 見に行きたいが、まだ立ち上がる自信がない。

「左京さん、大変です!」

 龍子さんが血相を変えて戻って来た。

「どうしたんですか?」

 俺は何とか立ちあがろうとしたが、

「キネさんが見つかりました! それも、家の中で遺体で!」

 龍子さんにそう言われて、ソファにドスンと戻ってしまった。

「えええ!?」

 キネが殺されていた? しかも、家の中で?

「どういう事ですか?」

 俺はソファに尻餅をついた衝撃で涙目になりながらも、尋ねた。

「捜索隊の一隊が、キネさんが家の中に隠れているのではないかと考えて、中を隈無く探して、天井裏で見つけたそうです」

 龍子さんは肩で息をしながら教えてくれた。

「最初にいなくなったとわかった時、そこまでは探さなかったんですか?」

 俺は疑問に思った事を言った。

「それはわからないですけど、遺体の腐乱状態から、敏美さんより先に殺されていた可能性があるそうです」

 龍子さんは「腐乱状態」で気持ち悪くなったのか、口を手で覆った。

「何ですって!?」

 俺は更に妙な事に気づいた。敏美より先に殺害されて、天井裏に隠されていたのだとしたら、どうしてキネがいない事に二日になって気づいたんだ? キネは遅くとも三十一日には殺されていたんだぞ。

「キネさんは一度家に篭ると、一週間くらい出て来ない事がよくあって、捜査員も不審に思っていなかったみたいです」

 龍子さんは口を手で覆ったままで言った。

「その捜査員は誰なんですか?」

 俺は多分あの人だと思いながら訊いた。龍子さんは溜息交じりに、

「水崎駐在です」

「やっぱり……」

 あの人、ヘマばかりだな。捜査一課からここへ希望して来たと聞いたけど、本当は左遷されたんじゃないか?

「鶴崎管理官は、水崎駐在を捜査から外す決断をしたそうですよ」

「そうですか」

 俺と龍子さんは互いに苦笑いするしかなかった。そりゃそうだろうなと。

「でも、よくそこまで聞き出せましたね」

 俺は龍子さんに感心した。すると龍子さんは、

「あの、事後承諾になってしまうのですが、璃里さんのお名前を拝借しました」

 申し訳なさそうに言った。

「ああ、そうでしたか……」

 後で謝っとかないとな。怒られるな、かなり……。

「鶴崎管理官、警察庁にいた事があって、璃里さんと面識があるらしいんです。それを早く言ってくださいと言われました。璃里さんは二期先輩だそうです」

 龍子さんは頭を掻いた。鶴崎管理官はもっと歳かと思ったが、案外若いんだな。まあ、璃里さんは飛び級の天才だから、鶴崎管理官は龍子さんより年上だろう。

「今、何を考えていたんですか?」

 そういう事には目敏めざとい龍子さんが詰め寄って来た。

「いや、あの……」

 俺は引きつり笑いをするしかない。

「鶴崎さんは私より三つ上です」

 龍子さんはそれだけ言うと、ぷいと顔を背けて、元助役室を出て行ってしまった。俺は項垂れたが、目の前の弁当を見て腹が鳴ったので、チビチビと食べた。鶴崎管理官は、俺の素性を知っていたのに、樹里や璃里さんの事は知らなかったみたいだな。まあ、当然か。樹里は一般人だし、璃里さんが警察庁を辞めて随分経つもんな。

「あ」

 すると、璃里さんから着信が入った。

「はい!」

 俺は畏まって応じた。

「どうしたんですか、左京さん?」

 璃里さんはまだ何も知らなかったようだ。

「左京さんに頼まれた事を伝えるために連絡したのですが、そんな事があったんですか」

 璃里さんは笑って許してくれた。

「あの、鶴崎さんには言わないでくださいね、私、全然覚えていなくて……」

 璃里さんがとんでもない事を言ったので、

「もちろん、言いませんよ」

 俺は苦笑いをした。多分、鶴崎さんは年下の先輩に強いインパクトを受けたのだろうが、璃里さんにしてみれば、鶴崎さんは数多くいる年上の後輩の一人でしかないのだから。気の毒で言えない。

「それで、頼まれていた事なのですが」

 璃里さんが本題に戻してくれた。

「平本が殺害した児童の親族、知り合い、全て探しましたが、見つかりませんでした。ご両親はすでに他界されており、親族もほとんど残っていませんでした。存命の方は皆、施設や自宅で介護状態でした」

「そうですか」

 完全に当てが外れてしまったか。一からやり直しだ。

「それから」

 璃里さんの口調が急に強くなった。

「はい?」

 俺は心拍数が上がるのを感じながら応じた。

「樹里にまだ連絡していないようですね? どういうつもりなんですか?」

 璃里さんの声に怒気を感じた俺は、

「すみません! すぐにかけます! 切らせていただきます!」

 すぐに通話を終えると、すぐに樹里に連絡をしたのだった。

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