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惨劇続く 11月2日 午前9時

 結局、田辺敏美は村長の家に来なかった。俺に対する嫌がらせだったのだろうか? だが、何のために? どうしてあのタイミングで? それに田辺家を訪問した時、敏美は俺に何かを話したそうだった。それを時頼が遮ったのだ。彼女はあの時点から、俺に何かを伝えたかったのかも知れない。しかし、昨夜、約束の時間になっても敏美は現れなかった。

「誰を待っていたんですか?」

 懲りずにまた龍子さんが訊いて来た。

「わかってますよ、答える必要はないんですよね」

 龍子さんは涙目で微笑むと、廊下を歩いて行ってしまった。やり過ぎたかな? 少しだけ反省した。

「役場に行きますけど、一緒にどうですか?」

 俺は龍子さんを追いかけて言った。

「いいんですか? 私はお邪魔では?」

 ムッとした顔で龍子さんが振り返った。

「邪魔なんかじゃないですよ、龍子さん」

 俺は自戒の念を込めて告げた。

「はい」

 龍子さんは嬉しそうに微笑んだ。好いてくれる女性を邪険にするのは間違いだ。つくづくそう思った。


 役場に着くと、捜査員達が大騒ぎ状態で出入りしているのが見えた。何があったんだ? 俺は車を駐車場の端に駐めると、正面玄関へと走った。

「左京さん、待ってくださいよ!」

 龍子さんが追いかけて来た。俺は玄関で七釜戸さんにぶつかりそうになった。

「何があったんですか?」

 七釜戸さんの右の二の腕を掴んで引き止めた。

「知らないんですか? 昨夜、田辺敏美さんが殺されたんですよ、山神神社で!」

「ええ!?」

 俺と龍子さんは異口同音に叫んだ。敏美が殺された? だから昨夜、村長の家に来られなかったのか? でもどうして?

「敏美さんはどんな殺され方をしたんですか?」

 俺は更に七釜戸さんに尋ねた。七釜戸さんは俺の手を振り払って、

「そこまでは知りませんよ! 忙しいので、これで」

 役場の奥へ走って行ってしまった。

「ああ、先生、来ましたか」

 深刻そうな顔をした村長が奥から歩いて来た。こんな時でも「先生攻撃」はするのか、タヌキ親父め!

「とうとう敏美まで殺されてしまった。晴美ちゃんは遺体の確認に行きましたよ」

 村長が水を向けてくれたので、俺はしめたとばかりに、

「じゃあ、発見は今朝なんですか?」

「ええ。交代で山を捜索していた水さんが県警の捜査員の人と見つけたそうです。一時間くらい前でしたかね」

 村長は思い出す仕草をした。

「水崎さんが? それで、敏美さんはどんな殺され方をしていたんですか?」

 俺は逃げようとしている村長に立ちはだかって訊いた。

「メスのような鋭利な刃物で首を切られた事による失血死だそうですよ」

 村長はそれでも俺から逃げようとした。

「メスのような鋭利な刃物?」

 俺は身震いした。俺のせいか? 俺が会おうとしたために、敏美は犯人に目をつけられ、殺されたのか?

「そのせいで、武さんが疑われて、事情を聞かれたみたいですが、犯行時刻の午後八時頃は、嬬恋村近くの肥料屋の奥さんが倒れたとかで、陽子ちゃんと一緒に診察に行ってたようで、疑いは晴れたみたいです」

「そうですか」

 俺は村長に立ち塞がるのをやめた。敏美は俺との約束の時間に殺されたのか。何て事だ。

「では、失礼」

 村長はこれ幸いとばかりに駆けて行った。どうしたものか。俺に電話があった事は、話さないといけないな。俺は捜査本部へ歩を進めた。

「何でしょうか?」

 入り口で伊達刑事に止められた。こいつ、富澤刑事がちょくちょく俺に会っていたので、完全に敵視しているな。

「敏美さんの事で話さなければならない事があるんです」

「ガイシャの事で?」

 伊達刑事はチラッと奥を見てから、

「ちょっと待っててください」

 捜査本部の管理官席へ行き、管理官と思しきスーツ姿の男と話を始めた。管理官らしき男は俺を見てから、伊達刑事に耳打ちした。伊達刑事は俺のところ戻って来て、

「管理官が話を聞くそうです」

 管理官のところまで通された。

「県警本部の鶴崎です」

 名は体を表すとはこの人の事を言うのだろう。鶴のように細い身体で、目が吊り上がっている。さぞかし陰険なのだろうと思うのは、偏見かな?

「私立探偵の杉下左京です」

 俺は名刺を差し出したが、受け取ってもらえなかった。仕方なく、革ジャンのポケットに押し込んだ。

「被害者の事で話さなければならない事があるとの事ですが、どのような事でしょうか?」

 長くなるからまあ座れと言いたそうに、パイプ椅子を勧めて来た。俺はそれに腰を下ろして、

「昨夜、村長の家に敏美さんから電話があり、会って話したいと言われました」

「被害者から電話があったのですか? それはまたどうしてです?」

 鶴崎管理官は向かいのパイプ椅子に座った。

「それはわかりません。それで、約束の午後八時になっても敏美さんは来ませんでした」

 俺が言うと、鶴崎さんは吊り目を更に吊り上げて、

「何故その時、捜査本部に連絡をくれなかったのですか? 少なくとも被害者は重要参考人でもあったのですよ?」

 詰め寄って来た。

「それは申し訳なかったと思っています。しかし、あの時点では、こんな事になるとは思ってもみなかったので……」

 俺は言い訳がましい事をつい口にしてしまった。

「貴方が一般の方でしたら、そうですねと言いますが、元警視庁の刑事だったのですよね? しかも、我が県では副署長も務めた方が思ってもみなかったではすまないでしょう!」

 鶴崎管理官は会議テーブルを右手で強めに叩いた。俺よりも伊達刑事がビクッとして、周囲にいた捜査員が一瞬動きを止めた。

「申し訳ありません」

 俺は頭を下げた。

「自分達の無能を棚に上げて、左京さんを責めるとは、どういう了見ですか!」

 龍子さんが止める捜査員を振り払って駆け寄って来た。

「貴女はどなたですか?」

 鶴崎管理官が龍子さんを睨んだ。「無能」呼ばわりされた捜査員達も殺気立った。しかし、龍子さんはそんな威圧感丸出しの刑事達をものともせずに、

「私は左京さんの弁護士の坂本龍子です。事情聴取ではなく、取り調べをしたいのであれば、私を通してください」

 スーツの襟に輝くバッジを見せた。ああ、ややこしくなりそうだ。

「まあ、いいでしょう。何かあったら、またお呼びしますので、お引き取りくださって結構です」

 鶴崎管理官は俺を一瞥して言った。

「わかりました。失礼します」

 俺はまだ管理官を睨んでいる龍子さんを宥めて、捜査本部を出た。


 俺は龍子さんと共に元助役室へ行った。

「お茶飲みますか?」

 上機嫌の龍子さんが言った。刑事達をやり込めたので、ニコニコしている。やっぱり、弁護士だな。

「はい、ありがとうございます」

 俺はソファに腰を下ろしながら応じた。それにしても、敏美はなぜ殺されたのだろうか? 管理官には言わなかったが、敏美は「二十五年前の事件で、まだ表沙汰になっていない事があるんです」と言っていた。それが原因だろうか? それは何だろう? 上村京子の事件で、何があったのだろうか? 敏美は何故昨日になってそんな事を言って来たのだろう? 謎だ。

「どうぞ」

 龍子さんがお茶をテーブルに置いてくれた。

「ありがとうございます」

 龍子さんは向かいのソファに座って、

「敏美さんが殺されたのは、左京さんのせいではありませんよ。あの無能な管理官、この事件が解決したら、何かの罪で訴えてやりましょう」

 まだ鶴崎管理官を許せないようだ。俺は苦笑いをして、

「いや、そんな事しなくていいですよ。確かに敏美さんが約束の時間に来なかった時、妙に思わなかったのは、私のミスですから」

 そこまで話して、ハッとした。何故犯人は敏美が俺と会う事を知ったのだろう? いや、そうではなく、偶然敏美が外に出ているのを見かけて、犯行に及んだのかも知れない。

「左京さん、優しいんですね。その優しさ、私にも分けて欲しいな」

 龍子さんが目を潤ませて言ったので、俺はビクッとしてしまった。

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