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左京、推理する 10月31日 午後1時

 俺はなす術なく、七釜戸さんの策略に乗り、出前を注文した。今回は龍子さんがいたので、それ程してやられた感はない。届いたラーメン半チャーハンセットを平らげると、龍子さんが食べ切れないと半分以上分けてくれたカツ丼を食べてしまった。

「左京さんの食べ残しをいただくようで、何だか、ドキドキします」

 龍子さんは嬉しそうに言って、最初に取り分けたカツ丼を食べた。別に俺の食べ残しじゃないんだけどな。龍子さんが俺に想いを寄せているのはわかっているが、何故なのかどうもよくわからない。確かに十五年以上前、俺はある事件に巻き込まれた龍子さんを結果的に助けた事がある。だが、それがきっかけとしたら、引きずり過ぎだ。だから俺は必要以上に邪険にする事がある。龍子さんにはもっとふさわしい男がいるはずだ。あの元同僚の平井蘭でさえ、エリート候補の平井拓司警部補と結婚できたんだからな。まあ、もう一人の元同僚のありさは加藤真澄というお互いハズレ同士で結婚したが。

「どうしたんですか、左京さん?」

 食べ終わった龍子さんが訊いて来た。どうやらぼんやりしていたようだ。

「ああ、いや、別に。ボーッとしていました」

 某キャラに叱られそうな事を言ってしまった。

「事件の事、何かわかったんですか?」

 龍子さんはどんぶりや皿を片づけてテーブルの端に置くと、俺の隣に座って来た。近いよ、龍子さん。焦ってしまう。

「何もわかっていません。だから、最初から考え直してみようと思っています」

 俺は苦笑いをして応じた。

「そうなんですか」

 明らかに妻の樹里を真似た口調で龍子さんが言ったが、俺は無視して話を進めた。

「まず、小野芳夫さんの事件。早朝、水崎駐在が村長の家に来て、村長と共に山神神社へ行き、小野さんが欅の木に吊り下げられているのを発見した」

 俺は確認するように龍子さんを見た。

「はい」

 龍子さんも俺を見て来た。だから、顔が近いって!

「む?」

 俺はそこまで話して、違和感の正体に気づいた。そうだ。あの時感じた事。だが、小野の遺体を見つけた時には、感じなかった。そういう事か。突然、霧が晴れたかのようにパズルのピースがはまっていくのを感じた。その仮説に従えば、何もかも理解できる。だが、一つの難題がある。何故知り得たのか、だ。もう一度、璃里さんに確かめてもらおう。

「どうしたんですか?」

 龍子さんが俺の顔を覗き込んで来た。

「わっ!」

 不意に顔を上げた俺は、危うく龍子さんの唇を奪ってしまうところだった。

「ご、ごめんなさい」

 龍子さんは顔を真っ赤にして謝った。

「いや、謝るのは俺の方です。すみません」

 俺も顔が火照るのを感じ、俯いた。

「あの、何かわかったのですか?」

 龍子さんは顔を両手で扇いで訊いて来た。俺は龍子さんを見て、

「ええ、ちょっと。でもまだ話せるようなものじゃないです」

「私にならいいじゃないですか。誰にも言いませんから」

 龍子さんは懲りずにまた顔を近づけて来た。

「ダメです。どこで聞かれているかわからないですから。まだ胸の内に収めたままにしておきます」

 俺は断固拒否した。

「ええ? それなら、耳打ちしてください」

 龍子さんは今度は右の耳を俺に近づけて来た。

「ダメですよ。貴女の身が危なくなる恐れがあります」

 ちょっと大袈裟に脅してみた。

「え?」

 龍子さんは案の定ビクッとして飛び退いた。俺は話題を逸らそうと思い、

「そして、次に田辺時頼さんが同じく山神神社で殺された。田辺さんは何故か土下座をした状態で後頭部を鈍器のようなもので殴られて死んだらしい。そして、現場近くを彷徨うろついていた石井恭次が確保された」

「でも、石井さんは犯行時刻、武上医院で治療を受けていて、アリバイがあったのですよね?」 

 龍子さんの顔が不機嫌になった。白巻陽子さんの事を思い出したのか? 本当に根に持つ人だな。

「そうでしたね。そして、石井自身が殺されてしまった」

 俺は顔を引きつらせて言い添えた。

「やっぱり、犯人は平本ではないですか?」

 龍子さんの平本犯人説はまだ健在のようだ。

「それはないと思いますよ。平本は感じの悪い男ですが、もう犯罪者のにおいはしませんから」

 元刑事の勘という雰囲気を出して、俺は龍子さんの説をねじ伏せた。

「そうですか」

 龍子さんはしょんぼりしてしまった。まあ、そろそろ諦めて欲しいかな、平本犯人説は。

「石井が殺された夜、水崎駐在のスクーターを追いかけて、白巻さんの家まで行きました。水崎さんが石井が白巻さんの家に来ていない事を確認して、更にその先へ行ったんですよね」

 俺は龍子さんの逆鱗に触れないように、陽子さんを名字で言った。

「白々しいですよ、左京さん」

 しかし、あっさりその魂胆を見破られ、半目で見られた。どの事件も、あの人の動向はわからない。だが、調べようもない。そして、事件がここで終わるのか、まだ続くのかもわからない。ちょっと息抜きに外に出ようか。俺はパイプ椅子から立ち上がった。

「どこへ行くんですか?」

 まるで浮気亭主みたいな言われ方で、龍子さんに呼び止められた。

「ええと、ちょっと気分転換に外へ」

 俺は苦笑いをして応じた。

「私も行きます」

 龍子さんも椅子から立ち上がった。

「そうですか」

 俺は溜息混じりに応じた。

「あ」

 廊下に出ると、村長室から武上先生と陽子さんが出て来るのが見えた。途端に龍子さんの闘気が上昇するのがわかった。

「こんにちは」

 武上先生はにこやかに挨拶して来た。

「こんにちは」

 陽子さんは俺が龍子さんと同じ部屋にいたのを見て、怪訝そうな顔で挨拶して来た。

「村長、まだ酒をやめられないようですね」

 武上先生は呆れ顔だ。陽子さんも苦笑いしている。

「何かあったんですか?」

 俺が尋ねると、

「血圧が上がって、眩暈がしたみたいで。往診ですよ」

 武上先生が言った。

「そうでしたか。葬儀とお通夜で、連チャンでしたからね」

 俺も苦笑いした。

「村長、酒はダメですよ」

 武上先生は村長室の中に言うと、ドアを閉じた。

「では、失礼します」

 武上先生と陽子さんは正面玄関へ歩いて行った。村長、大丈夫かな? 訊きたい事があるんだが。俺は躊躇ためらいながらも、ドアをノックした。

「どうぞ」

 意外にも元気そうな村長の声が応じた。俺は龍子さんと顔を見合わせてから、ドアを開いた。

「大丈夫なんですか? 眩暈がしたとか?」

 俺はそこで晴美さんがいるのに気づき、会釈をした。晴美さんは作り笑顔とはっきりわかるくらいの笑顔で応じてくれたが、すぐにお茶の支度を始めた。龍子さんは晴美さんを見ずに会釈をしていた。弁護士として大丈夫なのかと思った。

「大丈夫ですよ。晴美ちゃんが大袈裟なんですよ。ちょっとよろけただけなんですから」

 村長は大笑いしながら言ったが、晴美さんは、

「何を言ってるんですか! ほんの短い間でしたけど、意識が朦朧としていたんですよ!」

 村長を嗜めてから、

「どうぞ」

 ソファに座った俺達にお茶を出してくれた。

「どうも」

 俺と龍子さんは会釈して応じた。

「さて、何ですかな? 平本の件ですか?」

 村長は晴美さんを気にしながら言った。俺は首を横に振って、

「いえ、違います。武上先生と白巻陽子さんの事で、お訊きしたい事があります」

 すると、村長と晴美さんがほぼ同時にピクンとしたのがわかった。何だ?

「武さんと陽子ちゃんの事、ですか」

 村長は頭を掻き出した。何だ? 何かあるのか?

「はい。お二人は一緒にこの村に来られたのですか?」

 俺は晴美さんをチラッと見てから尋ねた。勘違いしたのか、龍子さんが俺を睨んで来た。

「ええ、そうですよ。五年前にね」

 村長は言ってから、

「そうだったよね、晴美ちゃん?」

 晴美さんにいきなり振った。晴美さんは苦笑いをして、

「私、五年前はまだここで働いていませんから、そういう経緯はわかりません」

「ああ、そうだっけ」

 村長はヘラヘラしながら、

「五年前まで、ミス山神村は晴美ちゃんが独占していたんですが、陽子ちゃんが来てから、ちょっと様子が変わりましてね。それで、晴美ちゃんと陽子ちゃんはバチバチの仲なんですよ」

 とんでもない事を言い出した。セクハラで訴えられるぞ、阿呆村長!

「違います! そんな事ありません! 陽子さんとは仲がいいですから!」

 晴美さんは顔を赤らめて、村長に抗議した。

「本当に違いますからね、左京さん。村長さんの話なんか、信じないでくださいね!」

 晴美さんにしては随分感情的になって言い訳しているので、もしかして、ある程度は何かあるのかと思ってしまったが、

「はい、そんな話、信じませんよ」

 好感度のために晴美さんに同調した。龍子さんが呆れているのがわかったが。

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