左京、問い質す 10月31日 午前11時
俺は幾分強めに村長室のドアをノックした。
「どうぞ」
応えたのは晴美さんの声だった。俺はドアノブを回して中に入った。
「どうしましたか、左京さん?」
晴美さんは明らかに怪訝そうな顔で俺を見ている。ノックがあまりにも荒々しかったからだろう。
「おや、坂本先生は一緒ではないのですか?」
相変わらず人を食った言い方で、村長が尋ねてきた。俺は晴美さんに小さく会釈すると、大股で村長の机の前まで歩いた。
「村長、貴方は重大な事を私に隠していましたね?」
俺は両手で机を叩いて村長に詰め寄った。
「ちょっと、左京さん、いきなり何ですか? 失礼ですよ!」
晴美さんが言って近づいて来たが、俺はそれを無視して、
「貴方はあの平本幹次の遠い親戚だったのを隠していた。間違いありませんね?」
晴美さんは「平本幹次」の名を聞き、立ち止まった。
「何の事ですか? 平本と遠い親戚? さっぱり訳がわかりません」
村長はヘラヘラしながら俺を見ている。俺は机を回り込んで村長の襟首を掴み、
「惚けないでください。私には、警察庁に顔が利く義理の姉がいるんです。その義理の姉に頼んで、平本の事を調べてもらいました。そして、貴方が、平本の祖父の兄弟だという事がわかっています。正直に話してください」
「そこまでご存じなんですか。話しますので、放してください」
村長はそれでもヘラヘラした顔で言った。俺はイラッとしたが、仕方なく手を放した。
「晴美ちゃん、悪いが、席を外してくれるかな?」
村長は乱れた襟を直しながら晴美さんを見た。
「わかりました」
晴美さんは目を見開いたままで応じると、村長室を出て行った。
「まあ、おかけください」
村長は俺にソファを勧めて、自分もソファに移動した。俺は村長が座るのを見てから、向かいに腰を下ろした。
「隠すつもりはなかったんですよ。只単に言いそびれてしまっただけです」
村長は真顔で言った。嘘は吐いていないようだが、まだ何か隠している気がする。
「まあ、いいでしょう。平本をこの村に呼んだのは貴方ですね?」
俺は回りくどいにが嫌いなので、ズバッと直球勝負に出た。
「違います。幹次が来た時、私は奴が親戚だとは思わなかったんです。何しろ、平本の姓を捨てて、半世紀経っていましたからね」
「では何故、平本はこの村に来たんですか?」
俺は身を乗り出した。しかし村長は、
「それはわかりません。奴が来てから、私と旧姓が同じだったので、気になって確かめたら、私の兄弟の孫だとわかったんです。ですから、私が幹次を呼んだのではありません。親戚に当たるのを知ったのは、奴が村に移住してからなんです」
「なるほど」
俺は納得し難かったが、兄弟の孫で、しかも地元を離れているのだとしたら、同じ名字でも親戚とは思わないだろうからな。
「では、親戚だとわかった後、平本にこの村に来た理由を訊きましたか?」
俺はソファに座り直して訊いた。村長は苦笑いをして、
「いや、訊いてません。そうしようと思ったら、山神神社の鳥居が折られる事件が起こったので、それどころではなくなってしまいました」
俺は村長の答えに溜息が出てしまった。
「先生が来てくださって、ホッとしたのも束の間、今度は芳夫が殺され、時頼が殺され、恭次まで殺されてしまったので、幹次と話す暇がなかったんです」
俺はその時、龍子さんから聞いた話を思い出した。
「おかしいですね。坂本先生から聞いた話だと、メールで平本の身辺調査を頼まれたという事でしたが?」
俺は村長の顔をジッと見た。村長は顔を引きつらせて、
「あれ? そうでしたかな? 話が前後してしまったようで。とにかく、私は先生に何の悪意もありませんので、それだけは信じてください」
最終的には拝んで来られてしまった。俺はまた溜息を吐き、
「隠し事はやめてくださいね。こっちも真剣に調査しているんですから」
「わかりました。もう何も隠したりしませんから」
村長はまたヘラヘラし始めた。信用できないな。気をつけるしかないようだ。俺は会釈をして、村長室を出た。
「左京さん、一人でいると怖いです!」
助役室から龍子さんが飛び出してきた。
「そうですか?」
俺は微笑んで応じたのだが、
「部屋の中に飾られている歴代の助役の写真が全部私の方を見ているように見えて、不気味なんですよお」
龍子さんは涙ぐんで訴えて来た。
「それは気分が悪いですね。布を借りて、かけてもらいましょうか?」
俺が提案すると、
「それはそれで、祟られそうで嫌です」
龍子さんは身震いをした。確かにそうだな。
「取り敢えず、役場の中にいれば心配ないでしょう」
俺は怯える龍子さんを宥めた。
「でも、あの男がうろついているんですよ。一緒にいたいです」
龍子さんは俺にしがみついて来た。ああ、そうか。平本が時々役場の中を歩いているんだよな。奴は昔のように危険ではないと思うのだが、龍子さんは相当怖がっているからな。只、平本の態度は気に入らない。前にも思ったが、どうしてあいつは俺に嫌味ばかり言うのだろうか? 血筋か? 平本の大叔父にあたる村長は何度言っても「先生攻撃」をやめてくれないし。
「わかりました。私から離れないでください」
俺は面倒臭くなったので、龍子さんの願いを聞き入れた。もう誰が何を言おうと関係ない。彼女の身に何かあったら、彼女のご両親に申し訳ないし、晴美さんや七釜戸さんがどう思おうと気にしない事にした。
「はい」
龍子さんは嬉しそうに腕を組んできた。
「いや、そういう意味ではないですから」
俺はやんわりと彼女の腕を振り解いた。
「あら、仲がよろしい事で」
そこへ村長室に戻って来た晴美さんに出くわした。
「ハハハ」
俺は笑ってやり過ごした。晴美さんはそのまま村長室へ入って行ってしまった。
「あの人、絶対に左京さんに気があるんですよ。私との仲を妬いているんです」
龍子さんは村長室のドアを睨みつけていた。
「いや、それはないでしょう」
これ以上は個人情報なので、言わない事にした。
「え? どうしてですか?」
龍子さんが突っ込んで来たが、俺は無視して捜査本部の方へ歩き出した。
「左京さん、無視しないでくださいよ!」
龍子さんが小走りで追って来たのだが、前から平本が歩いてくるのに気づくと、俺の背後に隠れた。
「いいんですか、既婚者が?」
平本はニヤリとして俺を見ると、俺の返事を待たずに歩き去った。
「やっぱり怖いです」
龍子さんは平本の後ろ姿を見て呟いた。
「大丈夫ですよ。あいつは何もしないですから」
俺は龍子さんの右肩を軽く叩くと、捜査本部を覗き込んだ。相変わらず、皆忙しく動き回っている。富澤刑事は俺に気づいたが、伊達刑事に睨まれ、書類の整理を始めた。これはダメだなと思い、踵を返して助役室へ戻った。
「ね? 気味悪いでしょ?」
入るなり龍子さんが言った。確かに壁にかけられている写真は皆こちらを見ているように思えた。白黒写真なのが、より気味悪さを増している。
「ふう」
俺は溜息を吐いてソファに腰を下ろした。
「お茶でも淹れましょうか?」
龍子さんがワゴンに載っているポットと急須に近づいた。
「ありがとうございます。お願いします」
俺は龍子さんに礼を言ってから、思索に耽った。
小野芳夫の事件、田辺時頼の事件、石井恭次の事件。小野と時頼は上村京子の事件で繋がるが、石井は事件の時、まだ十代だった。そして、時頼と石井は時頼の妻敏美で繋がる。石井は敏美の弟だ。だが、それだけの事。璃里さんのおかげで、上村京子の夫の松雄は事件の一年後に自殺しており、唯一の肉親の松雄の兄も五年前に亡くなっている。上村京子関係の事件の可能性はなくなったかに思えた。だが、何かが引っかかっている。それは恐らく、二人の娘の存在だ。未だに生死不明のままなのだ。もしかして、娘が復讐を? だが、どうやってその事実を知ったんだ? 父親は一年後に自殺したんだぞ。松雄の兄も事件の事を知っていたかどうかわからない。いや、知らなかったのだろう。だからこそ、今まで明るみに出なかったのだ。ダメだ。五里霧中とはこの事だと思った。