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慌ただしい捜査本部 10月31日 午前10時

 翌日、村長に言われた通り、俺は村長室の隣にある助役室(現在助役はいない)へ行った。

「左京さん、許してくださいよ」

 後ろから龍子さんが走ってくる。昨日の悪ノリをずっと詫びているのだが、別に俺はその事で龍子さんを邪険にしている訳ではない。危険だと思っているからだ。この事件の犯人は多分同一犯だ。しかも、殺人に関して、全く躊躇がない。容赦なく殺している感じがする。無差別殺人とは断じて思っていないが、邪魔だと判断すれば、誰でも殺してしまう奴のような気がするのだ。

「龍子さん、そんな悠長な事ではないんですよ。とにかく、この村を出てください。危険です」

 俺は真顔で龍子さんに告げた。

「嫌です。私も弁護士です。多少の危険は覚悟の上で、左京さんと行動を共にしていこうと決心したんです。出ていきません!」

 龍子さんは頑として聞き入れようとしない。俺は溜息を吐いて、

「だったら、この部屋にいてください。あまり私と一緒にいない方がいい。いいですね?」

 龍子さんの両肩を両手で掴んだ。

「はい」

 何故か龍子さんは顔を赤らめて俯いた。あれ? また妙な誤解をさせたのか? 龍子さんは元助役室に入って行った。俺はまた溜息を吐くと、踵を返して捜査本部の方へ歩き出した。人数が増えたにも関わらず、捜査員達は忙しそうに駆け回っている。富澤刑事の姿はなく、会議室にも誰もいなかった。

「県警本部から捜査員が来て、長野原署は大騒ぎみたいですよ。署長も来るようです」

 奥から現れた七釜戸さんが言った。

「そうでしょうね。三人も殺されたんだから、そうなるでしょう」

 捜査本部はこのまま役場に置かれ、長野原署の幹部達が詰めるらしい。連続殺人事件なのか、それぞれ犯人が違うのかもわからない状態なので、捜査員がいくらいても手が足りないようだ。

「水崎さんも手伝いではなくて、捜査本部の捜査員として動いているみたいです」

 七釜戸さんが言ったので、

「え? そうなんですか?」

 俺は意外に思って七釜戸さんを見た。

「水崎さんは、元々県警本部の捜査一課にいた人なんですよ。何か失態をしでかした訳ではないそうなんですが、駐在所勤務を希望して、山神村に来たんです」

 七釜戸さんは捜査本部にひっきりなしに出入りしている捜査員達を見ながら言った。どこかの刑事ドラマみたいな話だな。

「七釜戸さんは、平本の事はご存じなんですか?」

 俺は気になったので尋ねてみた。七釜戸さんは目を見開いて、

「もちろん知っていますよ。総務課はそういうところですから。何です、いきなり?」

 俺は七釜戸さんのリアクションの大きさに苦笑いをして、

「捜査本部の人達は、その事を知っているのかなと思いましてね」

「犯人は平本さんだっていうんですか?」

 七釜戸さんが詰め寄ってきた。

「いや、そんなつもりはないですよ。警察っていうのは、全てを想定して動くものですから、平本の事を知っていれば、当然捜査対象にするのではないかと思っただけです」

「確かに平本さんは疑われても仕方がないかも知れませんが、もう二十年も前の話ですよ。捜査本部の人達も、平本さんの事は知っていますが、重要参考人だとは思っていないみたいです」

 七釜戸さんはチラッと捜査本部の方を見た。

「そうですか」

 捜査本部は平本の犯行とは考えていない。今回の殺人は、サイコパスが起こしたようなものでないと考えているのか? だとすると、複数犯による別々の事件だと? いや、そうでもない。点のように見えても、山村キネによって線で結ばれている可能性もあるからだ。そして、犯人を目撃した、あるいは協力者かも知れない石井恭次が殺されている。無関係のようでそうでもない。少なくとも、小野と田辺時頼の事件は関連性があるはずだ。

「じゃあ、私はこれで」

 七釜戸さんは正面玄関から外へ出て行った。それにしても、手詰まりだ。何も進展しない。どうしたものか。その時、スマホが鳴っているのに気づいた。革ジャンのポケットから取り出すと、お義姉さんと表示されていた。え? 璃里さん? ああ、そうか、平本の事を頼んだんだっけ。忘れてしまうとは、年のせいかな。

「はい、左京です」

 俺はできるだけ快活に返事をした。

「どうしたんですか、左京さん? 随分嬉しそうですね? 坂本先生と仲良くしているのですか?」

 まさか、璃里さんにそんな皮肉を言われるとは思わなかったので、

「いや、仲良くはしていませんから、心配しないでください」

 妻の樹里に告げ口されると思い、慌ててしまった。

「冗談ですよ。樹里が心配していたので、電話をしてあげてください。私にばかり連絡をしていると、樹里に嫉妬されますから」

「え、そうなんですか?」

 樹里が嫉妬? そういう感情をどこかに置いて生まれてきたのではないかと思うくらい穏やかな性格の樹里だが、ヤキモチは焼くのか? しかも、璃里さんに? 何だか、可愛く思えた。

「そうですよ。樹里だって、女なんですから、自分の夫が全然気にかけてくれないと思ったら、悲しくなりますよ」

「はい、わかりました」

 璃里さんの声はいくらか説教じみて聞こえた。

「それで、頼まれた件ですが」

 璃里さんの声のトーンが変わった。俺は生唾を呑み込んだ。

「平本幹次が何故山神村へ移住したのかは、わかりませんでした」

 俺はがっかりした。警察庁の人間を顎で使えると言われている璃里さんをもってしても、平本の事はわからなかった。

「平本が殺人を犯したのは、十歳の時ですから、記録がほとんど残っていません。その上、平本は少年刑務所に入った訳ではないので、治療を終えてからの追跡調査はされていないのです。残念ながら、その程度しかわかりませんでした」

「そうですか。どうもありがとうございました」

 俺は露骨に失望しているのを悟られないように気をつけて話した。

「左京さん、私がそれだけしか調べずに連絡したと思っているのですか?」

 璃里さんはもしかすると今、ドヤ顔をしているのかも知れない。

「他に何かわかったのですか?」

 俺はスマホを握り直した。

「もちろんです。警察庁を舐めないでくださいね」

「はい、そんなつもりはありません」

 俺は居住まいを正した。

「平本本人の事はほとんどわかりませんでしたが、彼の両親の事はわかりました」

「平本の両親の事、ですか?」

 俺は眉をひそめた。

「平本の両親は、どちらも群馬県出身でした」

「群馬出身ですか。それで、親戚はいないんですか?」

 俺は僅かな希望を抱いたのだが、

「いえ、親戚はいません。両親はどちらにも兄弟姉妹はいず、平本の祖父母にあたる人達もすでに亡くなっていました」

「そうですか」

 俺はつい失望感丸出して応じてしまった。

「但し」

 璃里さんは更に続けた。

「戸籍を調べてみると、平本の父方の祖父母の兄弟の一人が、吾妻郡嬬恋村で生まれているのがわかりました」

「嬬恋村? 山神村の隣ですね」

 俺は急に鼓動が速くなるのを感じた。

「はい。その人は成人して婚姻する時、山神村に本籍を移し、住所も山神村に移しました」

「そ、そうですか? それで、その人の名前は?」

 俺はスマホを強く握りしめていた。璃里さんは一呼吸置いてから、

「その人の名は、村尾洋次郎。山神村の現村長です」

 俺はまさに脳天をハンマーでガツンと殴られた気がした。

「平本の父方の祖父母の兄弟って事は、祖母の方なんですか?」

 父方だとすれば、名字が違うのは妙だからだ。しかし、璃里さんは、

「いいえ、祖父の方です。村尾さんは、婚姻する時に所謂いわゆる婿養子に入ったので、名字が変わったのです」

 意外な展開を話してくれた。

「だとしたら、村長が平本を呼んだ可能性がありますね?」

 俺はすっかり興奮していた。

「可能性はありますが、そうと決まった訳ではないですよ、左京さん」

 璃里さんにたしなめられてしまった。いずれにしても、あのタヌキ親父が俺を欺いていたのは確かだ。

「もちろんです。決めつけてかかってはいません。ありがとうございました、お義姉さん」

 俺は璃里さんに丁重にお礼を言い、通話を終えた。これは大変だ。根底から考え直さないといけない。俺がここへ呼ばれたのも、村長の一存だ。タヌキ親父め、何を企んでいるんだ? 忙しくなりそうだ。

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