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左京、追い出される? 10月30日 午後5時

「何でしょうか?」

 俺は捜査本部の聴取を終えて帰ろうとしていた晴美さんを呼び止めた。背後霊のようにまとわりついている龍子さんを伴ったままだったが。ずっと待っていた捜査員達がいつの間にか戻っていたのを知ったからだ。

「すみません、お忙しいのに。少しだけ、お話をお聞きしたいのですが」

 俺はこれ以上ないくらい申し訳なさそうな顔で告げた。しかし、晴美さんは、

「申し訳ないのですが、本当に忙しいんです。それに刑事さんから、左京さんとは話さないように言われたので」

 晴美さんはそのまま役場を出て行ってしまった。

「怪しいですね、あの人」

 龍子さんは黒縁眼鏡を右手の人差し指で上げながら呟いた。あんたは若い女性全員が怪しく見えるんだろうとは絶対に言えない。

「左京さんとは話さないでって、どういう事ですかね?」

 俯いた俺の顔を龍子さんが覗き込んで来た。俺は龍子さんの視線から逃れるために歩き出した。

「さあ、どういう事なんでしょうね」

 捜査本部にまで邪険にされ出したか。悔しくて涙が出そうだ。さっきも富澤刑事に目を逸らされたんだよ。お前から懐いて来て、県警本部から捜一が来た途端に手の平返しやがって! ムカつくな。こうなったら、俺も権力使うぞ。璃里さんに連絡しよう。

「よし」

 大股で歩き、龍子さんを突き放す。役場からではなく、電波状態の良い今なら、スマホから璃里さんに連絡できる。璃里さんは、

「私は今でも、杉下左京探偵事務所の所員のつもりですから、何でも頼んでください」

 そう言ってくれたんだ。お願いすれば、力になってくれるはず。

「あれ?」

 ところが、璃里さんは出てくれなかった。絶望感が俺の頭を支配し始めた。神は我を見放したのか? 項垂れて、会議室に戻ろうとすると、

「ああ、そこは使わないでください。捜査本部が手狭になって来たので、長野原署の刑事課が使うんです」

 同志だと思っていた七釜戸さんに言われた。

「え?」

 会議室にあった私物を手渡され、俺は呆然として廊下に佇んだ。どういう事だ? もしかして、お払い箱か? 焦った俺は、村長室へと走った。

「ああ、先生、どうしましたか?」

 村長はいつものスーツに着替えており、帰り支度をしていた。

「先生はやめてください」

 俺はそれでもお決まりの台詞を言った。そして、

「私はもうお役御免ですか? 会議室を追い出されましたよ」

 村長に詰め寄った。

「ああ、そうですか。だったら、この隣の部屋を使ってください。もともと、助役が使っていたのですが、長い間、空席になっていて、空き部屋なんですよ」

 村長はあっけらかんとした顔で言った。

「はあ?」

 俺は拍子抜けした。

「私はもう帰りますけど、先生はどうしますか?」

 村長はドアに近づきながら俺を見た。

「私も帰ります」

 憤然として村長を追いかけ、村長室を出た。

「左京さん!」

 そこへ龍子さんが泣きそうな顔で現れた。

「私達、追い出されるんですか?」

 龍子さんも同じ事を考えたらしい。

「心配要りませんよ。明日からは、この隣の部屋を使いますから」

 ついそんな事を言ってしまった。ああ、これでは龍子さんを歓迎しているみたいだ。しくじったな。

「そうなんですか」

 龍子さんは笑顔全開で妻の樹里の口癖で応じた。ますます樹里に申し訳なくなった。

「じゃあ、帰りましょう、左京さん」

 龍子さんは上機嫌で俺と腕を組むと、村長を追い越して廊下を進み始めた。

「仲がよろしいですな」

 後ろから村長の声が聞こえた。俺は深い溜息を吐いた。捜査本部の前を通ると、確かに大人数がいた。最初の頃と比べると、十倍くらいになっている。県警本部が動くと、事件の扱いが全然違うな。流石に三人も殺されて、人手がないとは言っていられないのだろう。俺がのぞいているのに気づいた伊達刑事が不機嫌そうな顔でドアを閉じてしまった。あの人とは一度も話していないな。

「あ」

 その時、スマホが振動しているのに気づいた。ポケットから取り出してみると、璃里さんからだった。

「ああ、すみません、お義姉さん」

 俺はまとわりついてくる龍子さんを振り払って正面玄関を出ると、車へ向かいながら通話を開始した。

「こちらこそ、気づかずにごめんなさい、左京さん。どうしましたか?」

 璃里さんの澄んだ声が聞こえた。ああ、癒される。あ、樹里、すまん。そういうつもりではないんだ。心の中で妻に詫びた。

「ちょっと、手詰まりになってしまいまして……」

 俺はこれまでの事をかいつまんで璃里さんに話した。

「なるほど。わかりました。警察庁を通じて、左京さんに捜査協力をお願いしましょうか?」

 璃里さんがとんでもない権力を使おうとしているのを聞き、

「いや、そこまでしてもらわなくても……。すみません、愚痴が過ぎました」

 慌てて止めた。そして、

「もしお願いできるのであれば、平本幹次の事を調べて欲しいのですが?」

「平本幹次? ああ、小学四年で殺人を犯した男ですね?」

 璃里さんはやはり知っていた。元警察庁のエリートだ。素晴らしい。

「はい。その平本が、どうして群馬県の片田舎にある山神村に来たのか、それまではどこでどうしていたのか?」

「わかりました。すぐに調べてもらいます。明日には報告できると思います」

 璃里さんは何故か嬉しそうだ。

「ここのところ、代わり映えのしない日々だったので、何だか気力が湧いてきます。人に頼りにされるのって、いいですね」

「そ、そうですか」

 申し訳ないが、俺は少し引いてしまった。

「よろしくお願いします」

 龍子さんが半目で見ているので、俺は早々に通話を切り上げると、車に乗り込んだ。

「村長さんは公用車で行っちゃいましたよ」

 龍子さんは口を尖らせた。

「あの人に同乗されると、車が傾くからちょうどいいですよ」

 俺は何の気なしに言ったのだが、

「そうですね。二人きりの方が私もいいです」

 龍子さんがにこやかに言ったので、また、しまったと思った。

「平本の事が気になるんですか?」

 動き出した車の中で、龍子さんが口を開いた。

「ええ」

 俺は前を向いたままで応じた。

「どうしてですか?」

 龍子さんも前を向いたままだ。

「何となく、です」

「何となく、ですか?」

 龍子さんが俺を見た。

「タイミングが良過ぎる。それもありますけどね。それと、村長が上村京子の事件を話してくれたのも、平本の事と関係があるのかなとも思って」

「ああ」

 龍子さんはまた前を向いた。しばらく沈黙が続き、

「着きましたよ、左京さん」

 俺は危うく村長の家を通り過ぎてしまうところだった。

「左京さん、もうやめますか? 殺人事件は左京さんの領分じゃない気がします」

 車を降りて玄関へ向かう途中、急に龍子さんが言った。

「途中で放り出したら、成功報酬をふいにします」

 俺は冗談で言ったのだが、

「成功報酬は私が立て替えますから、もうやめにしましょう」

 龍子さんは涙ぐんでいる。俺はドキッとて立ち止まり、龍子さんを見た。

「左京さん、こんを詰め過ぎですよ。そこまでしなければならない事なんですか?」

 龍子さんが涙に濡れた目で俺を見て来る。俺は玄関に向き直って、

「今でも刑事なんですよ。上村京子の無念を晴らしたい。それだけです。別に自分を見失っちゃいませんから、安心してください」

 歩き出した。

「左京さん……」

 龍子さんが腕を組んで来たが、俺は振り払わずに玄関を入った。

「相変わらず、仲がよろしいですな」

 タイミング悪く、村長に見られた。

「ええ、そうですとも」

 しかも輪をかけて龍子さんが悪乗りしてくる。

「夕飯、もう食えますか?」

 俺は容赦なく龍子さんを振り払うと、お手伝いさんがいる台所へと廊下を進んだ。

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