左京、現場を見に行く 10月25日 午後1時30分
村長と晴美さんとの話を終えた俺は、村長室を出たところで、先程役場まで案内してくれた七釜戸さんに再会した。
(この二人、付き合ってるのか?)
七釜戸さんと晴美さんがアイコンタクトを取ったのを見逃さなかった俺は、下世話な事を考えてしまった。
「杉下先生、昼食の用意がしてありますので、会議室へどうぞ」
七釜戸さんは晴美さんがいるからなのか、爽やかな笑顔で告げた。それは勘繰り過ぎか?
「ありがとうございます」
俺は七釜戸さんに負けない爽やかな笑顔を浮かべたつもりだったが、何故か晴美さんにクスッと笑われてしまった。
「では左京さん、失礼します」
晴美さんは笑いを噛み殺しながら、俺とは別方向へと歩いて行った。
決して期待した訳ではない。しかし、ある程度はいいものを用意してくれていると思っていた。しかし、七釜戸さんに連れて行かれた会議室は、想像より狭く、しかも、ここ最近使われた様子がないのがわかる程、埃っぽかった。その上、薄汚れた長テーブルに置かれていたのは、コンビニのおにぎり二個と、ペットボトルのお茶だけだった。ペットボトルは500mlではなく、280mlのものだ。口の中が乾き易い奴なら、おにぎりを喉に詰まらせそうな分量だ。
「村長は会食に出かけますので、戻りは三時頃になります。ごゆっくりどうぞ」
七釜戸さんも、俺の昼食があまりにも見窄らしいのに気づいているようで、
「申し訳ないです」
小さな声で謝罪すると、会議室のドアを閉じようとした。俺はすかさず、
「あの、この後、現場に案内してもらえますか?」
七釜戸さんを呼び止めた。七釜戸さんは苦笑いをして、
「それは、村長にお話しください」
会釈をすると、ドアを閉じた。
「はあ……」
俺は力が抜けてしまい、一つだけあったパイプ椅子に腰を下ろした。
(何だよ、この待遇は。報酬の百万円も怪しいな)
村の財政があまり良くないと思った俺は、最終的には報酬をケチられる可能性を想像した。
「あ……」
朝食が早かったため、腹が鳴った。
「ちっ……」
俺は舌打ちして、おにぎりを掴むと、包装を剥がして海苔を巻き、むしゃぶりついた。
「くそ、うめえ……」
悔しい事に食べたおにぎりは大好物の鮭が具だったので、空腹も手伝って美味だった。もう一つはおかかで、これも美味かった。涙が出そうになった。お茶は十分過ぎる程の量で、飲み終わるとゲップが出てしまった。
「これはと……」
俺は包装紙とペットボトルを捨てるゴミ箱を探したが、会議室の中にはそんなものは見当たらなかった。全然使われた様子がない部屋にゴミ箱は不要だろう。俺は立ち上がって、ドアに近づいた。
「あっ!」
ドアを開けようとした瞬間、晴美さんが先に開いて入って来かけた。
「あ、すみません!」
晴美さんは俺にぶつかりそうになったのを後退ってかわした。
「あの、これはどこに捨てたら?」
俺はペットボトルとおにぎりの包装紙を掲げて尋ねた。
「ああ、それなら私が捨てておきます」
晴美さんはスッと俺から包装紙とペットボトルを奪うように取った。
「この村のゴミの分別は細かいので」
晴美さんは俺が呆然としているのに気づいたのか、そう言った。そして、
「そうだ、左京さん、現場に行きたいのですか?」
ゴミを後ろ手に隠した。
「ああ、そうです。七釜戸さんに言ったら、村長に話してくださいって言われました」
俺は晴美さんがどんな反応をするのか、つい観察しようとした。樹里、すまない。決してそういうつもりではないんだ。
「七釜戸さんて、村長に何でも雑用を言いつけられるので、取り継ぐのが嫌なんだと思います」
晴美さんは肩をすくめた。あれ? 付き合っている相手の事をそんなふうに言うものかな?
「そうなんですか」
つい、樹里の口癖で応じてしまった。
「私がご案内しましょうか?」
晴美さんから思わぬ提案をされた。
「いや、それでは晴美さんに申し訳ないです。それに七釜戸さんにも……」
俺は恐縮して言ったつもりだったが、
「全然気にしないでください。私は村長の秘書ですから、左京さんのお世話をするのは当然です」
晴美さんは微笑んで言ってくれた。
「七釜戸さんにもって、どういう事ですか?」
晴美さんは小首を傾げた。うん? この子、結構天然なのか? 仕草が樹里に似ているところがある。
「いや、別に何でもないです。お気になさらず……」
どうやら、俺が見当違いの勘繰りをしていたようなので、笑って誤魔化した。
こうして、俺は晴美さんの案内で山神神社へ行く事になった。途中、晴美さんは廊下に設置されているゴミ箱に包装紙とペットボトルを分別して捨てた。包装紙とペットボトルのキャップとペットボトルに分別し、ペットボトルは中を水洗いまでした。その上、専用の圧縮機のようなものでペットボトルを潰すと、ボトル側に残っていたキャップの一部を外して、キャップだけのゴミ箱に捨てていた。この村は、予算の配分がおかしいと思った。
「私の車で行きましょう。神社への道は轍が深いので、左京さんの車だと下を擦ってしまいますから」
晴美さんは車を取りに行くため、通用口から出て行った。俺はそのまま、正面玄関を出た。
「バカァッ!」
そこには坂本龍子弁護士が泣きながら待っており、いきなり抱きついてきた。
「わわ、坂本先生!」
ちょうど出かけるところだった村長達に目撃された。その上、車を回して来た晴美さんにも。俺は何とか龍子さんを押し退けた。
「どうしたんですか、先生?」
何故龍子さんがここにいるのかわからず、泣きじゃくる彼女に尋ねた。どうやら、山神村が圏外なので、俺に何かあったと思って来たらしい。
「あの、そちらの方は?」
晴美さんが怪訝そうな顔で訊いてきた。俺は顔を引きつらせて、
「ああ、この人は俺の仕事を世話してくれている弁護士の坂本龍子先生です」
紹介した。晴美さんはにこやかだが、龍子さんは涙を拭いながら、晴美さんを睨みつけると、
「左京さん、この人、誰ですか?」
警戒心剥き出しの顔で言った。俺は項垂れそうになった。