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葬儀の後で 10月30日 午後3時

 すっかり忘れていたのだが、午後一時から田辺時頼の葬儀が行われたようだ。俺は出席しようと思ったのだが、敏美と時生に猛反対されたらしい。村長からこっそり教えられ、人知れず落ち込んだ。どうして反対されたのか、理由がわからなかったからだ。晴美さんは反対していなかったらしいので、それだけが救いだったが、あまりそれに関して喜ぶと、晴美さんを何故かライバル視している龍子さんの機嫌が悪くなるので、感情を抑えるしかなかった。

「小野さんの時と違って、盛大だったみたいです。私は時生に来るなと言われたので、行けませんでしたが」

 もう一人、出席を拒否された七釜戸さんがわざわざ廊下を走って来て俺を呼び止めて教えてくれた。彼もまた、自分と同じ寂しい人間を探していたのかも知れない。

「晴美ちゃん、心配だなあ。大丈夫かなあ」

 七釜戸さんは小さな声で言うと、職場に戻って行った。確かにそうだ。晴美さんが心配だ。田辺時頼は、見た目もそうだが、その内心もとんでもない男だった。だからと言って、殺されても仕方がないとは、元警察官として断じて思わない。どれ程の恨みがあろうと、殺人を犯すのはダメだ。それを許したら、日本は法治国家ではなくなってしまう。どこかの国と一緒だ。晴美さんは、父親に続いて叔父までも殺されてしまった。どんな心境なのか、想像に難くない。とはいえ、何か言葉をかけたりするのも気が引ける。役場に出勤してくるのはまだ先になるだろうから、もし会う機会があれば、お悔やみは伝えたい。

「左京さん、晴美さんが心配なんですか?」

 不意に背後に立った龍子さんが背筋が凍りつくような声で言ったので、

「ひっ!」

 俺は思わず叫んで飛び上がった。

「やっぱりね」

 龍子さんの半目がきつい。

「誤解ですよ。七釜戸さんが悲しそうだったので、同情していただけです」

 龍子さんの嫉妬らしき感情を解きほぐすために、俺は全力で愛想笑いをして言った。

「ああ、そうですか」

 龍子さんが全く俺を信用していないのがわかる。俺は仕方なく、

「七釜戸さんが落ち込んでいるので、慰めてあげてください。彼は今、私の唯一の情報源ですから」

 手を合わせて頼んだ。すると龍子さんは顔を赤らめて、

「そうですか。それなら、弁護士としての技量を如何なく使って、七釜戸さんを慰めて来ますね」

 嬉しそうに七釜戸さんのいる総務課のフロアへ駆けて行った。龍子さんも七釜戸さんに好意を寄せ始めたのかな? 確か、七釜戸さんの方が八歳くらい年下なんだけど、大丈夫かな? まあ、樹里程ではないが、龍子さんも若く見えるから、心配ないか。そもそもが、七釜戸さんの方からアプローチしようとしていたんだから、問題ないだろう。

「おや、まだいらしたんですか、迷探偵さん」

 嫌味な声が聞こえた。俺は振り返り、

「はい、まだいますよ」

 嫌味の塊のような平本幹次を見た。平本はその天パーの髪を某探偵のように掻きむしりながら、

「そうですか。連続殺人事件を解決するつもりなんですか?」

 ニヤニヤして訊いて来た。俺は平本に詰め寄って、

「ええ。貴方が犯人でない事を願っていますよ」

 嫌味を返した。すると平本は肩をすくめて、

「なるほど。確かに私は一級の容疑をかけられそうな存在ですね。気をつけますよ」

 奥へと歩いて行った。何だ、あいつは? 無性に腹が立つぞ。そもそもあいつはどうして俺に嫌味ばかり言うんだ? 理由がわからない。

「左京さん」

 その時、信じられない声が聞こえた。晴美さん? まさか。今日、父親の葬儀だったんだぞ? 叔父の遺体はまだ司法解剖から戻ってもいないぞ。

「無視しないでくださいよ」

 晴美さんだった。喪服のままだった。何だか妙にドキドキしてしまう。彼女は身動きしない俺の前に回り込み、顔を覗き込んで来た。

「あ、その、無視したつもりはないです。ちょっと、聞き違いかなと思って……」

 俺は晴美さんの眩しい笑顔を直視できず、俯いて応じた。

「まあ、確かにそうですよね。父の葬儀が終わった直後に役場に来るなんて、おかしいですからね」

 晴美さんを見ると、目が潤んでいる。

「村長の秘書が何日も仕事をしないのはまずいので、今日は出勤したんです。ある程度まで片付けたら、また叔父の葬儀の事で帰りますので」

 晴美さんは俺に会釈すると村長室へと歩いて行った。しまった、お悔やみを言いそびれた。すると入れ違いに龍子さんが戻って来た。

「びっくりしました。晴美さん、いらしたんですね」

 龍子さんは驚いているようだ。嫌味な感じはない。

「村長の秘書の仕事が滞ってしまうので、来たそうです」

 俺はとぼける訳にもいかないので、龍子さんに告げた。

「そうですか。おつらいでしょうに」

 龍子さんは目を潤ませている。ああ、やめて欲しい。

「七釜戸さん、今でも晴美さんが好きみたいですよ」

 龍子さんが言った。七釜戸さん、龍子さんに言ったのか。

「煮え切らない男の人は嫌なので、問い詰めました。そしたら、あっさりそう言って……。何だか、私、告白もされていないのに振られた感じです」

 龍子さんは俺を睨んだ。あれ? どうしてそういう事に?

「左京さん、私を追い払うために七釜戸さんを利用するなんて、酷いです」

 龍子さんが詰め寄って来た。おいおい。

「それは誤解ですよ。七釜戸さんが言っていたのですから。龍子さんに告白してもいいですかって」

「それがそもそも信じられません! 他の人は告白してくれたのに、七釜戸さんはそんな素振り全然見せてくれませんでしたよ」

 龍子さんが更に詰め寄って来る。彼女はクイッと黒縁眼鏡を右手の人差し指で上げた。

「さっきだって、七釜戸さん、龍子さんに両手で手を握られて、赤くなっていたじゃないですか」

 俺は反論を試みたのだが、

「それは、いきなり、私が手を握ったので恥ずかしくなっただけだって言っていましたよ。もう、私だけが空回りしていたみたいで、傷つきました」

 龍子さんは更に目を潤ませた。ええ? じゃあ、あれは何だったんだよ? 後であのヤロウを問い詰めてやる。

「申し訳ないです。私の思い違いですね。許してください」

 俺は龍子さんに頭を下げた。

「じゃあ、一回、デートしてください」

「へ?」

 俺はポカンとした顔で龍子さんを見た。

「それで帳消しにしてあげます」

 龍子さんが涙を拭いながら言ったので、俺は溜息を吐いて、

「わかりました」

 途端に龍子さんの機嫌が直った。樹里、すまない。俺は心の中で妻に詫びた。

「相変わらず、仲がよろしいですな」

 そこへ礼服のネクタイを外しながら、村長が歩いて来た。

「そんな事はないですよ」

 俺は顔を引きつらせて言ったのだが、

「はい。すごく仲良しです」

 龍子さんが腕を組んできたので、説得力が皆無になった。村長は笑いながら村長室へと歩いて行った。


 会議室で、しばらく待ってみたのだが、捜査本部の人達は一向に戻って来なかった。どうやら、田辺時頼の葬儀に出席した人達に話を聞いているらしい。村長もいろいろ聞かれてから、戻って来たようだ。

「あら、またお二人で密室に」

 晴美さんが帰るので挨拶に来てくれた。間が悪い事に、会議室は俺と龍子さんの二人だった。さっきは何も嫌味な事は言われなかったのに、途端にこれだ。村長が余計な事を言ったのかも知れない。

「お帰りですか?」

 俺はパイプ椅子から立ち上がって、晴美さんに近づいた。すかさず、龍子さんも近づいた。

「捜査本部に立ち寄ってから帰ります。訊きそびれた事があるって刑事さんに言われたので」

 晴美さんはそれだけ言うと、ドアを閉めてしまった。また誤解されたみたいだ。

「あの人、間違いなく左京さんに気がありますよ」

 龍子さんは腕組みして仁王立ちで言った。それは断じてない。そう思った。

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