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終わらない惨劇 10月29日 午後6時

 上村松雄が五年前に自殺していると知り、俺は自分が妄想に取り憑かれているのだと思ったが、あの女は誰だったのだろうか? 妻の樹里は浄霊ができる程の霊能力を持っているようだが、俺には全くないのはわかっている。あの女が上村京子の霊だとは思いたくない。そんな事が通れば、事件はたちどころに解決するはずだ。きっと、絶望的な状況に怖くなった俺の脳が、幻を見せたのだろう。上村京子の霊が事件解決を願っている。だから逃げる訳にはいかない。そんな阿呆くさい事を想像したのだと考えた。そのせいで、俺は龍子さんにまでドン引きされ、村長が田辺時頼の通夜から帰って来るまで、ぼんやりと過ごしてしまった。何も考える事ができない程打ちのめされていたのだ。

「いやあ、時頼のトゥ夜は、おろのしょう儀と比べりゅと、すぎょかったですよお」

 また訊いてもいないのに村長が話し始めた。酒も入っているようで、呂律が回っていない。

「通夜には石井も来ていたんですか?」

 念のため訊いてみた。村長はニヤニヤして、

「ええ、来ていましたよお。石井は時頼をこりょす動機がないれすしい、援助もしてもりゃっていましたかりゃ、死にゃれていちびゃん困っていりゅでしょ」

 どんどん呂律が怪しくなった。

「警察が疑っている妻の敏美さんはどんな様子でしたか?」

 更に訊いてみた。村長は目の焦点が怪しくなりながらも、

「ああ、敏美は目立たにゃいようにしていましたねえ。どうやりゃ、警察に疑わりぇているのはわかっていりゅみたいでしたよ」

「そうですか。晴美さんは?」

 俺は隣で聞いている龍子さんの目を気にしながら、尋ねた。龍子さんは予想通り、晴美さんの名前を出すと、不機嫌になった。村長は愉快そうに龍子さんを見てから、

「晴美ちゃんは台所にずっといたみたいで、姿をほとんど見せませんでしたよ。父親の通夜ですけど、あんまり悲しんではいないようですしねえ」

 その言葉に俺はハッとした。

「え? それはどういう事ですか? 二人の間に何か確執でもあったんですか?」

 村長はうつらうつらし始めたが、

「時頼にしてみりぇば、可愛い娘ですかりゃねえ。晴美ちゃんは高崎に就職したかったんですが、時頼がゆりゅさなかったんですよ。それいりゃい、晴美ちゃんはほとんど時頼とは口を利かなくなったみたいです」

 そうか。あまり仲は良くなかったのか。

「それから、時生君は?」

 この長男も気にかかる。一番危なそうだ。

「時生は、邪魔な父親がいなくなってくりぇて、せいせいしていりゅかも知れにゃいですね。時頼は、母親離れできない時生を疎ましく思っていましたかりゃね」

「なるほど」

 とんでもない家族だな。晴美さんはまさか殺してやりたいと思ってはいなかっただろうが、時生は殺意があったかも知れないな。

「ああ!」

 その時、とうとう村長が崩れてしまった。高いびきで夢の世界へ行ったのだ。お手伝いさんがどてらのようなものを持ってきて、村長にかけた。まだそこまで寒くないから、酔いが覚めて起きるまで放っておこう。この巨体を運ぶには、人数が足りないから。

「左京さんは家族の中に犯人がいると思っているのですか?」

 龍子さんはいびきを掻いている村長を一瞥して言った。

「何とも言えません。捜査本部の見解のように、小野さんと田辺さんを殺した犯人は別なのかも知れないですから」

 俺は苦笑いをして龍子さんを見た。

「上村京子の関係者の線は、完全になくなりましたものね」

 龍子さんがボソリと言った。ああ、そうだ。なくなった。俺は無駄足を踏んだ。そして、璃里さんにも悪い事をした。

「元気出してください、左京さん。人間、誰しも間違いは犯すのですから」

 龍子さんは心からそう思って言ってくれたのだろう。申し訳ないが、俺には全く響いていない。それ程打ちのめされていたのだ。以前、軽井沢で解決した殺人事件も、同じ群馬県吾妻郡の邪馬神村であった殺人事件も、俺が解決したんじゃない。妻の樹里のおかげなのだ。俺には連続殺人事件など解決できない。かなりいじけていたのだ。

「今晩は」

 玄関で誰かが大きな声で言ったのが聞こえた。確か、この声は? 俺は龍子さんと目配せして、玄関へ行った。

「ああ、探偵さん。村長はおるかね?」

 いたのは水崎駐在だった。何だろう?

「いるにはいますが、酒を飲み過ぎたようで、熟睡しています」

 俺は苦笑いをして告げた。すると水崎駐在は溜息を吐いて、

「しょうがないなあ。田辺さんの通夜でハイピッチで飲んでいるのを見かけたので、嫌な予感はしていたんだが」

「起こしてみましょうか?」

 無駄とは思ったが、提案した。水崎駐在は肩をすくめて、

「いや、そこまでしなくていいです。私らで何とかしてみます」

 そのまま出て行こうとしたので、

「何があったんですか?」

 俺は駐在を呼び止めた。

「あんたには関係ないから」

 水崎駐在はまた素っ気ない態度で玄関を出て行ってしまった。水崎駐在がそんな態度を取るのは、何かあった時だ。事件に動きがあったのだろうか? 

「左京さん、役場に行ってみましょう」

 龍子さんが言った。

「そうですね」

 俺は何も得られないかも知れないと思いながらも、お手伝いさんにすぐ帰ると告げて、龍子さんと一緒に車で役場へ向かった。水崎駐在のスクーターが前を走ってるのが見えた。水崎駐在は役場に向かわず、別の道へ曲がった。気になったので、尾ける事にした。この道は、白巻陽子さんの家へ行く道だ。まさか、石井が陽子さんに? 不安がよぎる。

「どこへ行くのでしょうか?」

 助手席の龍子さんが俺を見た。龍子さんは陽子さんの家を知らないので、水崎駐在の目標がわからない。だが、陽子さんの家に行くとは限らないのも確かだ。

「さあ」

 取り敢えず、揉め事回避のため、俺はとぼけた。予想通り、水崎駐在のスクーターは陽子さんの家の前で停まった。俺は少し手前で車を停めた。水崎駐在に気づかれると面倒だからだ。

「誰の家でしょうか?」

 龍子さんが言ったが、

「さあ」

 俺は更にとぼけた。水崎駐在がドアフォンを押した。リヴィングルームの明かりが点いていたが、やがて玄関の明かりが点いた。水崎駐在は玄関を入り、陽子さんと話しているようだ。しばらくして、水崎駐在が出て来た。彼は俺達に気づき、駆け寄って来て、

「何ですか?」

 不機嫌そうに尋ねて来た。俺は運転席の窓を開けて、

「夜の散歩です」

 白々しくとぼけた。水崎駐在は半目になって、

「ああ、そうですか。仕方ないな」

 意を決したように、

「実は、石井がいなくなったんです。容疑は一旦晴れたのですが、何か知っているのではないかとまた石井の家を見張っていたんです。ところが、いつの間にかいなくなっていて」

「ええ?」

 俺は龍子さんと顔を見合わせた。陽子さんは奥へ行ったみたいで、玄関とリヴィングルームの明かりが消えた。

「陽子ちゃんの家には来ていないようなので、この先までパトロールして来ます。あんたらは帰ってください」

 水崎駐在はスクーターに戻ると、走り出した。

「どうしますか?」

 龍子さんは水崎駐在が立ち寄ったのが陽子さんの家だと知り、急に不機嫌になった。俺は陽子さんに話を聞きたかったのだが、龍子さんがいると揉めそうなので、

「帰りましょう」

 車をUターンさせ、村長の家に戻った。車を降りて、玄関を入ると、

「ああ、先生」

 村長が起きていて、また「先生攻撃」を繰り出して来た。

「どうしたんですか?」

 俺はいつになく暗い表情の村長とお手伝いさんを見て、「先生はやめてください」と言えなかった。

「石井が山神神社で発見されました。喉を切られて……。即死だったようです」

 村長が小さい声で言った。

「えええ!?」

 俺と龍子さんはほぼ同時に叫んだ。

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