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時頼の逃亡? 10月28日 午前中から正午過ぎ

 陽子さんの家から村長の家に戻ると、玄関で坂本龍子弁護士が仁王立ちで待ち構えており、ネチネチと嫌味を言われた。おかげで夕食は味気ないものになり、お手伝いさんには悪かったが、俺はほとんど口にする事ができなかった。大体、ビジネスパートナーでしかない龍子さんに何故樹里さんが可哀想とか言われなければならないのか、全く意味がわからない。俺は風呂に入ると早々に床に着いた。


「あの……」

 朝になって、母家に行くと、龍子さんが申し訳なさそうに立っていた。

「おはようございます」

 俺は何事もなかったかのように挨拶した。

「夕べはすみませんでした。言い過ぎました」

 龍子さんは頭を下げた。俺はちょっとばかり面食らったが、

「別にそんな事ないですよ。朝飯にしましょう」

 目を潤ませている龍子さんを尻目に、俺は茶の間へと歩き出した。

「ありがとうございます、左京さん」

 龍子さんは涙を拭いながらついて来た。取り敢えず、ホッとした。泣かれるのは嫌だからな。

「私は先に出かけますので」

 村長は郡内の首長の集まりに出席するためにいつもより早めに家を出て行った。迎えの車が来ているようだ。しかし、お手伝いさんの話だと、会合は十時からなので、そんなに早く出かける必要はないという。あのタヌキ親父、俺に何か訊かれるのが嫌で、早めに出たのか? 全く、ずるい人だ。まあ、只で泊まらせてもらって、日当もいただいているので、あまりな事はできないのだが。


 俺と龍子さんはそれから一時間後、役場へと車で向かった。

「左京さん、今日はどうするんですか?」

 ご機嫌な龍子さんがニコニコして尋ねてきた。

「取り敢えず、捜査本部のおこぼれをいただけないかと思っています」

「富澤さんですか?」

 龍子さんは富澤刑事が苦手なようだ。ぐいぐい系の男が総じて得意ではないらしい。かつての相方だった亀島も苦手なんだろうな、とふと思った。

 車を駐車場に駐めると、正面玄関へと歩き出す。

「あ」

 中から晴美さんと七釜戸さんが出て来た。やっぱりあの二人、付き合ってるのか?

「おはようございます」

 七釜戸さんはにこやかに挨拶してくれたが、

「おはようございます。相変わらず、仲がよろしいようで」

 晴美さんは冷たい眼差しで俺を見ると、会釈して七釜戸さんと役場の軽自動車で出かけて行った。

「左京さん!」

 俺がそれを見送っていると、龍子さんが右の耳を引っ張った。

「あいてて!」

 俺は涙目になって龍子さんを見た。

「あの人は、確かに左京さんに気がある素振りをしていますが、騙されないでください!」

 龍子さんは口を尖らせ、トレードマークの黒縁眼鏡をくいっと上げた。

「はいはい」

 逆らうと、話が長引くので、俺は空返事をして応じた。

「おわっ!」

 正面玄関に入りかけた時、立井警部補を先頭に捜査本部の面々が飛び出して来た。

「何事ですか?」

 俺は横にかわしながら、富澤刑事に尋ねた。

「田辺時頼が監視の目をかいくぐっていなくなったんです!」

 富澤刑事は走り去りながら教えてくれた。

「ええ?」

 俺は思わず龍子さんと顔を見合わせた。時頼がいなくなった? どういう事だ? やっぱり、時頼が犯人なのか? いや、そんなはずはない。この事件の犯人は、上村京子の関係者だ。それ以外にあり得ないんだよ。京子が首を吊った欅の木に小野芳夫が吊るされていた。それを知っているのは、村ではごく限られた人間だ。しかも、時頼には小野を殺す動機がない。

「いや……」

 俺は頭を横に振った。それは俺が村長から話を聞かされたせいで、そう思い込んでいるだけだ。犯人は上村京子の関係者だという証拠は何一つない。あれ? 監視の目って、誰が見張っていたんだ? もしかして、水崎駐在? ダメだろ、あの人だけでは。捜査能力が欠如しているんだぞ。そこまで言ったら、流石に失礼だが、いくら人手不足とはいえ、一人で監視はきついだろう。

「逃げたのでしょうか?」

 龍子さんが俺にしがみついて来た。どうしたと思ったら、奥から平本幹次が現れたのだ。

「騒がしくなりましたね。迷探偵さんは行かなくていいのですか?」

 相変わらず嫌味なことを言ってくる。

「私は捜査に加わっていないので」

 俺はに代わりをして応じた。

「ああ、そうでしたね。では、失礼」

 平本は不適な笑みを浮かべて立ち去った。

「あの人、怪しいですよ、左京さん。何か企んでいます」

 龍子さんの平本に対する偏見は、かなり根強い。

「嫌味な奴ですが、かつての凶悪さはなくなっていますよ」

 俺はマジックテープのように革ジャンにへばりついている龍子さんの両手を引き剥がすと、会議室へと歩き出した。

「ああん、待ってくださいよお、左京さあん!」

 龍子さんが追いかけて来るのを無視して、俺は歩を早めた。


「お昼、どうしますか?」

 十二時を少し回った頃、会議室のドアをノックして七釜戸さんが顔を覗かせた。

「また鰻ですか?」

 俺はちょっと嫌味を込めて訊いた。七釜戸さんは笑って、

「私はそんなに稼ぎはよくないですよ。嬬恋村のラーメン屋さんから出前を取ろうと思っています」

 おお、石井恭次が十キロメートルの道をものともせずに歩いて食べに行ったあのラーメン屋か?

「こんなに遠くまで出前してくれるんですか?」

 俺は乗り気になった。

「個人の家にはしませんが、役場は大人数で注文するので、来てくれるんです。五品以上頼むと、出前代が只になります。あと二人足りないんです」

 七釜戸さんはいけしゃあしゃあと言ってのけた。要するに自分達だけでは出前代がかかるので、俺に声をかけたのか。案外、この人、したたかだな。

「わかりました。メニューとかあるんですか?」

 俺は仕方なく乗ってあげる事にした。

「ありがとうございます。これを」

 七釜戸さんは後ろ手に持っていたメニュー表を差し出した。

「どうも」

 俺は龍子さんとメニュー表を見た。

「私、チャーハンで」

 龍子さんはさっと決めた。

「じゃあ、私は天津丼とラーメンで」

 俺はメニュー表を七釜戸さんに返した。すると、

「ああ、私達はすでに頼んであるので、追加で頼んでください。そうすれば、出前代が無料になるんです」

 七釜戸さんは想像以上に強かだった。俺は龍子さんと顔を見合わせた。


 ラーメン屋から出前が届き、それを食べ終えても、捜査本部には誰も戻って来なかった。

「見つからないのですかね?」

 食後のお茶を飲みながら、龍子さんが呟いた。

「そうみたいですね。どこへ行ったんでしょうか?」

 俺が湯呑み茶碗を口に持っていきかけた時、表が騒がしくなった。

「何だ?」

 俺は茶碗をテーブルに置き、会議室を出た。廊下の向こうで、捜査本部の面々が慌ただしく動いているのが見えた。

「どうしたんですか?」

 俺は富澤刑事に声をかけた。

「いや、その、すみません!」

 富澤刑事は伊達刑事と共に玄関へ走って行ってしまった。

「何があったんですか?」

 捜査本部から出て来た七釜戸さんに尋ねた。七釜戸さんは顔を引きつらせて、

「田辺時頼さんが、殺されたらしいんです」

「えええ!?」

 俺は龍子さんと大声を出してしまった。時頼が殺された? 

「どこでですか?」

 俺はつい七釜戸さんの作業服の袖を引っ張った。

「山神神社らしいですよ」

 七釜戸さんは俺の顔が近いので、更に顔をひきつらせた。

「山神神社!?」

 俺はまた龍子さんと顔を見合わせた。何て事だ。これは間違いない。犯人は上村京子の関係者だ。これは復讐の殺人だ。疑惑から確信に変わったぞ。

「私も忙しくなるので、失礼します」

 七釜戸さんは奥へ走って行った。村長に知らせるのだろう。村長も会合どころではないな。さて、どうしたものか。

「左京さん……」

 龍子さんが不安そうに俺に縋りついた。それを振り払う事ができない程、俺は考えに集中していた。これで終わりなのか? それとも、まだ続くのか? そして、一体犯人は誰なのか? わからない事だらけだった。

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