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左京、村長に会う 10月25日 午前11時20分

「どうぞ、こちらです」

 俺は七釜戸さんの案内で役場の奥へと進み、村長室のドアの前に着いた。

「村長、杉下左京先生をお連れしました」

 七釜戸さんはドアを四回ノックして告げた。

「お通ししてください」

 中から村長の声が応じた。電話で話した時と同じ野太い声だ。多分、見た目もそんな感じだろうと想像しながら、七釜戸さんが開いてくれたドアを抜けて、村長室に入った。

「ようこそおいでくださいました、杉下先生。私がこの村の村長の村尾洋次郎です。どうぞ、おかけください」

 部屋の奥にある乱雑に書類が積み重ねられた大きな木製の机の向こうで回転椅子に腰をかけた福々しい体格の白髪混じりの角刈りで、灰色のスーツのボタンが苦しそうに留められている男性が言った。

「失礼します。私立探偵の杉下左京です。ご依頼いただき、ありがとうございます」

 俺は型通りの挨拶をして、部屋の中央にある向かい合わせの二人がけのソファの手前の方に歩み寄った。村長はそれを見てから、ゆっくりと立ち上がり、向かいのソファに近づいて来た。

「では、私はこれで」

 七釜戸さんは俺達が互いに牽制し合うようにソファに腰を落ち着かせるのを確認すると、村長室のドアを閉じた。

「東京の方には驚く程の田舎でしょう?」

 村長はソファを軋ませて座り直した。俺は苦笑いをして、

「いえ、私の実家も埼玉県の山奥ですから、懐かしい感じがしました」

 当たり障りのない返事をした。実際のところ、俺の実家辺りでも、携帯電話が繋がらないところはないから、山神村の方が田舎だろうが、村長は謙遜して言っているのだろうから、そこは競ってはいけないと思った。

「ほう、そうですか、そうですか。杉下先生は埼玉ご出身なのですか。なるほど、なるほど」

 村長は笑いながら応じた。少し癪に障ったが、何も言い返さなかった。

「どうぞ」

 ノックの音が三回したのに村長が応じた。

「失礼します」

 ドアを開いて入って来たのは、妻の樹里よりも若いと思われる綺麗な女性だった。役場には制服はないのか、白のブラウスにペパーミントグリーンのフレアスカートをはいている。髪は長いようだが、ポニーテールにしているので、実際はどれくらい長いかわからない。その女性はお盆にお茶が入ったと思われる茶碗を二つ載せて俺達のそばに来た。

「どうぞ」

 微笑んでソファの間にあるテーブルに茶碗を置いた。まずは俺の分、それから村長の分。

「紹介しましょう。私の秘書をしてもらっている、田辺晴美ちゃんです。どうです、美人でしょう?」

 村長は悪気はないのだろうが、東京でそんな事を言ったら、セクハラだと騒がれる事を笑いながら言ってのけた。

「田辺晴美です。よろしくお願いします」

 晴美さんは村長のセクハラまがいの発言になれているのか、微笑んで挨拶した。

「よろしくお願いします。杉下左京です」

 俺は晴美さんを見上げる形で応じた。

「杉下先生は名探偵だとお聞きしました。数々の難事件を解決されているそうですね?」

 晴美さんが言ったので、俺は頭を掻きながら、

「名探偵だなんて、とんでもないですよ。それに先生はやめてください」

 晴美さんと村長を見た。村長は目を見開いて、

「そうなんですか? 弁護士の先生には、名探偵で難事件を快刀乱麻を断つ如く、解決されているとお伺いしましたが?」

 弁護士の先生とは、いろいろと関わりがあって、調査の案件を紹介してもらっている坂本龍子さかもとりょうこさんの事だ。話を盛り過ぎだよ、龍子さん。仕事に差し支えるだろ。

「先生はダメなのですか? では何とお呼びすれば?」

 晴美さんが訊いてきた。俺は晴美さんを見て、

「名前で呼んでください。名字だと違う人と間違われる恐れがあるので」

 また苦笑いをした。

「そうなんですか」

 晴美さんは樹里には敵わないが、笑顔全開で応じてくれた。

「誰と間違われるのですか?」

 村長が浮世離れした事を言ったので、

「それはですね……」

 晴美さんが事情を説明してくれた。

「へえ。そうなのかい? 私は、その人を全然知らないがねえ」

 村長は更に浮世離れした事を言った。俺は一瞬だけ呆気に取られた。

 その後、晴美さんを交えて、村で唯一の神社である山神神社の鳥居が壊されていた経緯を村長が語ってくれた。

 一ヶ月程前、村の西の外れにある山神神社付近をどこから来たのか、改造車や改造バイクに乗った二十代くらいの集団が現れ、神社の境内で酒盛りを始めたらしい。神主もいない神社なので、初めのうちは近くの人達も気にかけていなかったのだが、毎晩爆音を響かせて村内を走り回り、ゴミをどこにでも捨てるので、役場の職員達が幾人かで注意しに行った。すると、その時は素直に話を聞き、反省した素振りを見せたそうなのだが、次の日にまた同じ事を繰り返し、挙句の果てに神社の鳥居を金属バットや鉄パイプで叩き、最終的に折って倒してしまった。鳥居は木製だったので、根元から折れてしまい、役場の人達が近所の住民の通報で駆けつけた時には、すでに誰もいなくなっていたという。

「犯人がはっきりわかっているのに、どうして警察に通報しないのですか?」

 疑問に思った俺が尋ねると、

「駐在を通じて、所轄の警察に連絡したのですが、中之条町で起こった殺人事件の捜査で手一杯なので、すぐには対処できないと言われたんです」

 村長は憤慨した顔で言った。確かに、殺人事件の捜査本部が立つと、多くの人員がそちらに回されるから、神社の鳥居が折れた事件には捜査員を回せないだろうと思えた。

「山神神社は神主もいないような小さな神社ですが、由緒正しき神社なんです。私の父が氏子の総代なので、何とか犯人を見つけ出して欲しいのです」

 晴美さんに潤んだ瞳で言われ、俺はドキッとした。ああ、樹里、すまん。

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