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プロローグ 左京、山神村へゆく  10月25日 午前10時25分

 俺は杉下左京。自分の家(資金の大半は妻の樹里が出してくれた)の隣に事務所(こちらも樹里がほとんど出してくれた)を構えている私立探偵だ。今、俺は猛烈に困っていた。群馬県の吾妻郡にある山神村の村長からの依頼で、村唯一の神社である山神神社の鳥居を壊した犯人を探して欲しいと言われたのだ。そんな事は警察に頼んで欲しいと思ったのだが、犯人を見つけてくれたら、報酬は調査費用の他に百万円出すと言われ、ついついそれに目が眩んで引き受けてしまった。

「そうなんですか」

 妻の樹里に話すと、笑顔全開で承諾してくれた。樹里は仕事を続け、樹里のお姉さんの璃里さんが娘の瑠里達の面倒を見てくれる事になった。璃里さんにも、二人の娘がいるのだが、どうやら、母親の由里さんとうまくいっていないらしく、夫の竹之内一豊さんと一戸建ての家を買い、そこに移ったのだが、由里さんがいろいろ理由をつけて、顔を出すそうなのだ。璃里さんは、樹里のところにいれば、由里さんも顔を出しにくいと考え、子守りを買って出たらしいのだ。

 おっと。話が逸れた。俺は猛烈に困っている。それは、道に迷ったからだ。それもあと一息というところで迷った。山神村は携帯の電波もあまり届いておらず、隣の嬬恋村から村境を超えたあたりで、圏外になったままだ。

(一本道だから、迷う事はないって言われたのに迷った俺って……)

 俺は人の顔を忘れる名人なのは自覚していたが、方向音痴だったのがわかり、へこんだ。周囲を見渡しても、見えるのはキャベツ畑の緑のみ。隣の嬬恋村程ではないが、山神村もキャベツ農家が多く、村の主な収入源となっているらしい。道路は整備されているが、標識がない。時々あるのは、動物の標識だ。制限速度の標識もない。もちろん、駐停車禁止の標識なんて必要もないだろう。人家は遥か遠くに見えるのみだ。そこまで行って、ここがどこなのか尋ね、村役場までの行程を聞き出すしかない。俺はイグニッションキーを回してエンジンをかけ、アクセルペダルをゆっくりと踏み込むと、車を進めて人家を目指した。しかし、不運は続くもので、数軒あった人家も、全て留守か空き家だった。山神村は過疎化が進んでおり、村の住宅の半分が空き家になっているそうだ。これだけ寂れたところだと、神社の鳥居が壊される事は相当な大事件なのだろう。

「参ったな」

 道を訊く人も見つからず、おまけにとうとう空が泣き出してしまった。予報では一日日が射して、洗濯日和だと言っていたのだが、気象庁は当てにならない(あくまで個人的感想)。

(泣きたいのは俺の方だよ)

 仕方なく、愛車を進めて、別の人家を探す事にした。キャベツを運ぶトラックが通りやすいように道幅は広く、舗装も行き届いているが、この時間はすでに出荷が終わり、農家の皆さんも帰宅しているため、畑にも人影はない。日が出る前から収穫しているので、今頃仮眠しているのだろう。留守だと思われた家も、もしかすると、寝ていたのかも知れない。

(まずいな。約束の時間になってしまう)

 山神村役場に午前十一時がその時間だ。ここがどこなのかわからないと、着けるかどうかも判断できない。途方に暮れてしまった。俺はぼんやりとしてしまい、雨がやんだのにも気づかなかった。


「杉下左京先生ですか?」

 しばらくして、不意に車の外に人影が現れた。

「は?」

 俺は慌ててウインドウを下ろした。そこには、役場の人と思しき制服を着た若い長身の男が立っていた。

「あ、はい、私立探偵の杉下左京です」

 俺はすぐに運転席から外に出て応じた。若い男は微笑んで、

「そうですか、よかったです。この辺、何の目印もないですから、迷われておるのではないかと探しにきました」

 名刺を名刺入れから取り出して、

「役場総務課の七釜戸ななかまど晴久はるひさです」

 自己紹介をした。俺も革ジャンの内ポケットから名刺を取り出して、皺を伸ばしてから差し出し、

「杉下左京です」

 七釜戸さんの名刺を受け取ってから会釈して応じた。

「私の車に尾いて来てください。役場はもう少し先にあります」

 七釜戸さんは俺の名刺を名刺入れにしまいながら、役場の名前が横と後ろに入った軽自動車へ歩き出した。俺はエンジンをかけ直すと、七釜戸さんの運転する軽自動車の跡を追った。その時の俺は、その後に起こる山神村を揺るがす大事件に巻き込まれるとは、夢にも思っていなかった。

 どれ程走っただろうか? あまり意識せずに七釜戸さんの軽自動車に尾いて行ったので、かかった時間も距離もわかっていなかった。

「杉下先生は、あちらの駐車スペースにお駐めください」

 七釜戸さんは役場の正面玄関のすぐ脇の駐車スペースに駐めて言った。俺が指定されたのは、そこから数十メートルは離れていると思われる「来客用」の標識が脇に建てられているところだった。何となく、釈然としなかったが、文句を言う程離れている訳ではないので、

「わかりました」

 笑顔で応じて、車をそこへ進めた。

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