プロローグ
とある集落の民俗採取調査資料風に、サブタイトルに『聞書』と入れてみました。ある宗教的集落の発生から終わりまでを、民俗誌のように『瀬原集落聞書』としてシリーズ化したいです。
プロローグ
二〇一四年 五月十二日 月曜日
彼氏なのかな、と思いながら、吉野倫玖は、青梅市のK駅前のデパートと市立図書館を結ぶ、連絡通路の大きなガラス越しに、地上の様子を見下ろしていた。此の距離だと、下に居るグレーのパーカーの長身の男と、ピンクのパーカーの小柄な女の子のスニーカーが御揃いの物の様に見えるのだった。連絡通路の人通りは少なくない。通行人達に、露骨に観察している素振りを見られるのも得策では無いと考えて、念の為に、と持参したオペラグラスは出せないが、幸い視力は良い方である。倫玖は、ジッと、女の子の足元を見詰める。
―よく見ると、男の履いているスニーカーとは形は違うし、メーカーは違うかな。
そうすると御揃いではないかな、などと考察しながら、倫玖は、赤いタンブラーから麦茶を一口飲んだ。ピンクのパーカーの女の子は、遠目には顔はハッキリ見えない。
しかし、今日も可愛いな、と倫玖は思った。遠目からでも、胸元くらいまである黒髪の美しさや、華奢な感じが分かるのである。
おっと、いけない、と、倫玖は気を取り直して、観察を続けた。観察対象の外見が好み過ぎて、時々意識が、女の子の容姿に集中してしまうのである。一言で言って美人なのだ。雑念を入れない様に毎回努力が必要である。
一頻り見張った後、男女が別れたので、倫玖は気が抜けて、溜息をつき、ジャケットの袖を捲った。あのマンションの人の出入りを見張るなら此処が最適とは言え、硝子張りの連絡通路は、五月でも暑い。
何で、こんなストーカーみたいな事を、と、倫玖は情けない気持ちになった。しかし、いや、『みたい』じゃなくて、ストーカーそのものだったわ、と思い直すと、倫玖は、ちょっと可笑しくなった。
―今日は、もう帰ろう。出来たら、もう来たくないけど。
またね、と、心の中で、女の子に別れを告げながら、倫玖は、一度、連絡通路からデパートに入り、K駅の北口改札に向かった。
初投稿ですが、御読み頂き、有難うございます。