5 エーシェの杖③
本編もよろしくね
サリエル先生に学び始めてからの学生生活は私の思っていた以上に充実をしていたようで想像よりも日々は過ぎ去っていった。
「サリエル先生。今日は何を」
「そうねー。あなたは何かやりたいこととかないの?」
サリエル先生はいつもどおりぎぃぎぃっと椅子を揺らしながら魔法に関する研究書に目を落としたまま答えてくる。
「そうですね…そろそろちゃんと卒業研究を始めないといけないと思うんですよね」
「あら…あなたももうそんな時期なのね。内容はもう決まっているの?」
私としては完全にそれから目をそらしてしまっていたので、自分から言いだしたことではあったのだが、全く考えていなかった。
「決まって…ないですね…」
言葉とともにサリエル先生からも目をそらす私。
「それじゃ、あなたのやりたいことは何かしら?」
私のやりたいこと…か。
「検討もつかないといった顔ね。そうしたら私と今まで学んできたことから考えたら良いんじゃないかしら」
サリエル先生と一緒に学んだこと…
朝は研究室で酒瓶と一緒に眠っているサリエル先生を起こしてモーニングティーを出すところから始まり、先生の講義の準備をして、お昼になったら先生にお昼の準備をして、生徒からの課題の添削をして、先生の晩酌用の晩ごはんを作って帰る…
「あれ?先生?私先生からこの1年ちょっとで教えてもらったことってありましたっけ?」
「そう言われれば何もしていないわね」
本当にこの人は…
「そうねぇ…そうしたらあなたがここに入ってから感じたことでいいんじゃないかしら?」
私がここに入ってから感じたこと…
「それなら一つやってみたいことがありますね」
「そう?少しでもあなたの役に立ったならそれでいいわ。なにか必要なことがあったら遠慮なく言ってね」
「はいはい。期待しないで待ってますね」
それからはいつもの業務に加えて自分の研究と更に忙しい日々を送っていったのだった。
それから半年が過ぎ去り卒業学年による卒業研究発表会もつつがなく終わりを迎えた。
「時間というものはみんなに平等に与えられていると言われているけど、疑いたく鳴るものね。あなたと一緒に居たこの2年は私にとっては一瞬だったけど、あなたにとっては濃密なものだったみたいだから」
発表を終えた私に後ろからサリエル先生が声をかけてくる。
「そうですね〜。先生のお世話をたくさんして私は今後家政婦にでもなれそうですよ」
「あら、そうしたら私はあなたの将来に貢献できたみたいね」
完全に嫌味だったのだが、本人に悪気など微塵もないので嫌味として受け取ってすらもらえなかった。
「それにしてもあの発表良かったわよー?他の先生たちにはちょっとウケは良くなかったみたいだけど私は好きよ?私の生徒って感じがして」
「そうですか。それは良かったです」
私の研究内容は『現代魔法における基礎魔法の位置づけについての研究』だった。
私が初めてサリエル先生のことを認知したあの時、先生たちはこぞって見栄えの良いきれいな魔法を使って自分のことをよく見せようとしていた。
それに対して、サリエル先生は自分の始めて支えた魔法だからと大切にしていた魔法を見せてくれた。
周りの生徒はそれを見てクスクスと笑っていた。
私にはそれがどうしてなのかわからなかった。ただ、自己紹介のときには魔法を見せると言われただけだ。
あの時は特に気にもとめていなかったが、あれは間違いなくサリエル先生が初級魔法を使ったからだった。
それにあの時、先生の言葉で思い出すことができた。
「先生のおかげですよ。ちゃんと研究の内容を思いつくことができたのは」
「そう?それなら良かったわ。それにしても寂しくなるわね〜」
「そうですね。私も家族とかお世話係の人以外でこんなに長い期間一緒に居た人は初めてだったので」
サリエル先生と一緒に歩き出す。
「そういえばあなたそういう人だったわね。もしかして私そんな人をこき使って国に追われちゃったりしないかしら」
「そんなことないですよ。先生は私の先生ですから」
「そう。それなら良かったわ。あら?丁度いいところに椅子があるわね」
私達が歩いた先にあったのは私がサリエル先生と初めて話した場所だった。
「懐かしいですね。私誰に教わるかを悩んでというかもう考えるのを諦めてここに座ってましたよね」
「そういえばそんなこともあったわね〜。成績優秀だった生徒がぼーっと座ってるのを見たら声もかけたくなるわよ」
二人で椅子に座り目を合わせるわけでもなく、ただ空を眺めながら話し続ける。
「先生は私のこと最初から知ってましたよね」
「私も古い人間だからね〜。見たい資料があれば勝手に見ることはできるのよ」
さらっと言っているがそれは職権乱用では?
「先生それ職権乱用って言うんですよ」
「良いのよそのくらい。もっと悪いことなんてたくさんあるんだから」
「先生ってそういうこと平気で言いますよね」
「それが私よ」
その言葉にふふっと笑ってしまった。
「先生だったから私は楽しく過ごせたんだと思います。ありがとうございました」
「そう?それなら良かったわ。それはそうと、あなたここを卒業したらどうするのかしら?」
「わかんないですねー」
「どうせあれでしょ。許嫁とか決まってるんでしょ?」
「あー…そうですね。決まってましたそんなのが」
「そしたら、ここを出たら魔法なんて使う必要もほとんどないじゃない」
「それもそうですね。普通にいけば私は魔法を使うことなんてほとんど必要がないでしょうね」
「それじゃ、これは必要なかったかもしれないわね」
すっと私の前に大きな箱が出てくる。
「卒業祝いよ。せっかくだから使ってくれたら嬉しいわ」
渡された箱を開けると一本の立派な杖が入っていた。
「私が使っている物と同じ物よ。大切にしてくれたら嬉しいわ」
先生はずっと空を見ながらそう私に伝えたのだった。
「先生ってそういうことできるのに、生活力はないですよね」
「それとこれは別の話じゃないかしら?」
「それもそうですね。ところで先生。最後に質問をしてもいいですか?」
「あら、あなたから質問なんてここで初めて話した時以来じゃないかしら。なんでも答えてあげるわよ」
「生まれが高貴な人が居て、そんな人間がある日突然居なくなったら周りはどうなっちゃうと思いますか?」
「そうね〜。びっくりしてその人を血眼になって探すでしょうね」
「そうですよね〜。それでもし先生が逃げる側だったとしたらどこ行きますか?」
「んー…そうね〜私としてはここから離れた場所でゆっくりできる場所に行きたいわね〜。国の端っこの方だったら隠れて暮らすこともできるんじゃないかしら?」
「やっぱりそうですよね〜。ありがとうございます」
「あなた私のところに来て悪いことしか学んでないんじゃないかしら?」
「そんなことは…ないと思いますけどね〜?先生には感謝してますよ。ありがとうございました」
「元気にやんなさいよ。またいつか会えるかしら?」
「会えると思いますよ?それじゃ先生…いえ、サリエル師匠」
私一人立ち上がりその場を後にした。
「って言うのがこの杖をもらった経緯よ」
「途中から端折ってる部分多くなかった?」
「良いのよ。基本的に私が師匠のところでやってたのは師匠のお世話だから」
「なんか思ってたよりもふつーの話だったねー」
「特別じゃなくて悪かったわね。さ、話は終わりよ。それでエル君今日の予定は?」
「んーとりあえず、エドガーさんのところ行こっか」
「はいはい。今日もそういう感じね。準備できたら行くわよ」
「はーい」
悪ふざけにお付き合いいただきありがとうございまーす。
最初の段階ではもっとも〜っと長くなってしまう予定でしたが、こっちが真面目にやってもねぇ…
こんなこと言ってるとエーシェさんに怒られそうですが、それはそれで…
こんな感じでズルズルやっていけたらと思ってまーす。