婚約破棄をしてみたい
「アメリア、君との婚約を破棄したい」
殿下がそうおっしゃられた。
それを聞いたわたくしは、理由を尋ねました。
婚約破棄モノが書いてみたかったので。
「アメリア、君との婚約を破棄したい」
そよ風が心地よい四阿で、2人だけのお茶会をしていると、殿下がそうおっしゃられました。
驚いて(顔には出しませんが)殿下を見ると、俯いてご自分の膝を睨みつけ、膝の上で拳を握っています。
「…理由をお伺いしても?」
何かお気に召さないことがあったかしら?
考えてみても、思いつくことはありません。
強いて言えば…ここ1週間、風邪をひいて具合が悪かったこともあり、あまり殿下とお会い出来なかったし、学園にも行けなかったくらい…
何はともあれ、理由が分からなければどうしようもないですし。
わたくしに嫌なところがあるならば、歩み寄る努力も必要ですし。
わたくしと殿下…エドワード様の婚約は、物心つく前から決まっていました。
我が公爵家と王家の仲が良かったこともあり、結びつきをより強固にするための、言わば政略結婚。
そこに、わたくしと殿下の気持ちは関係ありません。
「…殿下?」
「………」
「…エドワード様?」
「………」
「…エド様?」
「………アメリアは嫌じゃないのか?」
2人きりだけの時の愛称呼びをすると、ようやく殿下が口を開きました。
「何がでしょうか?」
「私と結婚することが、だ」
顔をあげ、目を合わせてくる殿下から、嫌悪の気持ちは感じません。
戸惑っていらっしゃるように思えます。
「お嫌になられたのですか?」
それこそ、10年以上の付き合いです。
好きな気持ちはあれど、熱い恋人同士という空気はなく、もはや家族のような雰囲気ではあります。
エド様は、恋愛がしたいのかしら?
そう言えば、わたくしがいない間に学園で殿下に話しかける女子生徒がいた、と報告を受けたわね…
確か…お名前は…
「エリーが、親に決められた結婚など、かわいそうだと…」
…そんなお名前でしたわね。
確か、男爵令嬢でいらっしゃったと思うのだけど、貴族なのだから政略結婚も当たり前でしょうに。
「エリーの両親は政略結婚で、あまりうまくいってないらしい。お互い愛人を作って普段は全員別々の家で過ごしているらしい」
複数の屋敷をお持ちで愛人もいて、それでもエリー様を学園に通わせられるなら貧乏でもないし、お仕事はきちんとなさってるのね。
世の中には借金がある方もいらっしゃるし、それよりは良いと思うのだけど…
「いつも屋敷には1人きりで貴族の友達もおらず、近所の平民と遊んでいたそうだ」
貴族の方には選民意識が強い方もいらっしゃるし、平民を下に見てる方も多いのに、エリー様は分け隔てなく接してあげられる方なのですね。
「平民たちは何をするにも自由で、とても楽しいと。私ももっと自由になっていいのだと、そう言われて…不思議な気持ちだった」
未来の王になるべく教育を受ける殿下には、確かに自由はなかったかもしれません。
でもそれを嫌だと言わず、ひたむきに頑張ってきた殿下をわたくしは側で見てきた、はずでした。
「…殿下は、わたくしと離れて、自由になりたいとおっしゃるのですか?」
わたくしの側では、自由はない、と…?
「…君との婚約は、私達の両親が決めたものだ。私と君の意志はなかった。君のことは嫌いじゃない。でも…」
「…分かりました。わたくしも殿下のことは嫌いではありません。でも、どちらかに不服があるような状態で、この先うまく行くとも思えません。この婚約はわたくし達の両親が結んだものです。破棄するならお互いが両親に話をしましょう」
こうして、わたくしと殿下の婚約は破棄されたのです。
婚約破棄からはや2ヶ月。
わたくしは以前と変わらず学園に通っておりました。
殿下は…あぁいらっしゃいました。
教室から見える中庭で、エリー様と親しげに談笑されています。
わたくしといた時よりも笑顔が増えたような気もします。
それが寂しいような、妬ましいような……妬ましい?
家族愛のようなものと思っていたのですが、わたくしは殿下を恋人として好きだったのでしょうか?
「…今更気づいても、どうしようもないのに」
そう小さくつぶやいて、わたくしは目を閉じました。
婚約は破棄してしまいました。
殿下のお心は、もうエリー様のものなのでしょう。
こんな気持ち…気付きたくなかった。
もっと早く気づいていれば…
…殿下を取り戻せるでしょうか?
相手は男爵令嬢です。
わたくしは公爵令嬢、身分は勝っています。
…見た目は?
エリー様は、ふわふわとした茶色い髪に、小柄な体格、声も可愛らしく、抱き心地がよさそうな身体つき…男性の好みを寄せ集めたような方ですね。
対するわたくしは、サラッとしたストレートの金髪に、背は殿下よりやや低めですが女性としては高い方、自分の声は分かりませんわね、どちらかと言えばスレンダー…エリー様とは真逆ですね。
そんなエリー様だから好きになられたのかしら?
…考えれば考えるほど、憎く思えてきました。
エリー様さえいなければ、殿下は今もわたくしの婚約者だったはずです。
わたくしの心は黒く塗りつぶされ、
「ねぇ、アメリア?」
ふと机から顔を上げると、若干呆れたような殿下のお顔がありました。
「どうなさいました、エド様?」
殿下…エド様は苦笑しながら、
「アメリア、その物語には無理があるんじゃないかな?
まず、そんなに簡単に婚約破棄できないし、婚約破棄したのに普通に学園に通えるの?周りの貴族達はあれこれ噂してると思うよ?
あと君、エリーって…うちの犬じゃないか。両親の犬とは会えてないけど、みんなに可愛がられてるとは思うよ?
第一、私はアメリアが好きだって、何度もプロポーズしてるのに、その設定はないと思うよ?」
今日も四阿でお茶会をしながら、ダメ出しをなさるのです。