冷静
ムラノは絶句していた。
目の前の光景を半ば信じられていないのだ。
自分の部下が突然光を帯びて消え、代わりに目の前に銀色の巨人が突然出現した。
何が起きているのかは大体理解出来る。
あの巨人の正体はヒロセに違いない。
そして恐らくヒロセが元々巨人だった訳ではなく、霞ヶ浦事件で何かあって巨人になったのだろう。
ムラノは今、科学特捜本部長としての責任を感じていた。
あの時、ヒロセを一人で霞ヶ浦の偵察に行かせたせいで、ヒロセは人ではなくなってしまったのだ。
また一人、失ってしまうかもしれない。
自らの行動、意思決定の甘さを責めたくなった。
ムラノは努めて冷静であろうとした。
肺に息をため、ゆっくり吐き出した。
ムラノは今、現在進行中の緊急事態に面している。
ムラノはそれを思い出した。
今この状況で言うならば、ヒロセが巨人であったことを知れたのはいいことだった。
銀色の巨人は「少なくとも敵ではない」から「味方の可能性が高い」へ変わったのだ。
「ひ、ヒロセなのか......?」
こちらに背を向けて佇む巨人は、ゆっくりと頭を縦に振った。
「アルティメットマン......」
アルティメットマンは光り輝く眼光を、亀怪獣に向けた。
亀は歩を止めて、アルティメットマンの方を向いた。
その目には警戒の色がある。
そして二体の巨大生物はぶつかった。
アルティメットマンはギラギラ煌めく身体を力ませ、亀怪獣も負けじと踏ん張るが、アルティメットマンのパワーは無敵だ。
ずいずいと巨大亀は押し返されてしまう。
アルティメットマンは明らかに市街地から巨大亀を引き離し、山地へ行こうとしていた。
「ムラノ本部長!こちら本部のユリサキです。いまクワガタ怪獣がそちらへ向かっています!」
「なんだって」
「こちらイデミツ。ムラノさんよぉ、これはちょっちまずいんじゃない。クワガタさんでっかい翼を震わせて高速でそっち飛んでるよ。あからさまに亀さん目当てだねこりゃ」
「アラタです!今急いでそっち向かってます!」
ムラノはもう何がなんやらで、若干冷静を欠きつつあった。
立て続けに起こる怪獣出現、部下の奇跡の生還とその理由の判明、通常兵器の通用しない怪獣の集合。
少しクラつくムラノの脳内に、過去の出来事がフラッシュバックした。
前本部長タケモトが怪人の倒した柱に潰され、虫の息になっている。
まだ若かったムラノは、虫の息になっている自分の上司のを前に何もできないでいた。
「ムラノ、焦るな。深呼吸だ。俺はもう助からん。が、あの怪人の処理は終わってない。お前は科学特捜本部の立派な職員だ。なすべきことをなせ。出来れば、ことが終わってから俺を回収してくれ」
ムラノは視界が涙でボヤけてタケモトの顔はよく見えないが、言葉だけはしっかりと聞いていた。
あの時はタケモト本部長、今は部下のヒロセが体を張って闘っている。
まずは深呼吸をした。短く息を吸い、少し止めて、息を全て吐き出す。
これを繰り返して、少しだけ落ち着きを取り戻した。
俺は本部長だ。
今は、俺が科学特捜本部長なのだ。
もう俺の周りの人を誰一人として傷つけはさせん。
ムラノは腹を括った。
「ヒロセ、聞こえているか。もし聞こえているなら、この場を少し頼んでもいいか。俺は一度体勢を整えたい。頼まれて欲しい」
アルティメットマンは振り絞って亀怪獣をひっくり返し、進行を封じた。
そしてムラノの乗るジェットハイパーに振り返り、力強く頷いた。
「ありがとう、ヒロセ。いや、アルティメットマン!ユリサキ応答せよ。地中貫通爆弾TN3を用意していてくれ。俺は一時撤退する」