第五話
「何度でも言いますがこれはげ・ん・じ・つ。ですわ。それよりこれ以上部屋を荒らさないように、消した方が良いのでは?」
「あ、あぁ。《リリース》」
手甲とローブが赤い靄となって消えるが窓が割れた事実はもちろん消えない。
「お得意の魔法だか願いだかでどうにかしてくれないか、この窓」
「あら、代償もなしに何かを得ようだなんて」
「あーうん期待はしてない。一応聞くけどそれなら何が対価になるんだ?」
「そうですわね…じゃあ、確か寿司かピザを頼もうとお考えでしたわね。現代の食べ物に興味があるのでそれでいいですわ。早速行きましょう」
「待て、待て!その格好で外に出るな!」
ずいずいと玄関へ向かって歩く魔神を慌てて引き止め部屋に戻す。
「そんな必死に止めなくても大丈夫ですわ。他人には見えないとお話したではないですか」
「他人に見えなくても俺の心が乱されるわ!街中を似非メイドと一緒に歩けるわけないだろ。出前取るからおとなしくしてろ」
「じゃあ来るまで放置するというわけにもいきませんから、ツケ払いということで先に直しておきますわ」
「ツケってなんだお前。やめろ何もするな出前来てからにしろ。俺はこれまで余計な借金したことない健全な男なんだ」
「そんなまくしたてなくても…あら、こちらはなんでしょう」
魔神が棚に並んだ楯に触れる。目にするものへすぐ手を触れる様はまるで幼い子どものようだ。いや、子どもというにはデカすぎるが。
「それはアルティマギアのPVPトーナメントの優勝トロフィー。もう4年前のだけど。いいから触るな」
「へぇえー……あっ」
魔神の手からトロフィーが滑り落ちる。
「うぉぉおおおお!?」
反射的に手を伸ばして掴んだトロフィーがボキンと低い音を鳴らして折れる。
「あら…直しますから大丈夫ですわ」
「おぉお………」
そりゃあ直せるのかもしれないがこっちは気が気じゃない。
怒涛のトラブルにため息が出る。また冷静になってきて部屋を見回してみれば真っ二つに割れ散乱したキーボードのキーにガラス片。
もはやこれまでか。元の生活はできなくなったと腹をくくり、退職願を書くことにした。とにかく今は時間が欲しい。
ペンを折らないように持った文字は本当に汚くて。日が暮れるくらい悩み悩んで書き直して。
大人になりずいぶんと長い間流してなかった涙と、退職願越しに再会した。
「くっそうめぇですわ~!」
ピザを貪り喰う諸悪の根源を横目にしながら。