第四話
現実から目を背けるようにサボり気味で最近乗っていなかったフィットネスバイクに乗る。
軽く力を込めて回すとグングン回る、回る。すごく回る。あまりに回りすぎて足が追いついているのが不思議だ。
今まで聞いたことがない駆動音がする。おそらくこれ以上力を込めるとペダルが取れたり内部の機構が壊れたりするんじゃなかろうか。
「これじゃ仕事ができないし日常生活すらままならんぞ…」
ペダルを漕ぎながら頭を抱える。
「では辞めましょう。心配しなくても新しい力で、あなたは何者にでもなれますわ。犯罪許さない正義のヒーローなんてどうです?それとも世界征服でもしてみます?」
「やらねえよ!」
「ご不満かしら?でもご自身の力を知ればきっと気に入るはずですわ。色々試してみてはいかがです?まだいろいろやってないこともあるでしょう」
「おいまさかギアも出せるなんて言わないよな」
「ええ、アルティマギアのことでしたら出来ますわ。多分。世界観設定では…マギが魔法でギアが装備、と。なるほど」
たぷたぷとスマホを触り、公式サイトを読み漁る魔神。
「このマギ・ギアクラフトというのは面白そうですわね」
「魔法も装備も自分で組み立てれるからな。俺もそこに惹かれて始めた」
「詳しく聞かせていただいても?」
「そこに書いてあるだろ…マギとギアはカスタマイズが可能になっていて、マギであれば発動速度、発動条件、属性、範囲、弾数などを設定できる。ギアであれば起動速度、武器種、大きさ、追加効果を設定できる。そして一番の目玉が変形。最大3段階の変形を施せる」
「自由度が高いのですわね」
「そう。剣を盾に、盾を斧になんてのが基本。使用できるコストの範囲内であればどんな形にでも変えられる。極端な例だと1段階のみにコストを集中して全身鎧を作ったプレイヤーもいる」
「饒舌ですわね。さすが長くプレイしているだけはありますわ。その説明の通り、実際にギアを使えるとなるとわくわくしません?」
何か詐欺に乗せられている気がしていい気はしないが、確かにワクワクしないわけでもない。新しい玩具を手に入れた子どものようにその箱を開けたい衝動はある。
「まぁ8年やってるわけだしな」
魔神の話を流し、ゲーム内で毎日見ていた動きをイメージして拳を握る。
「ん…何も起こらないな」
「キミだけのオリジナルギアを呼べ!って書いてありますし名を呼ばないといけないのでは?」
「あぁ、いつもゲーム音ミュートにしてたからそんな設定忘れてた。ていうか恥ずかしいからお前ちょっと外で待ってて」
「私はいつもお側におりますので」
「はぁ…あーわかったわかった。呼ぶぞ。…コール《インレイジ》」
まだ半信半疑にアルティマギアで使っていた装備の名を呼ぶ。
赤い靄のようなものが全身を包む。そして1メートルほどの手甲が現れ両腕を覆うように傍に浮き、赤黒いローブが身を包む。どちらも毎日のように画面で見ていた俺のギアそのものだ。
じわじわとした熱と痛みが絶え間なく出ては消える。恐らく体力を継続的に失う代わりに与えるダメージを上昇させる”呪壊”の効果のせいだろう。
「"ゲームでは"良い装備だけど、現実にあるとこれは…」
「これは?」
「最悪だ。痛い上に気分も悪い」
ギアクラフトにより組み込んだ"祝福"と"呪壊"は、状態異常の解除と継続ダメージを発生させる。しかし"祝福"だけでは呪いの効果を完全に消すことができないため短期でしか使用できない。
そこへギアにランダムで追加効果を付与する課金を何度も繰り返し、更に追加で状態異常解除を載せた結果、通常なら1分も使えば戦闘不能に陥るギアを無制限に振り回せるようになった。
デメリットありきの強さである"呪壊"の打ち消しなんて壊れ性能すぎて、そのうちアップデートで修正されるとは思っていた。とはいえバグじゃないのだから使わない手はない。チェックの甘い運営が悪いのだ。
週に1度しか入場できないエンドコンテンツで何度か攻略に使えるだろうとふざけて作った代物なのに、まさかこうなるとは。
「見た目はカッコイイじゃあないですか」
「お前、そうは言うがな」
ガシャン!と日常生活では聴かない音が鳴る。
「夢であってくれ…」
魔神の方へ振り向いた時に手甲の端が当たったらしい。
割れた窓を見てがっくりと肩を落とす俺に追い討ちをかけるように、ピッチの悪いリコーダーのような音を鳴らしながら風が吹き込む。