第二話
日曜日の朝だ。部屋には何も変わったことがない。
外を見ても快晴で空は青いし、キジバトのホーホーホッホーと間の抜けた鳴き声が聞こえてくる。
とりあえず顔を洗いに。水を出そうと洗面台の前まで来たところで、俺の目は猛烈に覚めた。
「おはようございます。ごきげんいかがかしら」
「うぉっ!?」
夢で見た影、魔神が鏡に映っているのだ。
「レディの顔を見てご挨拶ですわね」
台詞とは裏腹に不機嫌な様子もなく、むしろこちらが驚いているのを楽しんでいるようだ。影に浮かんだ口角が上がっている。
夢じゃなかったのか、いやまだ夢なのか。現実逃避したくなるところだが夢に出てきた自称魔神が話しかけてきているのだ。状況からしてその存在を認めざるをえない。
「その福笑いみたいなツラで何がレディだ。事故物件かよこの部屋ぁ…」
「いえいえ、幽霊などではありませんし、あなたが夢だと思い込みたい事は現実のことですわ。今は身支度の際中でしょう?私のことは気になさらず済ませてくださいな」
はあ、とため息が出る。もう驚いていても仕方ない。顔を洗い、着替える。
袖を通すのにシャツを引っ張るとミシりと音を立てた。もう長いこと使っている部屋着だから買い換えが必要かもしれない。
「こんなことするならちゃんと説明してから出てくればいいだろ」
「私、人間と話すのは久しぶりでして。距離感が上手く取れないのは大目に見てくださいまし。現代のことも知らないことばかりですし、観光がてらしばらくご一緒させていただきますわ」
「お前みたいな黒いもやもやしたもんを連れて外歩いたら動画撮られて一生ネットの晒し者だ。俺はそんな面倒は御免だぞ」
「他の方には見えませんので心配無用ですわ。でもそんなに見た目が気になるなら」
影がみるみると形を変える。雪のように白い肌、黒い長髪と瞳、整った顔立ち。黒いロングドレスに白エプロン、ヘッドドレスを身に着けた長身の女性へ変化した。いかにも2000年代初頭に秋葉原のカフェなんかで散見されたであろう衣装である。
「これでいかがです?」
「背ェ高っ色白っ…つーかなんでメイド服」
「前に願いの取引をした際に服装や容姿、話し方などについて色々と頼まれまして、その名残です。それはそうと、もう確認はされて?」
「確認?」何か変わったことがないか鏡を見たり部屋を見回るが、運動不足な自分の体も1Kの狭い我が城にも変化はない。
はっとアルティマギアのことを思い出す。スマホの電源を入れるとハードカバーからミシりと嫌な音が鳴る。またか。今日は古いものを買い換える日なのかもしれない。
そして公式サイトにアクセスしたがログインできない。何度IDとパスワードを入力しても登録されていないとポップアップが出る。
「おいおいおい嘘だろ」
長い時間を捧げたキャラが本当に夢物語のせいで消滅したという現実。
ぶわぁっと身体が熱くなる
喉が乾く。
呼吸が早くなる。
俺の世界が。居場所が。繋がりが。
消えた。