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こしあん刑事のアンドロイド

たんぺ

 張り込みをして三日が過ぎていた。容疑者の住むマンションの手前に車を止めたまま、暇をつぶせるわけでもなくただ奴の行動を監視し続ける。これは気力勝負だ。


 ゆえに受験の前にとんかつを食べるように、はたまたかつ丼を食べるみたいに。張り込みのときに食べるべきものだってある。


「マイマスター。頼まれていたものを買ってきました」


 俺のサポートアンドロイドがコンビニから戻ってきた。彼女は……PX二千型とかそんな感じの名前の機械だ。機械に性別なんてないんだが、外見は綺麗な女性だ。


 フェミニズムだとか機械にも人権だとかとやかく言われるが便利だしいて困らないし、人間関係も憂鬱なんだからいてくれる分にはありがたい。


「マスター。聞こえていますか?」


 造られた瞳が淡く黒く煌めく。整った顔立ち。艶のある銀の髪。今時、髪の色にとやかく言う輩もいない。


「悪い。それで言われたものは買ってきたか?」


「はい。注文通り栄養ドリンクとあんぱんと牛乳を。そしてブレスケアです」


「ブレスケア頼んでないんだけど……まぁいいや。経費で処理するし」


 がさがさとコンビニの袋(30円)のなかに手を突っ込む。雨が降ったどんより空のせいか。袋はひんやりと冷たかった。


「おぇええ……。まじでなんで栄養ドリンクって微妙に甘いの?」


「栄養ドリンク。甘い。理由。で検索しますか?」


「しないよ」


 しないって言ってるのに彼女の瞳に読み込み中マークが表示される。ぐるぐると蒼い輪が回っていた。


「栄養ドリンクが甘い理由として糖分も必要な栄養として加えられているからです。オススメの栄養ドリンクを業務用で購入しますか?」


「しねえよ。怒られる。なんで業務用なんだよ」


 天候は悪くなるばかり。ごろごろと稲妻が鳴り響き、暗雲が覆っていく。打ち付ける雨の音は絶える気配もない。沈黙しているとワイパーの音だけが耳に残るせいで体がだるい。


「はぁ……PX二千。なんで俺こんなことやってるんだろうな」


「仕事だからです。マスター。もし職務に憂鬱でしたらただ今検索した解決方法を試してみますか?」


「…………やってみろよ。内容次第では商品レビューぼろくそに書いてやるからな」


「それ八つ当たりばったりだと思います。と、進言します」


「なんだよ八つ当たりばったりって。絶対辞書にねえぞその言葉」


 人工知能としては相当優秀なのだろうが……。この、ジョークというか。余計な気遣いをするように開発したやつは相当疲れてるか一人暮らしを極めてると思う。


「おしごとがんばれぇー!」


 ふにゃふにゃとした呼気の棒読み音声の応援。ツッコミを入れる気にもなれなくて脱力した。失笑が込み上げる。


「お前なぁ…………」


 それでも悪い気はしなくて、照れ隠しみたいにあんぱんに手をつけた。無意識のまま一口頬張って――次の刹那、歯が異物を噛み占める。滑らかな餡の甘味に紛れた歯切れの悪いゴツゴツが舌を撫でた。


 すぐさま牛乳で中和。……ああ、こいつ。まさか! そんな……! 信じられなくて手が震えた。あんぱんの中身を見たくない。だが、確かめなくてはならない。


「どうかなさいましたか? マスター。心拍数が急速に上がってきています」


 PX2000が何かを感じ取って首を傾げる。車内を不穏な空気が張り詰めた。背筋が凍る。あんぱんの要が――こしあんであるべきものが……そうではなかった。


「嘘だろPX……! お前ッ、何買いやがった!」


『オカザキ 薄皮つぶあんぱん』。袋に書かれた商品名がおぞましい現実を知らしめる。――――つぶあん。


 瞬きすらできずにその単語を見続けていると文字が文字として認識できなくなりそうだった。


「なにと言われましてもさきほど申した通りですが」


「なぜつぶあんなんだ?」


 PX2000はなぜそんなことを? と言いたげに無垢な顔を傾げる。


「つぶあんのほうがカロリーが高く、張り込みという現代の拷問を受けるマスターの支えになると思いました。あと、つぶあんのほうが美味しいというデータがあります」


 それは嘘だ。こしあん好きのほうが統計的に多い。


「PX2000……お前、何年この仕事してたらこんな物買えるんだ」


「配属三日目です」


 光を吸い込むような黒く大きな目が俺を見つめてくる。


「…………やめろ。そんな目で見るな。くそ、これなら野郎型にすべきだった。ああ、くそ……」


 PX2000を自分の好みの外見にさせた所為で怒るに怒れなくて髪を掻き乱す。彼女も彼女で何度かフリーズした後、困ったように身を縮めた。


「何か問題を起こしてしまいましたら不良品回収サービスのほうに連絡をしてください」


「だああああ! やめろって。その新手のメンヘラみたいなこと言うの。不良品じゃないって。俺が悪かったよ。ほら、別につぶあんでも人体に極めて有害な毒なわけじゃないから」


 言い聞かせるみたいに頬張る。あずきの皮の触感。滑らかとはいえない舌触り。


「申し訳ございません。マスター。これからはこしあんのあんぱんのみを購入いたします」


「……いや、いい。食わず嫌いみたいなものだから」


 こしあんのほうが間違いなく美味しいと思うが、案外PX2000が買ってきた物は悪くはなかった。

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