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クソ世界の先輩


「隙あり……!」


 渋かっこいい低音ボイスが口から零れる。

 俺が設定したボイスチェンジャーのお陰だ。

 男にしては高めの声も、ばっちりキャラにあった声に変えてくれる。


 数時間かけて探り当てた甲斐があった。


 そうしてカッコつけながら、近くの≪グリーンラット≫へと接近する。

 腰を左右に振るとかいう、頭のおかしい方法で。


 このクソの世界では、どうやらアクションを発生させるための動作がおかしなことになっている。

 例えば、歩く為に腰を左右に振る。

 半分に割った巨大なフルーツの真ん中で踊るかのように、軽快に。

 これも全部クソゲーの成せる技だ。

 売るなこんなもん。


 発売した後に発覚したならまだしも、クソを自覚してて売ったらしい。

 販売元もクソだ。

 面白がってるとしか思えない。


 どうしても怒りで思考が逸れてしまう。

 良くないな。


 グリーンラットは近寄っても、一目散に逃げることは無い。

 筋肉ガチムチのナイスガイが腰を振りながらスライド移動で迫って来ても、呑気に草を齧っている。

 大した精神力だ。


 そのまま殴りかかる。

 が、やはり拳はすり抜けた。

 グリーンラットは気にした様子もなく、気ままに跳ねては草を齧る。


 まずは確認終了だ。

 やはり普通に攻撃したんじゃ当たらない。


 歩行と同じく、動作の部分が何かに置き換わってると思った方が良さそうだ。


 そうなるともう手当たり次第に試すしか方法はない。

 やってやらぁ。

 このくらい、美月に告白するより簡単だ。


 攻撃するぞ、と考えながら色々な動作を試す。

 実際に攻撃が出たとして、判別出来るようにグリーンラットに張り付いた状態でだ。


 まずは普通にチョップ。

 すり抜けた。次。


 あえてのキック!

 すり抜けた。次。


 有名な光の巨人の光線技のポーズ。

 特に反応なし。

 次!


 思いつく限りのポーズを試してみた。

 が、ダメだった。

 どれも攻撃に成功した感じはない。


 気付けば、もう深夜一時を回っていた。

 ≪トライアンドエラーオンライン≫には加速機能なんかはない。

 現実と同じ時間が流れている。

 しかもゲーム内の景色が一定なせいで、夜も遅いのに気付くのが遅れてしまった。

 今日はもう寝よう。







 いつもの通学路を早足気味で歩く。

 昨日はベッドに入ってからもあのクソのことを考えていたせいで中々寝付けなかった。

 お陰で寝坊しかけた。


 要素がクソなだけで、試行錯誤するのは嫌いじゃないからな。

 ただ、歩いたり攻撃する、なんていう当たり前のことで悩むのは釈然としない。

 だからこそクソゲーなんだろうけど。


 そんなことを考えていると、輝いている後姿を見つけた。

 せっかく話題もあるし話し掛けるべきだな。


 今までは美月から話掛けてもらってばかりで、自分からは声をかけられなかった。

 これは、クソゲーの加護!?

 やっぱりなんとしてでも、食らいつく必要がある。 


「おはよう」

「あ、公輝じゃん、おっはよー! へっへー、公輝から挨拶してくれるなんて、珍しいね?」


 美月は今日も明るく元気可愛い。

 何故か機嫌良さそうに笑いながら首を傾げるところなんて、もはや大天使と言っても過言ではない。


「あー……ほら、ゲーム、せっかく勧めてくれたんだから報告しようと思って」

「そっか、ありがと! 公輝やっさしー!」

「初めてのVRだったからな。むしろオススメしてくれて有難かったよ」


 例えそれが、そびえ立つクソだったとしてもだ。

 美月のオススメというだけで、千金以上の価値がある。


「どういたしまして! それで、何か進展があった?」

「あったよ。あったあった。遂に歩けるようになったんだ」

「ええっ!?」

「うわっ、びっくりしたー……」


 報告した瞬間、美月は突然大声を上げた。

 驚いただけみたいだが、俺も驚いた。

 思わず素直なリアクションが口から漏れ出てしまったぞ。

 周りの人達も何事かとこっちを見ている。


「公輝、歩けたって、それ本当!?」


 美月がものすごい迫ってくる。

 近い近いすごく近い!

 なんでこんな壁際に追い詰められてるんだ俺は!?

 何故その場で迎え撃たないんだこのチキン!


 ああでも悲しいかな、ヘタレの俺は美月が迫ってくるだけ後ろに下がってしまう。

 だから壁を背負ってしまった。

 身体が触れるか触れないか。それ以上は美月もこっちへ来る気配が無い。

 いっそもう10cm程こっちに詰めてきてくれてもいいんだけど!?

 

「あ、ああ、本当だ。歩く、って言っていいのか分からないけど、移動できるようにはなった」

「うええー、私なんて移動出来るようになるまで二週間も掛かったのに……」

「に、二週間……?」


 二週間もあの移動出来ない状態でいたのか。

 一日どのくらいプレイしてたかにもよるが、よく心が持ち堪えたな。


「一日五時間……」

「うわぁ」


 俺の考えが読まれたんだろうか。

 一日五時間は半端じゃない。

 それが二週間ということは、ざっくり七十時間か。

 がっくりと項垂れる美月の言葉に、思わず口から漏れ出てしまったよ。同情とか、憐みとか。

 クソゲーとはこんなにも罪深いものなんだな。


「でも公輝、たった二日で歩けるようになるなんてすごいよ! 絶対≪タエ≫の才能あるよ!」

「タエ?」

「トライ、アンド、エラーの略」

「なるほど」


 あのクソゲーは略して≪タエ≫と呼ばれているらしい。

 そんな通称が出回る程の愛着を持ってる人がいるってことに驚く。

 クソとしか呼べないと思っていたよ。


 それにしても相変わらず近いのがやばい。

 俺を褒める方向になったせいかさっきまでの圧力は無いが、その分可愛さ120%だ。

 やばい可愛い。


「あーあー、もう歩けるようになるなんて、すぐに追いつかれちゃうかなー?」

「まだ先は長いと思うぞ。歩くのは正直、偶然みたいなものだったし。次は攻撃方法も見つけないといけないしな」


 美月は俺から離れて、歩き出してしまった。

 残念。

 登校中でそんなに余裕があるわけでもないから、当然の流れではある。

 惜しむくらいなら自分からグイグイ行けばいいのにと、思わないでもない。

 ……ただ、それが出来ないから十年程ヘタレてる訳で。


「もうそこまでしっかり分かってるんだね。ほんとにすごいよ」

「いやいや、俺からしたら美月の方がすごいって」


 俺が移動する方法を見つけられたのは、美月の存在が大きい。

 美月がプレイしているのを知っていたから、歩く方法はあると確信があった。

 だからこそ続けられた。

 単純作業を延々とやるのが苦じゃなくても、終わりの見えない作業は話が別だ。


 そんな状態で二週間も続けて、しかも実際に出来るようになる美月は本当にすごい。可愛い。


「ふっふーん、そうでしょそうでしょ! もっと褒めてもいーんだよ?」

「すごい! 流石! 何かいい方法あったら教えて!」

「嫌!」

「ケチ!」


 もうすぐ学校に着く。

 今日が終われば明日明後日は学校が休み。

 時間がたっぷり取れる。

 そこでどうにか、攻撃の動作を把握したいところだ。



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