クソ苦行の先の苦行とクソ
腰を右に。左に。右に。
大きく左に、大きく右に。
歩くと思いながらただ腰を振る。
傍目から見たらただの変態だ。
だが、両足は揃えたままにも関わらず、俺の身体は前進する。
そう、これがこのゲームでの、歩くという行動のようだ。
腰を左右に振るのに合わせて、俺の身体はスイーっと前に滑って行く。
これはこれで変態だな。
キャラの見た目も合わせてキモくて怖い。キモ怖い。
でも、これで理解出来た。
皆が歩けなかった理由。そして、俺が歩けた理由。
根拠は何もない。
そうじゃないかと、俺が勝手に思い至っただけだ。
でも、現実として俺は移動出来たわけだし、間違ってもいないだろう。
このゲーム内の行動は、物理法則にしたがってるわけじゃない。
地面を蹴ったって身体は前に進まない。
俺が最初に歩こうとして出来なかった時に感じたように、浮いていると思ってそう違いはない。
もっと分かりやすく言えば、この空間に固定されている状態だ。
じゃあどうやって移動するのか。
≪歩く≫と頭で考えた状態で、≪歩く≫と定義された行動を取ればいい。
ヘルプにはそう書いてあった。
だけどもし、もしもだ。
この≪歩く≫と定義された行動が、他のものになっていたら。
脚を交互に動かすことじゃなくなっていたら。
それは、思考と行動が一致しているとは言えない。
変な部分がしっちゃかめっちゃか混ぜ合わさってたのは、ボイスの中身で前科もある。
そして、俺は腰を振ることで歩けた。
間違いない。
このゲームは、≪思考≫と≪動作≫の二つを読み取って、実際にアクションを起こせる。
だっていうのに、その≪動作≫の部分がおかしなことになっている。
今の、歩くというアクションで考えればどれだけ意味不明か分かりやすい。
本来のゲームでは≪歩く≫というアクションを行う為に、≪歩く≫と考えながら、≪歩く≫動作をすればいい。
だけどクソに成り果てたこの世界では、≪歩く≫アクションを行う為に、≪歩く≫と考えながら≪腰を左右に振る≫動作をしないといけない。
そんなの分かるわけないだろ!!
クソにも程があるだろ!!
美月はこれを自力で見つけたのか?
……多分、自力で見つけたんだろうな。
俺に教えてくれなかったところから察するに。
ともかく、これで歩けるようにはなった。
色々試してみたいけど流石に疲れてしまった。一旦ログアウトして、ゆっくり休んで来よう。
▼
再ログイン!
晩飯、お風呂、ゴロ寝を満喫した俺は再びこの草原にやってきた。
さっきまでとは違うからな。
俺は遂に歩けるようになったんだぞ!
歩けるようになるまで何時間かかるんだこのクソはよぉ!
偶然分からなかったらまだ足踏みしてたわこのクソが!!
いけないいけない。
あまりのクソっぷりに我を忘れかけていた。
このゲームがクソクソ&クソなのは承知の上だった筈だ。
とりあえずは、ようやく歩けるようになったとはいえ、まだ分からない部分は多い。
確かめてみないとな。
まずは方向転換。
腰を左右に振ることで前進するが、向きはどうやって変えるのか。
実際にやってみた。
俺を頭上から見て、 腰を真横に振ると前進。
右斜めに振ると、左斜めに。
左斜めに振ると、右斜めに進む。
向きで言うと逆だけど、そっち方向に足を蹴り出していると思えば普通なのか?
向きだけ変えたい時は≪向きを変える≫とか≪あっちを向く≫と考えながら斜めに振ると、変えられた。
動作は同じでも、思考部分が違うアクションもあるようだ。
後ろに、とかバック、と考えながら腰を左右に振ると後ろに動いた。
相変わらず振動もなく滑る。
出来損ないのゲームみたいな挙動だ。
でもこれゲームどころかクソだから、出来損ないでもゲームと呼べる方がマシなのかもしれない。
次。
正面に股間を突きだすと、右に移動する。
後ろに尻を突きだすと、左に移動する。
関連性が微妙にチグハグで、ややこしい。
ちなみに、腰をゆっくり動かすと速度は遅くなり、速く動かすと早くなった。
一時間程度の検証を終えて、一度ログアウトすることにした。
方向を変えることが出来て気になるものも視界に入ったが、とりあえず後回しだ。
ログアウトの操作をして、目の前が暗くなる。
目を開けるといつもの景色だ。
自分の部屋に帰って来た。
「操作が難しすぎるわ! クソったれ!!」
思わず叫んでしまった。
でも仕方がない。
あのキャラクターを崩壊させたくなかったから、我慢していたんだ。
それを吐き出す為に一度ログアウトしたようなものだしな。
ああ、すっきりした。
水でも飲むか。
ベッドの縁に座ってから、立ち上がる。
「はっ!?」
歩こうとして、我に返る。
俺は今、何をした?
歩こうとして、腰を……!?
「危ない所だった。現実にまで侵食して来るなんて、クソレベルが高すぎる……」
念の為トイレと水分補給を済ませ、クソ蠢くクソの世界に飛び込んでいく。
俺は挫けない。
美月がいる限り、挫けないぞ!
もはや見慣れた草原へと戻ってきた。
さて、とりあえず歩けるようにはなった。
だけど、不安しかない。
何故か。
さっき、俺の攻撃はあの緑ネズミを通り抜けた。
俺のろくでもない予想がもし当たっていたら、更なる苦行が始まる。
そう。
このクソは、≪歩く≫以外のアクションも尽くがおかしくなっていても不思議ではない。
むしろおかしくなっているに違いない。
そう思っていた方が精神的に良い気がする。
変に期待すると裏切られた時の絶望感が増すし、悪い方で予測していた時に万が一マシだったら、クソが上等なクソに見えるかもしれないし。
クソなことに関しては、期待を裏切らないだろうという信頼感も芽生えてしまっている。
きっとこいつはどこまでもクソに違いない。
どうも本題からずれてしまう。
クソ過ぎて腹が立つせいだな。
美月の笑顔を常に思い浮かべてこのクソストレスから身を守るんだ。
さて、問題は各アクションの動作が何に置き換わってるか分からない、ということだ。
だけど、それは問題ではない。
分からないなら確かめればいい。
何もしなければ、ただここで足踏みしているのと何も変わらない。
前には進めない。
ならば、試す。
このクソのタイトルだって、そうだ。
美月が言っていた。
『発売直前に致命的な不具合が発覚したけど、価格を五百円にして販売を強行したんだよ! それに合わせて名前も変更! 安いし、怖いもの見たさもあって結構な数の人が手を出したんだけど、やっぱりダメ。動かすことすら満足に出来ないクソゲーだったの!』
わざわざ変更したのは、意味があるからだ。
変更前のタイトルは知らないが、変更後は≪トライアンドエラーオンライン≫。
ようは『ひたすら試せ』ってことだろ?
上等だ。
俺にはなんの才能もない。
だけど、簡単なことを何度も繰り返すことだけは、そんなに苦じゃなかった。
これは俺の為にあるようなゲームだ。
やっぱりこれは俺の人生最大のチャンス。
このチャンスをものにして、美月も手に入れて見せる!
なんて、威勢のいいことを言ってみたものの、やることはしょうもない。
対応した行動はなんなのか。
確かめる方法は一つしか無い。
ああ、手当たり次第だ。
俺の脳内にあるかどうかも分からない当たりを探し当てる。
また苦行か。
でも覚悟はしてある。
大丈夫。きっとそこまで頭のおかしい動作にはなってない……筈、だ。