最初の……一歩? いいやこれもクソだ
なんでだ。
思考と行動を重ねればいいんじゃないのか。
でもあれだな。
ヘルプを読んだくらいで歩けるなら、ネットの感想が怨念に塗れてなんかいない。
俺はまだ何か、見落としている?
ピョコンピョコン。
「うん?」
考え込んでいると、いつのまにか目の前に何かがいた。
それは緑色のネズミだった。
後ろ足が長く、カンガルーみたいだ。その立派な脚で跳ねるようにして移動している。
その毛並は草原の草と似ていて、そのせいで接近に気付かなかったようだ。
ヘルプを読んだり歩くことに集中してたのも、あると思う。
猫くらいの大きさのこいつはモンスターだな。
赤いアイコンと、≪グリーンラット≫という名前が表示されている。
攻撃をしかけてきたり、迫ってくる様子はない。
ただ気ままに跳ねていて、その結果近くまで来たようだ。
俺はまだ動くことが出来ないからな。
向こうから来てくれるのは有難い。
もうちょっと、もうちょっとこっちに来い!
俺の祈りが通じたのか、グリーンラットが目の前に着地した。
よっし! 武器は俺の拳だ、くらえ!
握り締めた拳を、グリーンラットに振り下ろす。
歩けなかろうが、この距離なら外すことはない!
「は?」
しかし、俺の拳は当たらなかった。
避けられたわけじゃない。
グリーンラットの身体を、すり抜けた。
「なんだ今の……」
呆然としている内に、次の一跳びでグリーンラットは射程外に移動してしまった。
そのままピョンピョンと離れていった。
近くに来たのは偶然だったようだ。
もしかしてこのクソゲー、攻撃もまともに出来ないのか?
このクソゲー……クソは、一応レベル制だ。
モンスターを倒したり、クエストを達成することでレベルが上がる。
即ち、移動出来るようになったとしても、攻撃が出来なければモンスターを倒せない。
モンスターを倒せなければ、レベルも上がらない。
クソすぎる。
ゲームの要素全てが苦行で構成されてる気がする。
ここまで来ると美月が何故このゲームをプレイしているのか、逆に興味が湧いてくる。
「オーケイ、俺があの女に飽きるまで付き合ってやるよ。きっと、俺が死ぬ方が先だがな」
この声はかっこよすぎてなんでもかんでも声に出してしまいたくなる。
素の声なら言えないような台詞も、この通りだ。
オフラインのチュートリアルステージ万々歳。
オンラインに移動出来ても、せっかくのゲームだしこの見た目と声に合った言動を心がけよう。
世間ではこういうのをロールプレイと呼び、どのゲームでもこのプレイスタイルを好むプレイヤーは一定数いるらしい。
その理由もなんとなく分かった。これは楽しい。
……はっ!?
楽しむのもいいが、まずは歩くことからだ。
歩くことが出来ないと、ロールプレイもクソもない。
いや、クソは有り過ぎだ。
もう勘弁してほしい。
歩く為には、どうしたらいい?
なんで歩けない?
思考と、行動……。
そこに、更に一つのキーワードが降ってきた。
ランダムになったキャラクターボイス。
この三つが合わされば……ダメだ。
思いつけそうで何も出てこない。
ひたすら歩こうとする。
さっきまでと同じだ。
いくら脚を動かしても、一歩も前に進まない。
もしかしたら時間が関係しているのかもしれない。
というわけで、一時間程歩き続けてみた。
結果は、ダメ。
最初と何も変わらない。
いや、まだだ。
まだ時間が足りないだけの可能性がある。
もう一時間やってみた。
何も変わらない。
いや、次こそ行けるかもしれない。
もう一時間頑張ってみた。
なんかちょっとだけ動いた気がする!
このまま続行だ!
もう一時間挑んだ。
1mmも動いてねーじゃねーかばあああああああああああああああか!!!!
――はぁ、はぁ。
畜生、無駄な時間を過ごしてしまった気がする。
いや、こんなことで挫けてたらダメだ。
美月と仲良く楽しくゲームをプレイするって目標があるじゃないか。
今は苦行でも、オンラインに移動さえすれば楽しい時間が待ってる筈だ!
まずは一旦落ち着く必要がある。
ログアウトして休憩したいが、今ログアウトしたらヘブンズゲートを床に叩きつけてしまいそうだ。それは止めておこう。
ひたすら歩く動作をしてたけど、息切れや筋肉痛は特に無い。
流石ゲームだ。
スタミナの概念も無いらしい。歩くという概念もどっかいったみたいだから、困ってるけど。
うーん、でもなんか脚が痛い気がしてきた。
さすってみる。
うん、微妙に気持ちいいな。
腰や背中も痛い気がしてきた。
背中を逸らしたり、腰を回してみる。
筋肉が伸びる感触はしっかりある。
おお、気持ちいい。
少しストレッチをして心身共に解そう。
すごいな。この辺も現実と変わらない。
クソ成分が無ければすごいゲームになってただろうに。
あーあ、早くオンラインステージに行きたい。
その為には、早く歩こう。
――スッ。
「うん?」
今、俺の身体が動いた。
さっきみたいな気のせいじゃない。
今俺は何をしていた?
丁度、腰を右に振った瞬間だった筈だ。
驚きの余り、ケツを右に突き出したままの間抜けなポーズで固まったお陰で分かりやすい。
試しに、歩くぞと強く思いながら腰を左に振る。
ススッ。
思った通り、更に前に進んだ。
足は動かしていない。
一歩と呼んでいいのか分からないが、これは確実に、大きな一歩だ。