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クソの原因究明


 家に帰りついたら、すぐに自分の部屋に向かう。

 今日は昨日の続きからだ。

 出来れば今日の内に、次の段階に進んでおきたい。


 窮屈な制服を脱いでハンガーに掛ける。


 時間は14時。

 これだけ時間があれば、ちゃんとしたカッコイイキャラでログイン出来る筈だ。


 今日は水曜日。

 ただの平日だ。

 別に、ゲームの為にサボったとかではない。

 この時間に家にいることは、おかしくもなんともない。


 俺の通う学園は、授業にVRを採用している。

 加速機能も惜しみなく使っているから、現実世界では半分しか時間が経っていない。

 そのお陰で体育やイベントの無い曜日は昼飯込みで、13時には帰ることが出来る。


 昼飯は交流の時間だから、授業が午前中で終わっても無くしたくないという学園長の固い意志によって決められたらしい。

 それはまあいい。


 さあ、地獄の始まりだ。


 アバターは特に変更せずに、ボイスチェンジャーだけ設定。決定。

 草原に出た。


「そいやっ!」


 活発女性系ボイスだ。

 次!


「だらっしゃあ!!」


 なんとなく惜しい。クールイケメン系ボイスだ。

 俺の求める≪男性26≫はもうちょっと年季の入った声の筈だ。次!


「るーららららるー」


 ショタボイス! こんなに厳ついのにショタボイス!

 クソったれ、ランダムが酷すぎる。


 クソか。

 ああこれクソだったわ!


 約二時間後。

 ようやく発見した。これは間違いなく、俺の耳に残り続ける≪男26≫。

 長かった。

 ボイス決めるだけで累計約四時間とか、流石伝説のクソゲーだ。

 けっこう辛かった。


 だけどこれで完璧だ。

 俺の理想のキャラが出来上がる。

 うおー! 美月、俺はやったぞ!


 これで最初に作ったのと同じキャラの作成に入れる。

 その前に一度休憩を挟むか。


 ログアウトして、ストレッチと水分補給をしておく。

 そうそう、ちゃんとトイレにも行っておいた。


 ついでに美月にも一言送っておこう。

 ボイス確定したぜ、っと。

 

 ……スマホを握りしめたまま、十分が経った。

 そんなに早く返信は来ないか。

 一先ず諦めよう。

 あいつのことだ、気付き次第食いついてくれるだろう。


 ようし、一息ついたぞ。

 次は歩く練習だ。

 これが出来ないとチュートリアルステージから出られない。

 美月に追いつく為にも、一刻も早く謎を解かないといけない。


 まずは横になってヘブンズゲートを起動する。

 声だけいじったこのキャラは消す。

 見た目はそのまんま俺だが、もう数十人目だから何も感じない。

 一々気にしてられるか。


 一番最初に作ったように、キャラクターを作成する。

 ちょっともみあげを追加しとくか。

 ――よし、完成。

 ボイスも間違いなくさっきと同じ≪女性32≫を選んだ。これで声は完璧だ。


 OKをタップ!

 草原に降り立った。


「こちらマーサー、潜入に成功した」


 適当な台詞を喋ってみる。

 よしよし、渋くてかっこいい声だ。このキャラの見た目にもよく似合っている。


 さて、問題はここからだ。


 歩く。

 歩けない。

 走る。

 走れない。


 ジャンプしてみる。

 脚が伸びただけで跳び上がることは出来ない。

 一体どうなってるんだこれは……。


 移動は出来る筈だ。

 そうじゃなければ、美月はこのゲームを続けていない。


 間違いなく出来るなら、諦める選択肢はない。

 とにかく考えてみよう。


 今までの感じだと、どうやらこのゲームの世界で物理法則は役に立たない感じだ。


 地面を蹴っても、前に進まない。

 むしろ地面を蹴った筈の足が虚しく後ろにスライドしていく。

 何度繰り返しても同じ。

 本当に浮いてるみたいだ。


 地面を蹴る行動に意味はない?

 じゃあ、どうやったら歩けるんだ?


 うーむ。

 分からない。

 とにかくひたすら走ってみるか。


 数時間一心不乱に足を動かした後、俺は遅めの晩御飯を食べてそのままふて寝した。

 なんだあのクソゲー。

 美月からの応援が無ければ心が折れてるところだ。







 さあ、今日も学校生活を無難に過ごした。

 これからは冒険の時間だ。

 まず最初の一歩を踏み出す為の練習だけど。

 いつになったら歩けるのか。


 数時間かけても歩けないとかマジで、美月との会話じゃなければ笑えないレベルだ。


 ネットを探せば、評価は掃いて捨てる程転がっている。

 殺意と感想の入り混じったカオスそのものだけど。

 俺も美月がいなければ絶対やってなかっただろうな。


「とはいえ、俺に撤退は許されない……」


 俺の口から、低くて渋いナイスガイな呟きが零れる。

 うん、いいな。

 よく似合っている。

 時間をかけた甲斐があった。

 この調子で歩くぞ!


「ぐぬぬぬぬぬぬ」


 どれだけ足を動かしても、やっぱり前には進まない。

 それどころか相変わらず向きも変えられない。

 腰と首の稼働域を活かして、なんとか後ろが薄ら見える程度だ。

 何かがありそうだから早く行ってみたい。


 だけど歩けないとどうにもならない。

 ぐぬぬぬぬぬ。


 ――そうだ、ヘルプだ!


 困ったらヘルプを読め。

 一番最初にゲームを勧めて来た時に、美月がそう言っていた。


 ヘルプを開く。

 ゲームの仕様について……これにしよう。


『≪ヘルプ:ゲームの仕様について≫を開きますか?』


 勿論『はい』だ。

 目の前に現れた選択肢を選ぶと、新しいページが開いた。

 そこにはずらっと項目が並ぶ。

 

 何かヒントになりそうなものは……お、これはどうだ?


 ≪動作について≫? これかな。

 開くと、俺の求めていた情報がそこに書いてあった。


『このゲームでは、二重表現デュアルエクスプレスシステムを採用しています。

二重表現システムとは、≪思考≫と≪行動≫、この二つが重なって初めて操作を受け付ける、非常に優れた誤動作対策なのです。

原理はとても簡単です。歩くと≪考え≫ながら、実際に歩く動作を≪行う≫だけ。

動作だけでも、思考だけでもその動作は実行出来ません。さあ、思考と行動を重ねて、快適なゲームをお楽しみください!』


 なるほど?

 ≪歩く≫と考えながら、ゲーム側で≪歩く≫と定義されている行動をとることで動作が出来る仕様なんだな。

 それじゃあ今までは思考と行動が一致していなかった?

 ……俺の思考が足りなかったのかもしれないな。


 歩く歩く歩く。俺は歩く。歩くぞ俺は!


 強く考えながら、足を踏み出す。

 今だけは、美月のことを思考の片隅に移動する。


 ――ぬるん。


 ダメだ、やっぱり前に進めない。

 違うのか。

 とりあえず美月のことを思考の中心へ戻しておこう。



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