仕様と不具合の挟間的クソ
そうして出来上がったのは、筋骨隆々のナイスガイ。
本来の俺よりも一回りか二回りデカい上に、顔も厳つい。
こんなのに現実で遭遇したら、俺は絶対に近寄らない。超逃げる。マッハだ。
おお、ボイスチェンジャーもあるのか。
これを設定すれば好きな声でやり取りが出来るらしい。
助かる。
俺の声は少し高めだからこのキャラには合わないと思ってたんだ。
サンプルをいくつか聞いて、決定。
男性ボイスの中でも低めの、渋い感じのかっこいい声にした。
正直な所、どうせなら幼女とか作りたかった。
でもそんなの美月には見せられないな。
ドン引きされるかもしれないし。
美月はどんなキャラを作ってるだろうか。
弄る必要も無いし、そのままに近いかもしれない。
ほんと可愛いオブ可愛いだから、そのままでも可愛い。
むしろ弄って欲しくない。
でも変えたら変えたで結局可愛いんだろうな。間違いない。
最後に名前は……≪マーサー≫でいこう。
これでキャラメイク終了。
気付けば二時間近くやっていた。
こんなに自由度が高くて楽しいのに、キャラメイクがクソ?
一体どういうことだ。
……まあいいか。
OKボタンをタップ。
一瞬で目の前が草原になった。
俺がここに突然出現したんだろうか。
見える範囲には草原が広がっていて、遠くに何か動くものがちらほら見える。
掌を見つめてみる。
グーパー、グーパー。
問題なく動かせる。
その場で足を上げる。下げる。
動く。
とりあえず身体は問題なく動く。
これがVRゲームか。
教材VRと違って全身が自由に動かせるのか。
なんか感動するな。
周りはどうなってるかな。
向きを変えようとして、違和感。
あれ、今何かおかしかったか?
もう一回。
……やっぱりおかしい。
向きが、変わらない。
何度足踏みしても向きが変わらない。
いくら地面を踏みしめてる足に力を入れても、視界がぐりっと動かない。
それどころかつま先にぬるっとした感触を捉えて、そのまま元の位置に戻ってくる。
気持ち悪い感触だ。
なんだこれ。
試しに歩いてみるか。
「……マジか」
脚は動く。
ただ、視界はほぼほぼ動かない。
上下の揺れすら無い。
全く進まない。
見えないルームランナーの上を歩かされてるみたいだ。
もしくは、俺の身体が浮いていて足が地についていない状態とか。
なるほど、これが動けないという評価の理由か。
間違いなくクソゲーだな。
どうすんだこれ。
「そもそも、なんだこの声」
俺は確かに、ボイスチェンジャーを設定した。
選択したのは≪男性26≫。
低くて渋くてかっこいい。そんな声を選んだ筈だ。
「あー、あー。あー……マジかよ」
今の俺の声は、何度聞いても女の声。
しかも、俺の好きな≪愛魔法少女ルンルンハート≫ばりのロリロリ萌えボイスだ。
声自体は滅茶苦茶可愛い。
好き。
でもこのいっかついキャラからこの声はない。
ないない。有り得ない。
「……愛と勇気漲る、無敵の心! 愛魔法少女、ルンルンハート!」
キメポーズをキメてみた。
ダメだ、やっぱり声だけなら可愛いんだけど、このキャラの口からその声が出てるのを思い浮かべるとモンスターにしか思えない。
筋肉と男気が漲ってる。
ポーズどころか薬でもキメてるとしか思えない。
こんなのに現実で遭遇したら、俺は絶対に近寄らない。超逃げる。マッハだ。
一度ログアウトしよう。
幸い、身体自体は自由に動く。
システム画面を呼び出して、ログアウトをタップ。
目の前が真っ暗になった。
目を開ける。
毎日朝に見るのと同じ天井が広がっている。
俺の部屋だな。
ネットの感想をよく読み直してみる。
クソゲー部分を早く見る為にキャラメイクを飛ばした人が多かったらしい。
しかし、一部の人は真面目に作成していた。
ボイスに関しても、きちんと書いてあった。
『キャラメイクの時点でクソ
真面目にキャラ作ってみたら、ボイスが選んだものと違ってた。サンプルではクール系美女ボイスだったのに、実際には甲高いアホみたいな男の声だった。
何度かやり直したけど好みのボイスが引けなくて投げたわ。
一応同じサンプルで初めても同じだったから、その都度変えていけば最悪でも百回で引けるけど俺には無理。死ね』
こんな感じに。
冷静に見えるけど、怒りがふつふつと伝わってくる。
なんでもボイスの中身が滅茶苦茶になっていて、ゲームを始めてみないとどの番号がどんなボイスか分からないらしい。
しかもこのランダム要素、ソフト毎にかかってるらしい。
つまり情報共有が出来ない。
クソか。
クソだったわ。
どうしようか。
完璧なキャラを目指すなら、声も合わせないといけない。
あんなロリボイスの屈強な男なんてギャグでしかない。
でもそれだけでキャラメイクの操作を繰り返すのも面倒なんだよな。
とりあえず順番にボイスだけを選択して、≪男性26≫を引けたら最後にキャラを作成すればいい。
キャラのリセット操作を含めて、どれだけ早くても一回三分くらいはかかる。
最後まで当たらなかったら三百分。
五時間か。やばいな。
キャラメイクに時間を掛け過ぎたせいでもう22時を回っている
そもそも帰ってすぐにゲームを始めれば良かったんだけどな。
少し覚悟を決めるのに時間がかかってしまった。
言っても仕方ないな。
とにかく前に、前にだ。
二時間程ボイスガチャチャレンジに挑み、爆死。
日付が変わる頃にふて寝した。
▼
「おっはよー!」
「おはよう」
謎の気怠さを抱えながら学校へ向かう途中。
元気で可愛い美月が駆け寄ってきて、隣に並んだ。
今日も元気で可愛いな。
「何の連絡も無かったけど、昨日ログインしたの?」
「キャラメイクで躓いたよ。ボイスと見た目がエグいくらい噛みあわなくて」
「あー、あれね。そういえば苦労したなー。公輝も結構拘る派なんだね!」
美月は屈託なく笑う。
話を聞くと、美月もキャラに合ったボイスを引く為にかなり時間をかけたそうだ。
そうとなれば、俺もやるしかない。
美月の完璧なキャラに並ぶ為には、俺も完璧なキャラを作らないといけない。
「キャラメイクが終わったらゲームが始まるけど、チュートリアルステージから出るのに時間かかるから、早く来てね!」
「ああ、任せとけって。なんとか頑張るよ」
あのクソ塗れのゲームは、一応オンラインゲーム。MMOと呼ばれるジャンルだ。
最初はオフラインのチュートリアルステージで一通りの操作を学び、オンラインの舞台へと旅立っていく。
その前のキャラメイクでこんなに時間かかると思わなかったけどな。
なにせ、まだ歩くことすら出来ていない。
先が思いやられる。
しかし、俺は諦めない。
隣の美月の顔を見る。
楽しそうに笑顔で話をしてくれている。
美月と楽しくゲームが出来るチャンスなんだ。
今まで何だかんだ何もしてなかった俺に降ってわいた、チャンス。
ここで行かないなら、好きだなんて思う資格すら無くなってしまう。
俺はやるぞ!
まずはボイスガチャリセットマラソンの続きだ!