クソゲーの所以
「……マジか」
初めてのVRゲーム。
俺の淡い恋心の為に始めたそれは、思ったよりも辛く厳しいものになりそうだ。
だってこれ、歩いてるのに前に進まないんだぜ?
クソゲーっていうかもうゲームの体すら整ってない。
だけど諦める訳にはいかない。
歩けないからなんだ。
それでも前に進まなければいけない。
永遠の片思いを脱出するべく、俺はこの一歩を踏み出すんだ。
今までの俺の人生を表すような……こんな足踏みじゃなく、本当の一歩を!
▼
今俺の目の前には、一つの機械が置かれている。
簡単に言ってしまえば、ゲーム機だ。
しかしただのゲーム機じゃない。国内ではまだ流通数の少ない、VRゲームを遊ぶためのゲーム機の最新機種だ。
見た目は分厚いヘルメット。
これを被って起動すればあら不思議、一瞬で意識はゲームの世界へと誘われる。
今のご時世、VRといえば五感を引っ提げてゲーム世界にダイブして、身体を動かす感覚で操作するのが当たり前。
それでも技術の進歩は止まらない。
原理は同じでも、画質、再現性、反応速度なんかを少しずつ更新しては新型が発売される。
なんたって売れるからな。
昔はガチのゲーマーはゲームの為に人生を賭けるくらいの勢いだったなんて話を聞くが、もっと酷くなってるんじゃないだろうか。
今やゲームだけの話じゃないからな。
なんでもかんでもフルダイブフルダイブ。
ある程度の加速機能なんてのもあるせいで、電脳世界で電脳パソコンを16時間打って実働8時間、なんてこともビジネスマンの間では常識らしい。
大人って怖いね。
まあ、そんな話はどうでもいい。
俺は今からこの機械を使って、とあるゲームを始める。
……始めようと思うんだけど、ちょっと尻込みする。
何故か。
ここで、今朝の回想に入る。
「あっ、公輝じゃん。おっはよー!」
「フンフンフーン、と、おはよう。今日も朝から元気だな」
「朝は元気なものじゃない?」
「はは、お前は昼でも夜でも元気だろ」
「だいせいかーい! 流石、よく分かってるね」
「何だかんだ付き合いが長いからな」
にへへ、とだらしなく笑う、サイドテールの良く似合うこいつは城嶋美月。
背は小さく、顔も小さく、でも目は大きく、髪は黒くてサラッサラ。
全てが『可愛い』で出来ている!
同じ高校に通う高校二年生。
ついでに言うと、何故かずーっと同じクラスの幼馴染。
密かに好きな相手でもある。
「でもなんか公輝も機嫌良さそうじゃない?」
「お、分かる?」
「付き合いが長いからね」
「実はだな、なんとあのヘブンズゲートMk-Ⅴが手に入ったんだよ!」
「えっ!? あの、ヘブンズゲートの最新型を!? どうしたのそれ!?」
美月はぐいっと乗り出してくる。
うおお近い近い!
こいつってば距離が近いからドキドキしっぱなしで困る。
肩を押して距離を離して、なんとか落ち着かせる。
ちくしょう可愛いぜ。
いっそ抱きしめてしまいたかった。
いや、さすがにキモい。我慢だ我慢。
なんとか平静を保ちながら、説明する。
母親が懸賞で当てたこと。
世間と機械に疎い母親が扱いに困っていたのを、もらったこと。
「うえー、いいなー! 私も欲しーい!」
「ドンマイ」
聞き終わった後、美月はすごく羨ましそうに喚きだした。
羨ましがってる姿も可愛いなぁ。
あげてしまいたくなるが、それは出来ない。
「ちょうだい!」
「やだ」
「ケチ!」
美月のお願いを即答で切って捨てる。
美月もすかさず罵倒を返してきた。
この程度のやりとりで俺が怒ったりすることはない。
むしろ幸せだ。
不機嫌な顔も可愛いからな。
回想終了。
と言う感じのなんやかんやがあって、俺は一つのゲームをプレイすることになった。
それが≪トライアンドエラーオンライン≫。
伝説のクソゲーだ。
美月曰く、
「発売直前に致命的な不具合が発覚したけど、価格を五百円にして販売を強行したんだよ! それに合わせて名前も変更! 安いし、怖いもの見たさもあって結構な数の人が手を出したんだけど、やっぱりダメ。動かすことすら満足に出来ないクソゲーだったの!」
ということだ。
チラッとネットの評価なんかも漁ってみた。
値段のせいか数はやたら多い。
色々書いてあったが、要約すると美月の言う通り移動出来ないクソゲーという感想がほとんどだった。
一部、キャラメイクもクソって書いてあるのが気になる。
何故そんなゲームを購入したのか。
それは、美月に薦められたからという、ただそれだけのことだ。
なんとこのゲーム、美月もプレイしているらしい。
元々、美月は結構なゲーマーだ。
だからもっと近づくために、俺もVRゲーム機が欲しかった。
しかし、値段が高すぎる。
一介の高校生に手を出せる額じゃなかった。
それが今回、棚から牡丹餅の如く降って湧いた。オカンから最新機器だ。
この機会を活かさない理由が無い。
動けない?
きっとやり方が悪かっただけだ。
美月がプレイしているということは、絶対に移動できないというわけではない筈だ。
動けたという感想がネットにないのは謎だけど、出来るのは間違いない。
「よし、やるか」
ヘブンズゲートを被る。
そのままベッドに横になる。
起動すると意識がゲームの世界に旅立つ。
つまり現実では意識を失う。
だから横になって使用するように、しっかりと注意書きがあった。
ゲームを起動。
キャラクターの作成も結構凝っているようだ。
目の前に、俺と同じ体系と顔のモデルが現れた。
今の俺が着ているのと同じ、シンプルな布の服に簡素な鎧を付けている。
茶色いし、多分革だ。
これが俺のキャラクターになる。
確定するまでは好きに弄れるようだ。
ちなみに、変更しなければそっくりそのままの姿で決定される。
俺の場合は現実と同じ姿だな。
これは、所有者登録の時に使った写真が元になってる筈だ。
目が死んでるのは実際に操作すれば変わるんだろうな?
どうせ弄るけど。
せっかくなので長めの髪を短くして、色は紫に。
顔に傷でも入れておくか。
目は角度を上げて鋭い感じ。
体格もでかくして、脚や腕の太さも足す。