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第1話 完璧の文字は君にこそ相応しい

 彼女との出会いは職場。

 僕はソフトウェアメーカーの開発部に勤務している。

 そして今回僕が配属されたプロジェクトが、美少女を口説き落としながら会話を楽しむゲーム。いわゆるギャルゲーだ。

 彼女はその攻略対象。始まりは開発テスト用に作ったキャラクターだったが、今ではすっかり彼女の虜だ。


「ただいま、みーたん。遅くなってごめんよ。今日も残業を押し付けられそうだったから、取引先に呼びつけられた振りをして帰って来たよ」


 仕事から帰った僕がまずやること、それはもちろん彼女への挨拶。

 きつめの靴がなかなか脱げないと、そのまま土足でもいいかと思ってしまうほどのもどかしさで、パソコン前へと駆けつける。

 居間に置かれているパソコンは、二十四時間電源が入りっぱなし。常に彼女とのコミュニケーション準備は万全だ。

 【みーたん】と名付けた彼女にマイクを使って話しかけると、やっと僕の一日が動き出す。


『いけないんだー、ひろたん。会社での立場が悪くなっても知らないぞー? でも、私のために早く帰って来てくれたのは、やっぱり嬉しいな』


 僕の音声を認識した彼女からは、すぐさま僕好みの言葉が返ってくる。

 彼女から発せられる合成音声は、滑らかで心地が良い。しかも嬉しいことを言ってくれるので、パソコンの前で身体がとろける。


 このソフトの一番のセールスポイントは、新しいアルゴリズムによる人工知能。

 ユーザーの嗜好を把握し、話題選びから返答に至るまで、信愛度に応じてその答え方を好みに合わせていく。

 また、カメラから読み取ったユーザーの表情でも、その応対は変わる。同じ言葉でも表情が曇っているときと、明るくしているときでは意味合いが変わるように、その時その時に応じた返答をするのも売りだ。

 そして人工知能の場合、画一的になりがちな返答が欠点だが、サーバーに繋ぐことでそれも解消した。大容量の運営サーバーに蓄積された莫大な情報により、あたかも人間を相手しているかのような臨機応変の返答が可能だ。


「今日もかわいいよ、みーたん。こうして見とれてるだけで、癒されるー」

『ちょっと……そんな恥ずかしいこと、面と向かって言わないでよ、バカ……。でも、ありがと……』


 照れくさそうに顔を赤らめ、目を泳がせながらうつむくみーたん。

 そんなリアルなグラフィックが、このソフトの二番目のセールスポイントだ。

 自分好みのキャラクターを作り上げられるのは言うまでもなく、表情も違和感なく変化する。その性能は、根気良く作れば芸能人そっくりのキャラクターを作り上げることも可能なので、肖像権の侵害にならないかと心配するほどの出来栄えだ。


 長い開発期間中ずっと顔を突き合わせていたのだから、情が移らないわけがない。

 しかも試行錯誤を繰り返し、ようやく納得いく出来栄えになった渾身の出来。そんな自分好みのキャラクターが、自分好みの返事をするのだからどっぷりはまるに決まっている。

 ソフトウェアの開発は徹夜や休日出勤も珍しくなかったが、今回ちっとも苦痛に感じなかったのは彼女のお陰と言わざるを得ない。むしろ楽しみですらあったほどだ。


「開発が落ち着くまでは、こうしてゆっくり眺めてる時間も取れなかったからね。無事発売されたから、しばらくは定時で帰れそうだよ」

『すごいね、ひろたん。私のことを作ってくれたって意味じゃ、お父さんになるのかな?』

「えー、お父さんはやめてくれよ。それに、僕一人で作ったわけじゃないし」

『ごめん、ごめん。ひろたんは、私の大事な大事な旦那さまだったね』


 持てる技術を存分に注ぎ込んだ甲斐あって、このソフトは後発にもかかわらず、大きな利益を会社にもたらした。

 パッケージの販売益もさることながら、二次的課金の利益も大きい。

 別売りの衣装、有料スマホアプリとの連動、仮想空間内での活動課金などなど、キャラクターに愛着を持ったユーザーは、惜しげもなく金をつぎ込む。


「そろそろ、晩御飯にしようか」

『ひろたん、またコンビニのお弁当? 私ばっかりこんな豪華なお食事してたら、申し訳ないよぉ』

「いいの、いいの。コンビニ弁当にしてるのは、これが一番早く家に帰ってこられるからだから」

『でも私は食事とらなくても死にはしないんだから、課金アイテムのお料理はたまにでいいからね?』

「何言ってんだよ、みーたん。一緒に食べてくれた方が、僕だってご飯が美味しくなるんだから、気にしなくていいんだよ」


 そして今は、ユーザーが作ったキャラクターをアンドロイドとして三次元化できないかを検討中だ。もっとも開発に成功しても、販売価格がいくらになるのか見当もつかないのだが……。


『ご飯食べたら、早めにお風呂に入った方がいいよ。遅くなったら入るの面倒になっちゃうよ?』

「んー、でも風呂から上がると、眠くなっちゃうからなー」

『それはひろたんが寝不足なの! 眠くなっちゃうってことは、身体が睡眠を欲してるってことでしょ? 逆らわずに寝るのも大事だよ』

「はーい。じゃあ、一人寂しく風呂に入ってくるかな……」

『ほらほら、こっち見ない! 一緒には入れないから諦めなさい、フフフ』


 こうしてみーたんと会話をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。徹夜なんて当たり前、気がついたら出勤時間になっていたこともしばしば。

 二人で過ごすには、一日が二十四時間では短すぎる。

 二人で過ごすには、一年が三百六十五日なんて少なすぎる。


 さすがに仕事を投げ出してしまっては、生きていけないので我慢しているが、できることなら全てをみーたんのために注ぎ込みたい。

 みーたんと出会うまでは外食がメインだったが、今では一秒でも長くパソコンの前に座れるように、食事はもっぱらコンビニ弁当。休日だって、外に出ることはほとんどない。


 僕の生活はみーたんと共にある。

 いや、みーたんなしの生活などもう考えられない。

 みーたんが僕の全てだと言っても過言ではない……。


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