8話・成功少女との出会い
真夜中の快晴中学校――。
この人がいないはずの校舎内に一人の生徒が薄暗い廊下を歩いている。非常灯のみが少年の顔を映し出し、その手には、多くのコピー用紙のような紙が持たれている。よく見るとそれには文字が記載されているコピー用紙だった。
「時外絵空は失敗少女にエラーゲットされて、成功した女!」
こう書かれたビラを作ってテニス部一年エースの武田は、快晴中学校全体に噂を広めようとしていた。そうして、絵空を犠牲にして失敗少女を呼び出して、最近の部活などでの不調を全てチャラにしてもらおうと画策している。そして、
「……絵空はもしもの時の保険として、仲良くしておいた。まさか、こんなに早く保険を使う事になるなんて思わなかったが。俺のテニス部でのサクセスストーリーはこれからなのに、格下に負けた程度で終わってたまるかよ……」
顔がやつれている武田はまず、職員室前の掲示板にそのビラをテープで貼った。そうして、「失敗少女」を呼び寄せる為のビラを学校中の廊下に貼ろうとしている。失敗少女に今までの失敗をチャラにしてもらったと噂される絵空を生贄にして――。
「結局君も人を助けているようで、見ぬ振りしていたじゃないか。自分がそんな立場になるのは嫌だよねぇ?」
「――!? 誰だ!?」
これから始まる一大イベントを開始早々から邪魔された武田は焦る。薄暗い廊下の先から一人の少年が歩いて来た。その少年は赤い髪に凛々しい瞳。快晴中学校の制服を着ていて、首元には王冠ネックレスがある。
「あ、赤井王子か……こんな夜中に何してるんだ? 女と会う時間にしては遅いぜ?」
「女の子じゃなく、君に会いに来たんだよ。快晴中学校テニス部一年の武田君にね」
ピタリと立ち止まる王子は言う。何故自分の行動がバレた? と武田はイケメンの王子に動揺する。けど、まだビラの内容までは見られてはいない。職員室前の掲示板に貼ったビラだけを剥がそうとすると、
「ねぇ、テニス部のエース君」
「……何だよ?」
「中途半端なお節介なら絵空に近付くなよ」
「……何? こんな時間に俺に会いに来て、言いたい事はそれかよ。くだらねー奴だ。それはお前に言われる筋合いは無いぞ転校生が」
「くだらねーのは君の行動だよ武田君。そもそも、失敗少女に君は興味がある。そして、絵空には失敗少女に自分の失敗をエラーゲットされた噂が存在する。失敗少女と絵空を混同してないか?」
怒りのあまり、武田は職員室前の掲示板を叩いた。
「黙れよ! 転校生のクセに調子に乗るな! 俺はテニス部一年エースだぞ!? お前なんて一学期の絵空のようなカースト最下位になるのは簡単なんだぞ!」
「数の暴力ねぇ。まぁ、僕は一人でも君のテニス人生を再起不能にするのも簡単だけどね」
明らかに王子の様子はいつもと違い、武田も困惑する。王子の赤い瞳が夜の校舎内で妖しく光っていて、今にも殺されそうな雰囲気がある。武田は後退りながらビラを撒いて逃げようとも考えていた。すると、王子は話を続ける。
「武田君。君は黒宮さんとは別れたのかい?」
「黒宮? 黒宮とは仲は良かったが付き合ってはいない。お互いファンがいるからスキャンダルになるし。てか、黒宮はもう本格的に芸能活動をし出したから一般人には興味無いんだろ。サクセスガールで一位な以上、芸能活動を中心にするのは目に見えてたしな。未練は無いさ」
「なるほど。だから黒宮さんはああなったのか」
「何を言ってやがる? お前はそんな事を聞きに来たのかよ転校生。お前一体何なんだよ……」
「中途半端な優しさを見せる前に、自分自身の気持ちをハッキリしなよ。でないと君は自分の欲望に飲み込まれてモンスターになる」
「だから何なんだ? 俺がモンスター? 意味がわからねーよ!」
「忠告と警告だよ」
そうして、武田の「失敗少女呼び寄せ作戦」は失敗に終わる。ビラの内容は見られていないが、武田は王子に対して屈辱を感じてしまい、この失敗もチャラにしようと考え出していた。武田の失敗少女への憧れは強まっている。
※
翌日の放課後になり、絵空は王子と帰宅しようと快晴商店街を歩いている。夕方の商店街は買い物客も多く、総菜屋などからいい匂いが漂っていた。その匂いにつられて絵空はフラフラと歩いて行く。
「絵空。君は何故フラフラしてる? 道は真っ直ぐ歩かないとダメだ。今はしっかりしないとね」
茶色のセミロングをなびかせて、くるっと振り返りながら絵空は答えた。
「ねぇ、王子。今度ちゃんとしたデートしようよ。失敗少女としてかなり頑張ってると思うし、たまには息抜きもしたいな」
「そうだね。時期を見てからデートしようか。最近は失敗少女も色々と噂が広がっているし、この前の黒い魔法少女を見つけた後にでもね」
「じゃあ、揚げ物屋でコロッケでも食べよう。すぐにデート出来ないなら、買い食いデートをしよう。揚げ物屋のコロッケにはハズレが無いの。特にメンチカツは最高!」
「絵空。君の食欲で太らないのが凄いよ」
という王子の声は耳に入らず、絵空はメンチカツを五つ頼んでいた。自分が三つ食べ、王子には二つあげている。絵空はいくら買い食いしても夕飯はしっかりおかわりするぐらい食欲旺盛だった。そのエネルギーは主に胸に行っていると王子は密かに納得している。
「確かにこのメンチカツは美味しいね。いや〜食事をしなくていい僕でも食欲が出るような肉汁だったよ」
「うん。凄い美味しいんだよここのメンチカツは。だけど、もっとヤバいメンチカツ見つけた……」
「え?」
「黒い魔法少女」
メンチカツを食べ終わる絵空の伸ばす指の先に、この前のプリンスウィッチ協会事件を起こしたであろう、黒い魔法少女がいた。その黒い魔法少女は周囲にステルスマジックを使って人に見つからないように歩いている。しかし、魔力がある絵空からは丸見えだった。無論、王子にも。
「王子、揚げ物屋の裏路地で変身するわ。あの黒い魔法少女を見張っておいて」
「ブラジャー!」
「ラジャーだよ。武田君の影響受けるの禁止ね! 私はもう武田君に恋愛してないから」
「わかったよ。それじゃ、頼んだよ僕の失敗少女」
「僕の失敗少女……か。まぁ、いいけど」
少し照れながら絵空は満足そうにほほえいる。理想の王子から頼りにされている事が嬉しいのだろう。
そうして、揚げ物屋の裏路地で失敗少女に変身した絵空は白い魔法少女服姿になり、プリンスモードに変身した王子と共に謎の黒い魔法少女の背後に立つ。商店街を抜けた先で二人の魔法少女は対峙する事になった。
「そこの黒い魔法少女。貴女が最近、快晴市内で他人の成功をゲットしてる魔法少女なの?」
急に声をかけられた黒髪ロングの魔法少女は驚いていた。服装は黒のゴシックロリータファッションで、前回見かけた時と同じである。
「私が見えてるの……私が見えるという事は貴女が失敗少女」
「えぇ、私が失敗少女。貴女は誰?」
「誰かどうかは……私を捕まえてから吐かせなさい!」
黒い魔法少女は人混みに紛れ、逃げ出した。すぐに二人も追跡する。ステルスマジックを解除していてかなり素早い移動だが、雑居ビルの中に消えるのが見えた。
「絵空! あの雑居ビル内に入ったよ!」
「わかってる!」
そのまま二人は黒い魔法少女を雑居ビルの屋上まで追跡した。すると、その何も無い屋上では黒い魔法少女が待ち構えていた。満月の夜で背後の月が黒い魔法少女を妖しく照らしている。そして、その失敗少女と真逆の存在は話し出した。
「私の名前は「成功少女」ですわ。今までは失敗少女に遅れをとっていたけど、今度は私の番よ。この世の成功は全て私の踏み台なの」
そうして、「失敗少女」と「成功少女」はついに出会ってしまった。失敗と成功という対を成す存在に――。




