6話・サクセスガール一位の黒宮聖子
黒髪ロングでスタイルも良く、才色兼備という言葉がよく似合う黒宮聖子は、茶髪のセミロングである時外絵空を屋上の出入口で見下している。
『……』
見た目だけなら胸の大きさだけが負けているが、それも今後の成長で勝つと黒宮は確信してから黒宮はゆっくりと言葉を吐いた。
「ごめんなさい時外さん。トマトジュースこぼれたけど、大丈夫?」
「こちらこそ、ごめんなさい黒宮さん。トマトジュースがこぼれただけだよ。服に付いて無い?」
トマトジュースが地面に溢れただけで、絵空に鼻血は出ていなかった。しかし、この夏の暑さの地獄とも言える屋上にわざわざ黒宮が来た事が絵空には気になっていた。
(……そういえば、武田君は私を紹介したけど黒宮さんを紹介してなかった。サクセスガールでナンバーワンの黒宮さんを紹介してないのは、彼女のプライドを傷付けてしまってるはず……しかも、後ろには女子が全員狙ってるような赤髪イケメンの王子がいる。ピーンチ!)
この屋上で王子に転校生として来た理由を聞き、お弁当を食べたらとっとと離れる予定だったが黒宮が現れた事で作戦は終わった。イケメンの転校生といきなり屋上に二人でいたら、何かあると疑われて当然である。
(でも、こうしてもマジマジと見ると黒宮さんも別人ね。小学校四年生までは顔は美人だけど太ってたのに……)
黒宮聖子は今とは違い、小学生五年生時代までは太っていたが、痩せれば才色兼備である自分を世界に示したかった欲があった。そこで開始間もない成功体験を目指して活動する人物を応援するサイト「サクセスガール」にてダイエット記録を投稿。そうして、小学校を卒業する頃には黒宮聖子は学校のアイドルになっていたのである。
「ねぇ、時外さん。時外さんと転校生の仲を邪魔する気は無いわ。でも、時外さんの変化については気になるの。今の成功はサクセスガールに投稿すれば盛り上がるわよ。ランキング一位の私が言うんだから間違い無いわ」
「……」
「そんなに警戒しないでよ。私は時外さんの変化を知りたいの。夏休みの間に何があったのかをね」
黒宮は変化を知りたがっていた。
この夏で起こった絵空の変化を。
それはまるで夏休み時期に現れた「失敗少女」という魔法使いに憧れているような話し方だった。
(何なの黒宮さんは? 異様な暗さが私の喉を締め付けるように感じる言葉。怖い……この人怖い……)
暗闇から手を伸ばして奈落に引きずり込むような黒宮にたじろぐ絵空だが、ニコニコしてる王子が割り込んで来る。
「チャンスじゃないか絵空。黒宮さんと話すといい。絵空も今の自分を受け入れてもらえるチャンスだよ」
(まさか、王子は黒宮さんがここに来るとわかってて私を怒らせた? あれ? つまり、私が王子が好きなのバレてる……?)
慌てる絵空だが、王子はフフフと笑っているだけでこれ以上会話に混ざって来ない。屋上の出入口は黒宮がふさいでるので、絵空は無理矢理出るのも難しい状況だ。黒宮は絵空の王冠型の髪留めと、王子の首元の王冠ネックレスのデザインが同じ事に気付いた。しかし、すぐに視線を絵空に向ける。
「黒宮さんは私の変化がおかしいと感じてるのね? わざわざ訪ねて来るほどに興味があるようだけど、私からすれば黒宮さんの変化もおかしく感じてるよ」
「私の成功はサクセスガールでのダイエット記録が証明してるでしょ? 貴女の場合は今まで失敗ばかりしていたのに、二学期になって突然成功している。しかも、こんな王子風のイケメンまで仲良くしていて、どう考えてもおかしいわ」
「でも黒宮さんもサクセスガールで一位になってからの変化は凄いじゃないですか? 太っていた黒宮さんがグラビア活動をしているのは、小学生時代から知る私としてもおかしく思えます。それと同じ事を言ってますよね?」
二人の少女はお互いの事を棚に上げるように話していて平行線だった。話し合いをけしかけた王子も閉口している。屋上での炎天下というのもあり、絵空は段々とイライラして来ている。
「黒宮さんの言いたい事は、私の変化がおかしい件と武田君の件ですよね?」
「気付いていたのね。そもそも貴女と話すのも彼の件以外無いわよ。変化なんてついでの話。小学校時代も仲良くは無いし、今は同じクラスの武田君を通してしか接点もないでしょ?」
「貴女が色々と自分から接点は作ってると思いますけど?」
「夏休みに何があったか知らないけど、そこの転校生が関与してるのかしら? 一学期は失敗ばかりして自信が無い女だったのに」
「夏は女を変えるという事です」
くだらない話に嫌気がさす絵空は黒宮を押してでも屋上から出ようとする。その光景を王子は冷静に見つめていた。
「ちょっと! 近寄らないでくれる? 武田君は私しか受け入れないから。今後意味もなく喋るのはやめて。私が言いたいのはそれだけよ」
「何でですか? 肉体関係程度じゃ引き止められないですよ? 人の心が全て貴女を向いていると思ったら大間違い」
「発情期が!」
段々と近寄って来る絵空に激怒した黒宮は頬を叩く。そしてそのまま去って行った。魔法で手のひらを冷たくした王子は、叩かれた絵空の頬に当てた。
「ヒンヤリして気持ちいい……でも痛い」
「僕がけしかけた事が裏目に出たね。すまない。でも、肉体関係まで言わなくてもいいんじゃない?」
「ムカついてたからしょうがないでしょ。それに、一撃くらわせて少しはスッキリしたはず。まぁ、武田君も二学期になってからよく話して来るようになったし、私もそれに応じてたから悪い面もある。今日はおあいこ。けど、次があれば私も攻める」
そうして、絵空も屋上から去った。溜息をつく王子は炎天下の屋上でも一切の汗もかかずに太陽を見上げていた。
「やれやれ。どうやら、テニス部の武田君に一言言っておく必要がありそうだ。今後の為にもね」
※
それから数日が過ぎているが、相変わらずテニス部の武田は絵空に話しかけていた。武田は王子にも話かけて、クラスの輪に溶け込ませるように動いている。しかし、絵空と黒宮はあれから断然したままだ。
この快晴中学校一年一組は男は武田・女は黒宮というトップで成り立つクラスだった。しかし、現在は絵空が成り上がっている為に歪みが生じている。その為、クラス内の序列の安定を図る為に色々している人間を王子は観察していた。
その一人である黒宮は学校内の野菜畑で水をあげていた。目の前は野球部が活動している校庭であり、ホームランを打つとたまに野菜畑に入ってしまう事もある。野球部のキャプテンの打撃練習でホームランがあり、それは黒宮のいる野菜畑方面に飛んだ。
「きゃ!」
すぐさま野球部のキャプテンは急いで野菜畑に向かう。
「すみません! ホームランボール飛んで来ましたか!?」
「えぇ、丁度野菜畑に落ちたわ。ここまで飛ばすなんて凄ですねキャプテン。私は応援してますよ!」
「あ、ありがとう黒宮さん。サクセスガールでの活動楽しみにしてます!」
「じゃあ、私にサクセスガールサイトからメッセージを頂戴。返信するから」
そうして、野球部キャプテンはまた練習に戻って行く。黒宮はゆっくりと微笑み、野球部キャプテンが打ったホームランボールを拾いに行く。
「この野菜畑にボールが飛んで来た? それは嘘。ボールはわざと土の上に落とした。私はわざわざ野球部でホームランが来る所にいたのよ。でもここで芽をつけたのは野菜じゃなくて人間なの。私は野菜じゃなくて、強い男の成功を食べるの」
グラウンドの隅に落ちてる野菜ボールを踏み付ける。このグラウンドで活動する野球部の成功を黒宮は信じていた。
「……そして、その男を食ったらまた薄暗い快感が私を強する。サクセスガールとしてね。これを繰り返せば、私は永遠に薄暗い快感を得て、最強のサクセスガールになれるわ。今あるものを捨てても、全てを成功させて失敗少女に勝つ」
黒宮はどす黒い笑みを浮かべて笑っていた。




