15話・ウミパラデート
快晴市の南にある海沿いの水族館であるウミパラダイス。
通称・ウミパラと呼ばれている。
今日は絵空と王子は気晴らしも兼ねてウミパラデートをしようとしていた。現在、世間では失敗少女と成功少女の話は相変わらず盛り上がっているが、当人達は次の決戦に向けて力を溜めている段階である。
白の薄手のコートに黒のニット。膝丈の紅いスカートにブラックブーツを履いている絵空はウミパラへ向かう駅までの道のりで王子と話す。
「ネットを見ても、失敗と入力するだけで失敗少女の謎サイトとかめっちゃでるよ。適当な話でアクセス稼いでるのは気に入らないね」
「確かに僕等は当事者だからね。戦いに身を置かない部外者は安全地帯から眺める猿のようなものだよ」
「王子、黒王子になってるよ」
「絵空、そろそろ歩きスマホやめようか。人も増えて来たからバレそうな会話もやめた方がいい。今日はデートなんだからね?」
「かしこまり」
世の中は失敗少女と成功少女という二つの魔法少女の話が一段と有名になっている。
失敗少女は人の失敗を絵空事にする。
成功少女は人の成功を増幅させる。
勿論、成功少女の話はデマであるが、この心の擦り切れた人々が住まう地球の現代においては信じられていた話だった。
相変わらず快晴市には、失敗少女や成功少女に出会うべく現れる観光客が多かったのである。
そして、ウミパラも当然水族館なので混んでいる。しかし、二人はそんな事は何も気にならない。
そこで、二人は恋人のようなデートをした。同じ飲み物をストローで飲み、同じマフラーを買って、同じタイミングで笑う。自然に手を繋ぎ歩いている姿はこれが初デートとは思えない姿だ。ふと、アイスを見ている絵空に王子は言う。
「絵空、アイスを食べようか。少し寒い時のアイスはまた格別だよ」
「お! わかってるね王子。それじゃ何にしようかな……オレンジがいいけどブドウも捨てがたい」
メニュー表に色々とあるアイスを眺める絵空はオレンジとブドウで迷っているようだ。
「絵空はチョコミントにしないの?」
「チョコミントとか有り得ない。王子の味覚は原始人だね」
「げ、原始人! それは初めて言われたよ。流石は僕の失敗少女。素晴らしい台詞だ。というわけで……」
王子は店員にオレンジとブドウを頼んだ。あれ? と思う絵空は聞く。
「王子は二つ食べるの?」
「いや、一つだよ。絵空が二つ気になってるなら、絵空が好きなのを二個頼めばいいでしょ?」
そう言い、王子は自分のブドウアイスを先に食べさせる。二人は普通の恋人のようにデートを楽しんでいた。その後、海の動物などが行うウミパラショーを見る事になった。
薄暗い室内でのウミパラショーも終わり、座ってる二人はショーの最中も手を繋いでいた。夏前の絵空とは大いに違う姿である。絵空は本当に王子の事を愛していた。それが、本の中の存在でも。
そして、絵空はその気持ちのまま薄暗い室内で隣に座る王子を見つめた。
「……」
「……」
二人はショーの拍手が起こる最中、互いの唇を求めている。絵空はこの戦いが終われば、王子と自分はどうなるのだろう? と思いながらも王子の顔に唇を近づけて行く。
そして、この楽しいデートも終わりを告げる事になった。
突如、激しい物音がしてウミパラショーは混乱する。異様な黒いシルエットが浮かび上がり、人々は逃げ出した。それは明らかに人間に対して危害を加える存在であったからである。まだ現状を把握出来ない絵空は呟いていた。
「王子……あれ……モンスターだよね? ウミパラにモンスターがいる……」
「あれはモンスターだね。誰かが魔女に心の闇を突かれて生まれた存在。という事は、成功少女がこの近くにいるという事か?」
「変身して倒す方がいいね」
「待って。成功少女が近くにいるなら、出て来るはずだよ。この周囲にはモンスター以外の大きな魔力反応も無い。これは魔女が現世に干渉してる事で偶発的に起きた事かも知れない。快晴市だけの出来事だろうけどね」
「快晴市だけでも被害は出るよ。モンスターが現れた以上倒さないと――」
動き出す絵空の手を王子は掴んだ。
振り返り、何故? という顔の絵空に王子は言う。
「前回現れたような「モンスター」はコモンとかとは違い人間に姿が見えて、直接的に襲う事が出来る。けど、モンスターを生み出している人間の成功魔力も長くは持たないから3分もすれば消え去る。元は人間の微量な魔力から生まれ、人間の生命力がキーでもあるのでモンスターを維持するのは、魔女でも出来ないから無理に倒す必要は無いよ」
「今はモンスターから人々が逃げてるけど、その3分で建物への被害は出るよ? そしたらウミパラの人達は困る事になるし、明日来ようとしてた人も困るはず」
「絵空。君の真の目的は成功少女を倒し、魔女を消し去る事だ。これからもこんな事はいくらでも起こる。もう少しの辛抱だ。魔女復活祭が起こる瞬間まで無闇に動く必要は無い」
「……」
気持ち的に絵空は前に王子に言われた通り、細かな事件を解決するのは諦めていた。しかし、ウミパラで目撃すると見過せなくなったのである。
「私は……目に止まった困っている人は見逃せない。だって私は失敗少女だから」
「目に止まるのは、目の前だけじゃなくて世の中だよ。自分の目の前だけじゃなくて、ネットを見れば成功少女と関わる人間がモンスター化する恐れもある。けど、それは放置しないといけない。君は成功少女と、その裏にいる魔女を倒す事が全てだから」
「……でも」
「モンスターはもう少しすると消える。長く保っても3分程度。魔女達も僕達を邪魔する時以外にモンスターは使わないだろう。わざわざ社会を混乱させても、成功少女が疑われるだけだからね。だから今回は……」
「でも成功少女が活躍したら、世の中は混乱するよ。成功少女を自分の成功を得る為の力と信じてる人達は精神を病んでしまう。もう、このままじゃいたくない……見過ごせないの。私は失敗少女だから」
「そんなんじゃ、これから自分自身が保たなくなるよ?」
「……それでも私は失敗少女だから!」
納得のいかない絵空は王子の手を振りほどき飛び出してしまう。避難する人間の波にのまれる王子は絵空を見失ってしまう。誰も周囲にいないホールで暴れるモンスターは絵空を見つけ、絵空も失敗少女へ変身する――。
「だ、誰?」
いきなり、絵空は横から現れた中年の男に手を掴まれた。
「ちょ、何? 離してよ!」
「あんな化け物がいて離せるか! 俺はフリーカメラマンの亀田だ。お嬢ちゃん、ここは逃げるが勝ちだ。とにかく逃げろ!」
「えっ? あーーーっ!」
絵空はフリーカメラマンの亀田に助けられる。そのままモンスターも魔力が切れて人間の姿に戻った。周囲の建物にも大きな損害は無くて済んだようだ。
そのカメラマンはモンスターになった人間と周囲の風景を撮影すると、絵空にはここは俺に任せとけと言って別れた。そして、駆けて来た王子とまた再会する。
「絵空……さっきは済まなかった。これからは君の好きなようにしていい。失敗少女の力は君の力なのだから」
「コッチもごめんね王子。私も自分の感情をコントロール出来なかった。これじゃ、失敗少女にも魔女にも勝てないよね」
「……絵空」
「王子の言う通り、全ての人間の失敗を救うのは無理。でも、この目に止まる人だけは助けさせて」
「あぁ、頼むよ僕の失敗少女」
そうして、二人は抱き締め合った。この戦いの早期の解決を目指して二人は行動する事になった。これ以上の被害にならない為に、成功少女と魔女を次の戦いで必ず倒すと誓って。
※
そして、黒宮聖子は無造作に生まれるモンスターとの戦闘訓練をしつつ成功少女として強くなっていた。
同時に芸能活動をして、他者のサクセスをも奪いかなりの強さを得ていたのである。その黒宮はグラビアの撮影で控え室で休んでいた。すると、扉がノックされてどうぞと答えた。
「あら、確かフリーカメラマンの亀田さんでしたね」
「サクセスガール不動の一位の黒宮さんに覚えてもらって光栄だな。今日は君に耳寄りな情報があるんだ」
すると、亀田は鞄から何かを取り出す。それは資料でもなく、パソコンでも無い。ただの黒い拳銃だった。
「俺は失敗少女と成功少女について調べている。君の異常な成功体験を調べていたらビンゴで良かったぜ。そして、君の周りには失敗少女もモンスターもいた。これは俺の出世のチャンスだぜ」
「……つまらない出世ね」
病人である武田の現在を取材しようとした亀田は黒宮のグラビア撮影も担当していた事があったのだ。そして、失敗少女と成功少女の初戦闘に居合わせた人間でもあったのである。
「俺は失敗少女と成功少女の全てを追いかけて真実を突き止めたい。協力してくれるよね黒宮さん?」
「ふふ。誘い方に品が無くてよろしいわ」
亀田が成功少女について銃を突き付けインタビューすると、黒宮はニッコリと微笑んでいる。銃を突きつけられてまるで動じていない黒宮に亀田が動揺すると、背後に嫌な気配がした。
「あらぁ? ダメじゃない私の成功少女にお痛しちゃあ……色々調べている事を教えて貰おうかしらぁ」
「ぐっ! お前が話に聞いていた魔女か? 本当に実在するとはな……となると、あの失敗少女の近くにいた赤髪のイケメン君がやはり王子か」
「王子と魔女の絵本まで詳しいようね。なら、アナタは魔女の奴隷にするわ。おめでとう」
「ハハッ! これで失敗少女も成功少女も、王子も魔女もわかった! 後は撮影とインタビュー……」
「出来ないわよ」
と、黒宮は拳を腹に叩き込んだ。
同時に魔女が亀田の精神を支配する。
これにより、亀田が調べていた出来事は全て魔女にバレてしまう事になった。魔法少女達の情報はここで止まった事になる。しかし、黒宮は冷たい目線で魔女である亀田に言う。
「こういうつまらない人間が現れる前に、とっととケリをつける必要があるわ。魔女復活祭の前に失敗少女を始末する必要が」
「そうねぇ。アナタもかなり強化されてるし、先に向こうの陣営を倒すのもいいかも。勝てるかな成功少女?」
「最後の勝利者は私。成功少女は成功する為に存在するの」
「いい言葉だわ。流石は私の成功少女。クフフフ……」
そして、終わりの始まりである激動の年末になった――。




