13話・魔女から生まれしモンスター
夜空に浮かぶ月が、その場の人間達を見下すような仕草の魔女を照らしている。失敗少女と成功少女との戦いの最中に異空間から現れた黒衣の魔女。その紫色の長い髪の先端から蠢く蛇頭はメデューサそのものだ。その魔女はかつての恋人である赤髪の王子を見てから、失敗少女を見た。
「……あれが失敗少女ね。確かに魔力のコントロールは甘いけど、戦闘経験での強さは感じるわ。これは私の成功少女では今は勝てないかもねぇ?」
「勝てるわよ。私が本気になればね」
悔しげな成功少女の言葉を魔女は微笑みで返した。ウルサイ……と。失敗少女である絵空が動こうとするが、王子がそれを止めて前に出た。
「やぁ、久しぶりだね魔女。お互いの戦力は揃った。ここからが勝負だ。僕は君を愛しているが故に、この世界への完全な受肉はさせられない」
「戦力じゃなくて駒でしょう? まぁ、かつては私も貴方を愛していたけど、それはもう過去の話。愛よりも私はこの世を支配したい気持ちで溢れているの。だから、王子様とのお遊びもそろそろ終わりよ」
「あぁ、そうだね。僕もこの失敗少女の代で全てを終わらせるつもりだ。僕も君も絵本の中に戻り、ただ語り継がれるだけの存在に戻るんだ」
「ダメよぉん。私には私の目的がある。この世界は魔女が支配するの。それに、上手く誤魔化して使ってるようだけど、魔法使いに関与した以上まともな人生は送れない事を教えてあげてるのかしらぁ? クフフフ」
失敗少女の絵空も、成功少女の黒宮も王子と魔女の会話に聞き入っている。自分が知らない話をしているのが気になるのだろう。ビル建設の工事現場の屋上では時間はゆったりとしているが、張り詰めた空気に満ちている。そして赤髪の王子は続ける。
「わざわざ具現化してまで外に出てきたという事は、どうやら魔女として世界を支配する魔力は貯められたようだね。本の中からネット内に逃げ、そこから人々の心の中をくすぐって魔力を集めたのには感心するよ。サクセスガールというサイトは、よく出来たものだね」
「褒めても私の考えは変わらないわよぉ。それに具現化は魔力も消費する以上ずっと具現化はしてられない。だからこそ、面白いモノを使うわ。これから現世を乗っ取る計画の駒の一つをねぇ……」
魔女の手が動くと、成功少女が眉をひそめる。同時に失敗少女と王子は驚いた顔をした。
『……』
ズズズ……と魔女が開いた異次元のゲートから快晴中学テニス部の武田が現れた。その武田は屋上に現れると、ただ正面を向いて立っていた。その魂を抜かれたような顔に絵空と王子は魔女に何かをされたと思う。成功少女である黒宮が話だそうとする前に、失敗少女である絵空が言った。
「魔女! 何故、武田君を使おうとするの!? 武田君のサクセスを利用して何をするつもり!?」
「クフフフ……活き活きしてるわね失敗少女は。そのモンスターに勝てたら、いつか相手してあげるわ。その時は、魔女が世界を乗っ取る日になるけどねぇ」
「世界を乗っ取るとかマンガの読みすぎだよ! 魔法使いでも簡単に世界を乗っ取るなんて不可能。人間は流される生き物だけど、心の中は複雑だから魔法だけじゃ支配は出来ない」
「それも魔女というカリスマが世界に出れば解決するの。それにまず、アナタは成功少女を倒さないとならないわよ。私と王子の戦いは、二人の魔法少女に委ねられているのだから」
そして、魔女は隣の成功少女に言う。
「失敗少女と戦って、戦闘面でのトレーニングが必要なのはもうわかったでしょう? ここは一時撤退よ。今は敗北でも最後の勝利者になればいいの」
「わかったわ魔女。今回は撤退する。そして、次は必ず失敗少女のサクセスを……奪う」
その青い瞳は絵空の赤い瞳を憎々しげに見つめていた。異空間ゲートが現れ、成功少女と魔女は消える。その姿を絵空と王子は見送った。目の前には、巨大化し出した武田がいたからである。
「グオオオオオーーーーッ!」
という天を裂くような咆哮を上げる声と共にモンスターが生まれた。大きさにして3メートルほどあるゴブリンのような見た目のモンスターだ。筋肉質なこのモンスターなら、この高層ビル建設現場を破壊してしまうパワーはあるだろう。手にはバットが握られていた。
目の前のモンスターを倒さないと、被害がどこまで出るかわからないと判断した王子は言う。
「あのモンスターは武田君のサクセスの全てをモンスターにするべく変換した成れの果て。それに、他の部活の人間のサクセスも混ぜ合わせた集合体。これは暴走人間レベルじゃない、正真正銘のモンスターだ」
「じゃあ、あのバットは野球部キャプテンとかのサクセスも関係してるって事……それにここから離れたら武田君のサクセスでテニスのサーブも来る」
「そうだね。これは勝っても負けても、互いに残るのは虚しさだけの戦いになる……」
「そんな……」
絵空はまさかの事態に困惑した。成功少女のバックにいた魔女は、クラスメイトの武田と運動系の部活全体のサクセスを利用してモンスターに仕上げた。こんな事をされたら人間は壊れてしまうのは容易に想像出来る。しかも、勝っても負けても互いに残るのは虚しさだけ。
「でも……こんな事こそ、絵空事にしてあげるわよ……私なら出来る」
冷や汗を流す失敗少女は、巨大なモンスターと化した武田と戦う事になった。




